澪は安室と2人、郊外に新しくできたテーマパークへと訪れていた。
平日のど真ん中、こんなに人がいるのかとも、逆に出来たばかりでこれくらいならさすが平日だとも、両方にとれる程度の混み具合。そんな人混みの中に紛れて腕が触れそうなくらいの距離感で。
何故こうなったのかなんて澪自身が一番疑問に思っているのだ。事の発端はつい先日の会話だった。
いつものように安室が澪の部屋を訪れていたとき。数字の羅列と向き合っていた澪が頭の疲れの限界を覚えて息抜きがてらにつけたテレビで、ちょうど世界の動物の誕生スペシャルという番組をやっていた。
付け加えておくならば、安室は澪の正面でコーヒー片手にミステリーの新刊を読んでいた。左手に本を持ち足を組む姿はそれはとても絵になるもので、彼は澪の手が止まる度に丁寧な解説をしながらも家にある小説を次々に読んでいき、ついには昨日買ってきた新刊まで追い付いてしまったのだ。そろそろ新しいシリーズを幾つか購入するべきかもしれないと思ったのはまた別の話で。
一応読書の邪魔をなるべくしないようにと最低限の気配りをするべく消音でつけてみたのだが、伸びてきた腕がリモコンを奪うと音量ボタンを操作した。気遣いは無用ということらしい。そもそも常に澪の動向を把握している彼が本に没頭しているとも思わないけれど。
「カルーアも女性ですね。こういったものがお好きですか?」
「意外ですか?」
「いいえ、どちらかと言えばイメージ通りですかね」
「……安室さんは私にどんなイメージを抱いてるんです?」
読んでいた本を閉じ、顎の下で手を組んでにこにことこちらを見つめる安室の真意は読み取れない。イメージ通りという言葉は本気と嘘半々といったところか。
「花とか星とかもお好きかなぁと思うんですけど」
「そうですね、人並みには」
「動物園も水族館も植物園もプラネタリウムも?」
「魅力的ですねぇ」
「女性ですねぇ」
「褒めてます?」
「褒めてます褒めてます」
軽いボールを投げ合うのはいつものことだが、思えばこの人はなんでこんなにこの部屋に馴染んでいるのだろう。それこそ今更か。
会話をしながらも視界の端でシャーペンが動くのをなんとはなしに眺めていると、先程まで澪の頭を悩ませていた方程式に幾つかの数式が加えられていく。なるほど、付属の解説よりも安室の手から生み出される数字たちの方がよっぽと親切で分かりやすい。
促されるまま続きを埋めていくと行き詰っていたのが嘘かのように綺麗な答えが導かれた。窺うように安室を見てみると、満足そうに頷いた彼が答えの右上に単語を1つ走り書きする。Excellent!!
嬉しいような気恥ずかしいような。なんとも微妙な表情を浮かべる澪に安室は笑う。
「赤ペンがあれば大きな花丸を書いたんですけどね」
「さすがにそんな歳じゃないですよ……」
「おや、小さな子しか花丸は受け取れないとでも?」
「子供の特権じゃないですか?頭を撫でてもらったりとか」
「強請ってます?」
「違います」
「あはは。でもカルーアは良い生徒ですよ、頭の回転が速ければ理解力もある。何より努力家だ」
「……ありがとうございます。先生が良いからですよ」
この人、人で遊ぶことを覚えていないか。そう思いながらも頬が熱くなってしまうのは安室の言葉に嘘が無いからだった。打算はある、でも嘘は無い。
なんだかなぁ、と澪は心中で溜め息をついた。安室の仕掛けた罠にずぶずぶと嵌まっていっている自覚はある。恐らくこの人はカルーアという人物に対して実力はあるが性格が甘く、そこに付け入る隙があると考えているのだろう。当たりでしかない。
そしてこちらがある程度相手の意図を読めることにも気付いている。動作か、言葉か、表情か。どこから読んでいるかまでは分かっていないだろうが、あまり嘘で固めて近付いても警戒しかしないことを分かった上で上手いこと本音と建前を練り込んだ仮面を被ってくるのだ。
掌でころころと転がされている気分だ。自覚した上で好きなように転がっている自分も自分だが。
「遊園地はどうですか?」
「それが、恥ずかしながらあまり行ったことなくて。安室さんは……ジェットコースター好きそうですね」
「分かります?あの爽快感はたまらないですよ」
「うーん、どうにも怖そうなイメージが先にきちゃいます」
今日はもう本は読まないのか、テーブルの上で閉じられているそれを見るとちゃっかり栞が挟んであった。本当に自由に振る舞う人だ、別にいいけれど。
澪もきりのいいところまで解き終わったので今日の頭の体操は終わりにする。それを察した安室が新しくコーヒーを淹れてくれた為素直に礼を言って受け取った。
彼の用意した食べ物や飲み物を戸惑いなく口にするたびに安室の目の奥が僅かに揺れるのには気付かないふりをして。内心この時ばかりは少し優位に立てている気がしているのは内緒だ。
「あ。なら今度一緒にここ行きません?」
「……はい?」
唐突に。いや、きっと安室からしたら全てが計算の上で、何気ない会話もここに辿り着くための導だったのだろうけれど。
時計の長針が上を向き、番組が変わって。テーマパーク特集と左上に表示された画面の中でカジュアルな服装に身を包んだ女性アナウンサーがマイクを持ちながらも満喫しながらレポートしている、その娯楽施設。
今週頭にオープンしたばかりだという所謂動物公園を指差して言う安室に、澪はただただぽかんと口を開けるだけだった。
20180518