寝室の窓にかかるカーテンの丈は少しだけ短い。
隙間から差し込んでくる朝日に意識を持ち上げられ、頭の奥に鈍い痛みを感じながら澪は渋々目を覚ました。夜中変な時間に起こされたが故に寝起きの気分はすこぶるよろしくない。
しかしどれだけ眉間に皺を寄せてみても誰も慰めてなどくれないのだ。諦めたように1つ大きく息を吐き出すと、勢い付けて上半身を起こした。
カーテンを開ける。窓の外では朝がゆっくりと世界を包み始めていて、穏やかな1日という言葉が脳裏に浮かんだ。実際澪にとって穏やかな日などではないのだが。世間がどうかは置いておくとして。


(ねむ……2時間くらいは余裕あるかな)


もう一眠りしようかどうか迷う。しかし安室には朝になったら連絡をくれと伝えた。朝という言葉が何時を示すかは人それぞれだろうし、微睡んだところで携帯が鳴るのも微妙だ。1日で二度も叩き起こされたくはない。
脳内会議でそう結論をつけ掛布団から潔く全身を抜け出したところで、ふと澪は違和感を覚えた。視線の先には寝室とリビングを繋ぐ扉があるのだが、その扉の向こうからどうも人為的な音が聞こえてくる。
一度意識してみれば、寧ろ何故今まで気付かなかったのか疑問なくらいに向こうは気配を潜める気は無いらしい。我ながらベルモットの不法侵入に慣れてしまったとはいえさすがに危機感が無さ過ぎじゃないかとも思うが、そもそも決して低くはないセキュリティをさくっと乗り越えてくる方が規格外なのだ。
殺意は感じないことだしと開き直ってのんびり着替えて顔を出してみると。


「……おはようございます?」
「おはようございます。お早いお目覚めですね」


100点満点の笑顔を浮かべて振り返ったのは、つい数時間前に顔を合わせたばかりの男だった。
なんで。数秒ぽかんとしてしまったものの、まぁいいかと澪は安室の手元に視線を移す。
冷蔵庫にあった卵と野菜たちが彼の手によって美味しそうな音をじゅうじゅうとさせている。人のキッチンを勝手に使うとはなんて自由な。まぁいいか。……いいのだろうか。
数秒考えてみたものの、不法侵入してくるような相手に何を言っても無駄だと達観した自分が囁いてくる。寧ろ料理をしている姿なんて平和すぎて願ったりではないか。
一応不本意であることは伝えておこうとじとっとした視線を送っておく。それを受けた安室は、苦笑を浮かべながら肩を竦めてみせた。イケメンがやると非常に絵になる。


「勝手にすみません。一応ベルモットの命令なんですよ、朝食でも振舞って貴女の機嫌をとっておけと」
「完全に冗談と嫌がらせのコラボですよねそれ」
「まぁ僕も時間あったのでいいかなと」
「はぁ……」


ベルモットの差し金か。大体予想はついていたが。澪は1つ溜め息をつく。


「じゃぁお言葉に甘えてご飯お願いします。私顔洗って来ていいですか?」
「勿論。……僕が言うのもなんですけど順応早すぎません?もう少し警戒されるものかと思っていたのですが」
「殺意は無さそうなので」


澪の言葉に少しばかり目を見開いた安室に背を向けて洗面所を目指す。
ベルモットの命令なのは本当。勝手に入ったことに対して悪いとは思っていない、寧ろ好都合といったところか。穏やかな言葉の裏に隠されている敵意は感じるが、澪個人を今すぐどうこうしようとする意思は感じない。
何が狙いなのかは分からないが、あまり考えすぎても疲れる。後でベルモットやジンに色々と訊かれることは分かっている為逐一脳内で報告書はしたためるが、そもそも澪はただの報告係でありそこから考え結論を出すのは他の幹部の仕事だ。
神がかった狙撃の腕を持っているわけでもなければ、腕っぷしに自信があるわけでもない。少しばかり言葉の裏を読めるだけ。自分の力量はちゃんと把握している。


「出し巻き……」
「勝手にあるもので作ってしまいましたが、お口に合わなかったらすみません」
「美味しいです。安室さん料理お上手なんですね」


見た目から勝手に洋食を作りそうだなと思っていたが、予想に反して安室が作った朝食は和風だった。確かに味噌汁の香りがしていた。
卵焼き1つとっても、甘いかと思いきや口いっぱいに出汁の味が広がる。素直に言ってとても好みの味付けだ。
生憎と朝はあまり食べられないなどと可愛らしい胃袋はしていない為、箸が進むままにぱくぱくと食べる。1つ1つに美味しいと感想を伝えると、安室ははにかむように笑った。その顔は先程の作られた苦笑よりも好きだなと澪はぼんやりと思う。
とても久しぶりに温かい朝食を人と食べた気がする。しかも他人の手作り。平和すぎて一瞬この後の任務のことを忘れてしまいそうだ。


「ご馳走さまです。とても美味しかったです」
「そう言って頂けると僕も嬉しいです。お茶飲みます?」


用意されたほんのりと梅の香りを纏う昆布茶。なんて至れり尽くせりだろうか。




20180403