体力なんて有り余っているだろう安室は、しかし急かすこともせずこちらに丁度いいペースでゆっくりとエスコートしてくれた。澪に合わせて足をとめ、かと思えば時には彼女が通り過ぎようとしたところでその口から旋律のように流れる言葉と共に気を引いて。
それだけでなく「これはまた見事なピンク色ですね」「そろそろ繁殖期も終わりな筈ですけど……普段から色素たっぷりのご飯を貰ってるんですね」「さすが、勉強家なだけあって博識ですねぇ」とこちらを褒めることも忘れない。なるほどこれが出来る男かと澪は心中でとても感心する。一度でもデートしてしまえば世の中の女はイチコロというやつだろう。
遊園地エリアでは、絶叫系のアトラクションは数が少ないこともありどれも長蛇の列が出来ていた。興味と恐怖が半々な澪は並んでまで乗りたいとは思わない。どうします?とこちらを伺う安室の声はからかい一色で、しかし今の澪は非常に機嫌が良かったので素直に負けを認めてジェットコースターから逃げた。
絶叫系から離れれば他は比較的空いている。コーヒーカップをゆったりと回して、観覧車から絶景を眺め、年甲斐もなくメリーゴーランドに乗ってみたりして。


「あれ、見てください安室さん。なんだか微笑ましいものが」
「願いが叶う鐘、ですか。ふむ……真下に立って願い事をしながら3回綺麗に音を鳴らすことが出来れば叶うそうですよ」
「定番と言えば定番ですけど、可愛らしいですね」
「やってみます?」
「あはは滅相もない」


恐らくはカップルなのだろう、大学生くらいの男女がはにかみながらなにやら鐘の下でわちゃわちゃとしているのを微笑ましく見ていると、安室は軽い調子で手を引いてきた。拒否の意を示して慌てて踏ん張るとそこまで強い力ではなかった為簡単に安室の足は止まる。
照れたような笑みを交わしながら恐る恐る手を伸ばす女性と、サポートするようにその肩に手を乗せる男性。彼女たちと同じ舞台に立てと?どんな拷問だろうか。
軽く目を見開いて不思議そうにこちらを見てくる安室に照れ臭いお年頃なんですと適当に言い訳を並べると、そこまで突っ込まれることもなく貴女がいいならいいですけどと彼は澪の手を引いたまま再び歩き出した。
これはこれで拷問だなと思いつつも、強すぎずかと言って弱いわけでもない握られ方は心地いい。何より安室の手は温かかった。


「ちなみに貴女の願い事がどんなものか訊いても?」
「私ですか?平凡ですよ」
「興味あります」
「んー。生きたいです」
「生きたい?」
「はい」
「それは願望というよりも生物としての本能では?」
「そう言われると……。んんー、じゃあ平和に生きたいです」
「そうきますか」


ずっと上向きを保っている機嫌は澪の口を軽くさせた。冗談めかした口調と表情に隠しながらも、嘘は1つも言っていない。苦笑する安室につられるように澪も笑った。


「安室さんは?私に言わせといて秘密は無しですよ」
「参りました。そうだな……、世界平和とかですかね」
「スケールが大きいですねぇ。幼稚園の男の子を見ている気分です」
「おや、子供の夢を笑うのはよくないですよ」
「透くんならヒーローになれるよ!」
「っく、あっはっは!」
「ノってくださいよ……」


冗談を纏ってきた安室には冗談を纏わせて返したが、彼の発する平和という言葉はどこまでも眩しかった。明美とはまた違う、きらきらと輝いている人。
思ったよりもツボだったらしく腹を抱えて笑う姿は珍しい。不満を示す為にじとりとした視線を送ると、大層誠意の籠っていない謝罪が返ってきた。遺憾である。


「はー笑った……歩き通しで疲れませんか?そろそろお昼にしましょう、お詫びに御馳走しますから機嫌直してください」
「フレンチのフルコースを所望します」
「ではそちらは今夜にでも」
「……安室さん本当出来る男ですね」
「ふふ、光栄です」


開園から歩き回っていたせいか、そこそこ堪能した気でいたが時間的にはまだ半日を過ぎたところだった。
まだあと1日が半分も残っているのかと思うと自然と頬が緩む。この楽しかった時間をまだまだ過ごせるだなんて。隣から降ってくる微笑ましげな視線は慣れてしまった為に気にならない。
この時間だと園内のレストランはどこも混んでいるだろう。適当に屋台で見繕ってくるので待っていてくださいという安室の言葉に甘えてベンチに腰を下ろした。
途端に足がじんわりとした疲れを訴えてくる。既に背中が見えなくなった安室は勿論疲れなど微塵も滲ませていなかったし、もう少し日頃から運動するべきかもしれない。こんなだからきっとソファを動かしたくらいで安室に驚かれるのだ。


(……ん?)


人を観察するのは最早癖みたいなもので、趣味と言ってもいいかもしれない。行き交う人々の表情や会話の色をなんとはなしに眺めて、家族連れや友人同士など一瞬で通り過ぎていくグループの束の間の空気を感じ取る。こういった場ではどれも皆明るい色で彩られていて。
その中に混ざった、薄暗い色。明るい場に似合わないどこまでも悪意に満ち溢れたもの。
何気なく視線をそちらの方に投げれば、長身の男性と小さな女の子が一緒に歩いていた。女の子は恐らく先程まで大泣きしていたのであろう、未だ流れる涙を懸命に擦りながら片手は男性の服をしっかりと握っている。
その子の頭を撫でながら早足に歩く男は、傍から見れば歳の離れた兄か若い父親か、泣き止まぬ女の子を仕方ないなぁと宥めているように見えるけれど。
先程耳に入った声、歩いていく先。そっちはレストランの裏手に出るがその先は行き止まりで、人が入らないようさりげなく案内板で塞がれているというのに。
思わず立ち上がった澪は、少しだけ迷った指先を携帯の画面に滑らせるとポケットにしまってゆっくりと2人の背を追った。




20180602