出しゃばるつもりはなかった。自分は正義の味方にはなれないし、他者を救える程の力も理由も持ち合わせていないことを彼女は自覚している。
こんな犯罪組織に属している以上、必要最低限自分の身くらいは守れるつもりだけれど。所詮基本は裏方なのだ、午前中はしゃぎ回っただけで疲れた足がいい例で。
実力のない奴が無闇に出しゃばってもいいことなど1つも無い。そもそも人助けだなんて、そんな大層なことが出来る身分でもない。
それでもどうしても気になってしまったものは仕方がないので、証拠写真と出来れば相手の車のナンバープレートでも撮れれば匿名で警察に送りつけようと思ってこっそりと後をつけていたのだけれど。
お父さん、と。あの子が泣いたから。
自分と重なるところなんてどこにもないのに、それを聞いた途端他人事とは思えなくなってしまって。結果がこの様だ。馬鹿みたいに痛む腹は自業自得でしかない。あの子は家に帰れたのだろうか。帰れていたらいい。
(……やらかしたなぁ)
組織の幹部であるカルーアがただの少女の為に身を張るなど、どう言い訳しても良い方に転がる気がしない。よくて相変わらず甘ちゃんだと嘲笑われるくらいだろう、最悪使えない判定される可能性もある。これくらいで落ちる程今まで築いた実績が薄っぺらくない自負はあるが。
だが、澪が危惧しているのはそこではなかった。バーボンが今回のことを組織に報告し、情に絆されやすいちょろい奴だとカルーアの評価が落ちる。そんなことはどうでもいい、いや、決してどうでもよくはないが挽回のしようなどいくらでもある。それよりも。
この腹を見たときの安室の顔。そして、悪いようにはしないという嘘の無い言葉。彼は澪と同じく少女を助けることに前向きだった。
前からずっと危惧はしていた、いつも眩しい色を纏う安室が、もし白い人間だったとしたら。
嫌だな、と起床を拒む意思とは裏腹に残酷にも身体は目を覚ましていく。ズキズキと痛む腹にはどこか懐かしさすら感じる、この程度なら表情を変えることもない。とりあえずの現実逃避として目を閉じたまま様子を窺おうと思ったのだが。
「気が付きましたか?」
「……」
完全にバレている。というよりまさかいるとは思わなかった。
すぐ隣から聞こえてきた安室の声に、渋々澪は目を開けた。眩しさに思わず眉を寄せ、少しずつ瞼を持ち上げる。目に入ったのは清潔な印象を与える白い天井や壁、寝かされているベッドは淡い色のカーテンで仕切られており、しかし部屋の中に他の人間の気配はしない。窓の外からは柔らかい日差しが入ってくる。
病院だろう、どう考えても。痛くなってきた頭に再び眉を寄せると、何を思ったのか安室は徐にサイドテーブルに手を伸ばした。
「喉が渇いているでしょう、一口含む程度なら大丈夫ですよ」
「……」
「いらないですか?まだ口を開けるのも辛いですかね」
確かに口の中は渇いて仕方ないが、差し出された水を素直に飲む気にはならない。この人は誰だ、バーボンなのか、それとも。敵か味方か分からない以上下手に動くわけにもいかずひたすらに口を閉ざす。単純に言葉を発するのにはまだ身体が怠すぎるというのもあるけれど。
無事に、それも結構快適に目を覚ますことが出来た時点で最悪のパターンではないことは分かる。それでも、状況が分からない中わざわざこちらから口を開く必要などないだろう。
考えられるのは3つ。まず1つめに安室が組織に潜り込んでいるノックの場合。カルーアは安室にとって敵対する存在であり、手負いの自分と無傷な相手というこの現状はかなりまずいものだということになる。
2つめにバーボンがカルーアを蹴落とそうとしている場合。この場合バーボンがあの少女を助けてしまえばカルーアのみをお人好しだということは出来なくなってしまう為少女は見捨てられたことになる、しかしあの時バーボンの言葉に嘘は無かった。それにわざわざこうしてカルーアを病院に連れてくる必要もない。よってこの可能性はかなり低いと考えられる。
3つめに、単純にバーボンもあの場において少女を見捨てられない性質で、ついでにそこそこ交流のあるカルーアのことも放ってはおけなかったお人好し説。無いな、と澪は即座に心の中で己を嘲笑した。いや、無くはないけれど、この場でこれを採用出来る程お気楽になれたらどれだけ楽だっただろうか。
考えられる選択肢など結局1つしか無い。この人は自分とは相容れない人なのだ。いつも彼の言葉に乗る眩しさは正義の色だった。あの小さな少女を守るのは安室にとっては当たり前のことだったのだ。
澪の願いはただ1つ。それを叶えるには、組織の中でカルーアとして認められ続ける必要があった。
逆に願いが破れるときは、組織から捨てられるときか、相反するものに捕まったとき。
きっと、今は後者だ。
「一応容体は安定しているとのことですけど、辛いところはありませんか?もし痛みが酷いようでしたらもう少し痛み止めを増やしてもらいましょうか」
失礼しますね、と言いながら水を含ませた布を唇に当ててくる安室は甲斐甲斐しく、紡がれる言葉はどこまでも優しい。咄嗟に引き結んだ唇から中に入ることの出来なかった滴が顎を伝ってシーツに染みを作った。
安室が困ったように笑う。腹が痛む、頭がガンガンする。鈍くも動く指先を握り込む。考えろ、最善の策を。身体は動かないけれど銃口を向けられているわけでもない、諦めるにはまだ早い。自分はまだ生きている。
ふぅ、と。安室が1つ溜め息をついた。
「……警戒させたいわけじゃないんだ、傷付けるつもりもない。ここには僕と君しかいない、君がいいと言うまで他の人間を近付けないと誓う」
その言葉たちに嘘はない。先程までの柔らかさを潜め、まっすぐにこちらを見つめてくる安室を見つめ返す澪の目に、初めて戸惑いの色が浮かぶ。
目を覚ましてからずっと警戒と拒絶を表していた彼女が見せた変化に、安室は静かに微笑んだ。
「話をしないか、朝月澪さん」
20180711