動物園と遊園地が併設されているそこはどちらかといえば動物園の一角に遊園地の敷地があるような造りになっていて、入場ゲートをくぐるとまず目に入るのは野鳥ゾーンや猿山など数々のコーナーを指し示す看板たちだった。
思わずぐるりと辺りを見渡す。こういった場にくるのはいつぶりだろうか。いつも明美の話の中にだけ出てくるきらきらとしたものが突如目の前に現れたかのようで。
きっととても間抜けな顔をしていたのだろう。噛み殺せない笑いを隠すことない声音でどこから行きます?と訊いてきた安室に、一瞬考えた澪はしかしここで意地を張るメリットもあるまいと素直に自分の要望を伝えることにした。
ふれあいコーナーに行きたい。そう言うと、予想通りだったのか特に驚くこともなくじゃああっちの道ですねとマップを見ながらエスコートしてくれる彼はとてもスマートだ。
どうしてこうなったと未だ思ってはいるものの、来たからには楽しまなければ損でしかない。基本的に安室との時間は気に入っているし、下手したらテーマパークに来ることなんて二度とないかもしれないのだから。
「もふもふ……もふもふだ……うわぁ安室さんとてももふもふです」
「語彙力がどこか行ってしまってますよ」
「いいんです、このもふもふの前では何者も無力です。わぁ君お手出来るの?偉いねぇ賢いねぇよしよし」
我ながらだらしない顔と声をしている自覚はあるもののどうか許していただきたい。言った通りもふもふの前では何者も無力なのだ。口調すら怪しくなってきていることは分かっている。
手に触れる毛並みの柔らかさがたまらない。それだけでなくもっと撫でろと言わんばかりに向こうから頭を擦り寄せられてしまえば、澪の頬は更に緩む他無かった。
「こんなもの売ってましたよ」
「え、いつの間に。いいんですか?」
「えぇ勿論。どうぞ」
「ありがとうございます!」
差し出されたのは、よくおもちゃ売り場などにあるカプセルトイの容器に入ったジャーキー。ふれあい動物たちのおやつにということらしい。少し離れたところで売っていたようだが、売っていることにもいつの間にか安室が買っていることにも気付かなかった。
しゃがみこんだ澪の膝に前足をかけてご褒美を強請る毛玉に彼女の頬はゆるゆるである。
満面の笑みを浮かべる澪に思わず苦笑する安室の手からありがたくジャーキーを受け取った彼女は思う存分仔犬と戯れている。最早身体の大部分を彼女の膝へと預けている仔犬と、そんな仔犬の全身をマッサージするかのように撫で回す澪。
こんな場所に来るのも久し振りなら、動物と戯れるのも久し振りだ。もっと言ってしまえばこのように遊びに出てくること自体が。安室がどういった意図で連れ出したのか正確なところは分からないものの、そんなことは気にならないと言わんばかりに彼女はとてもはしゃいでいた。
(……平和だな)
思わず安室は心中でそんな言葉を零した。家族連れ、恋人や友人同士、人々の顔に浮かぶ笑顔。動物を前に心からの笑みを浮かべている澪。目の前に広がっているのはどこまでも平和な光景だ。
公安としてはオープンしたばかりのこの施設の内部を細かく把握したいのだが、組織に潜入中である為表立って動けない安室は1人で何度も訪れるわけにはいかない。代わりに既に部下の方から詳細な報告はあがっているが実際に一度くらいは自分の目でも見てみたいと、目立たないよう同行者としてカルーアを誘った。頭の中に叩き込んだ情報と照らし合わせながら園内を歩く程度なら彼女とでも十分に可能だろうと予想して。
また、宮野姉妹と会うくらいしか出歩くことが無いと言っていた彼女が楽しめるだろうとも思った。女性1人エスコートする甲斐性はあると自負しているし、ここでまた自分への好感度を上げてもらおうというところが大きかったのは事実。
だが、正直予想以上の好感触だ。こちらが戸惑う程。にこにこと笑う彼女は今まで見てきた中で一番自然な笑顔を浮かべ、園内に入ってからずっとそわそわしている様子は見たことがないくらいに年相応で。
カルーアと言えど、その姿は微笑ましいものがある。
「安室さん」
「なんですか?」
「生温かい目で見られるのは私が悪いという自覚があるので黙認しますけど、その右手に構えているものに関しては別です。異議を申し立てます」
「あれ、バレちゃいました?」
「安室さんも一緒に写るならいいですよ、今流行りの自撮りってやつです。ジンさんにでも送りつけてみます?」
「中々えげつないことを考えますね。遠慮しておきます」
さすがに写真を撮ることは許されなかった。こちらを睨んでくる瞳に降参の意を示すように両手をあげ、「お詫びに何か冷たいものでも買ってきますよ。何なら機嫌を直していただけます?」と声をかけてみたところ、少し考えた彼女の口からすぐそこに屋台が出ているソフトクリームが出てきて思わず笑ってしまった。
20180522