共感覚というものをご存知だろうか。
某ウェブ辞典で調べると、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象、と出てくる。
つまりは文字に音を感じたり、音に色を感じたりするということだ。常人には想像し難い現象だが、この共感覚を持っている側からすればそれが当たり前なわけで、自分が他人とは異なる感覚を持っていることに暫く気付かないことが多いらしい。
澪の場合、音に色を感じた。ただ色を感じるだけではない、彩る色を選ぶのはその音に乗せられた感情だった。日常音なら味気ない色が多いそれは、人が声を発した途端鮮やかに輝きだす。
怒っている、嘘をついている、喜んでいる。いくら顔に出ていなくとも声を聞くことでその人の心情を知ることが出来る。彼女にとっては物心ついた頃からそれが普通だった。
故に恐ろしく空気を読む子供だった。注意をされれば反省した、怒りと心配が伝わってきたから。大人が少しでも苛立てば彼女はすぐに大人しくなった。
よく出来たお子さんだと評判になればなる程、両親は誇らしいと共に心配になるわけで。子供は大人に迷惑をかけるのが当たり前で、なのに澪はほとんど手が掛からない。
彼女の両親は訊いたのだ、どうして貴女はそんなに私たちの心が分かるの?と。
澪は無邪気に答えた。「だって目に見えるもん、みんなそうでしょ?」
彼女の答えに大層驚いた両親は、澪の話をよくよく聞き、調べものを重ねた結果1つの結論に辿り着いた。それが共感覚。
澪のそれは他の人とは少し違うこと、分かるからといって無理に応えようとしなくていいこと。彼女の両親は優しく澪に言い聞かせた。
「じゃぁ、お父さんもお母さんも私とは違うの……?」しょんぼりと眉を下げた澪の頭をそっと撫でて。人間誰もが少しずつ違うのだと、澪の場合はたまたまそれが少し大きな違いだっただけだと。
そして、辛いかもしれないけどそれは隠した方がいいだろうと。人間とは、異なるものを排除したがる生き物だから。
自分への愛情を惜しみなく伝えてくる優しい色に、澪は素直に頷いた。そして表面上はとても上手く、内心では少しばかり苦労しながらも周囲に溶け込み生きてきた。
彼女の両親も彼女自身も、誰にも話すことはなかった。
病院にも行っていない為、正直これが本当に共感覚と呼ばれるものなのか澪も分かっていない。
「今の話を証明します。貴方の名前はなんですか?」
「……ウォッカだ」
「嘘ですね。ただ、馴染んでいる色が混ざっていたので……貴方に近しい人の名前だと推測します」
「成程な」
額に突きつけられていた銃口が下ろされる。
これは、勝った、のだろうか。力が抜けそうになる膝を叱咤して踏ん張る。ここで気を抜くわけにはいかない。
「私は死にたくありません。命と引き換えに、貴方と、貴方が従う全てのものに従うと誓います」
「……」
「私を生かしてください。役に立ってみせます」
「……。悪くねェ」
ニヤリと極悪面が笑った。
実家には火が放たれ、父親もろとも炎に包まれた。
母親が亡くなってから少しずつ可笑しくなっていった父親は、しかし澪にとっては優しく聡明な父だった。ここ1時間足らずの出来事が未だにどこか他人事のようで、そのせいか悲しさは全く感じない。
ぼうっと焼けていく家を見ている暇も与えられず、乗れ、と一言だけ投げられた言葉に従いどことも分からぬ道を延々と揺られた。
「テメェが行方不明のまま捜索されても面倒だ。死んだことになってもらう」
「従うと言いましたので。私はどうすれば?」
「今後のことは追々伝える。とりあえず中国に飛べ、足はこっちで用意する」
「中国?」
父親は焼死、娘は攫われ臓器売買ビジネスに巻き込まれて死んだとでもどこかから情報が洩れればいい。
そう言われたが、どうにも嫌な予感がする。少しばかり眉を顰めれば、それを感じ取った男はさすが察しがいいなと喉の奥で低く笑った。
「運が悪くなきゃ死にはしねーよ」
「命は保障される約束では?」
「殺しちゃいねェ」
「……」
折角の資金源は使わなきゃな、と男はまた笑う。
本当に、どこぞの三流テレビドラマだろうか。それでも澪には従う以外の選択肢は残っていない。そうでなければ今ここで頭に風穴が開くだけだ。
無意味かもしれないが、腎臓だけですからねと念押しの為に言ってみれば、テメェと話すのは楽でいいと男は機嫌が良いようだった。これは褒められているのか、とても微妙な気分である。
少なくとも積極的に殺されることは無さそうだ。後は自分の運を信じるしか無いだろう。ぼすんと頭をシートに預け澪は静かに目を閉じた。
十数時間後、腹に激痛を抱えながらも彼女は再び目を覚ますことになる。
こうして朝月澪は死んでいった。
20180325