その人はとても強い人だった。
上司に頼りにされ、同期と笑いあい、後輩には慕われて。絵に描いたような理想の人。
その人が現れるとぱっと空間が明るくなって。人と人を繋げてくれる、場を和らげてくれる。優しいだけじゃなく時には厳しく出来る強さも持っている。そんな人。
社会人として必要なものを全て持っているその人の下に入社してすぐつけたことは、自分にとって幸運であり誇りだった。そしてほんの少しだけ、その人に対して嫉妬もした。
どれだけ自分が成長しても、その人には追いつけない。さすが彼女が育てただけあるね、誰もが口を揃えて言うその言葉が嬉しくもあり歯痒かった。

一緒に過ごしているうちに気付いたことがあった。
その人は、完璧なんかじゃなかった。
誰もいない休憩室で、見たこともないような難しい顔をしていた。
誰もいない事務室で、ふと小さく愚痴を零していた。
偉い人と笑顔で話をした後、その背を送り出す顔が少し引き攣っていた。
どれも、近くにいた自分だからこそ気付いたこと。
それでも全てを飲み込んで完璧に振る舞えるその人はやっぱり強い人だった。

ふとした時、その人が零した言葉があった。
春の菜の花が好き。
夏の向日葵が好き。
秋の銀杏並木が好き。
いつも黄色いヘアゴムを付けていたその人は、元気が出る色なのだと言って笑った。
そういうものかと思って、自分の周りにも黄色い小物が少しだけ増えた。少しでもその人みたいになれるかもしれないと。
そんな小さな自分の変化に気付いたその人は、ちょっぴり照れ臭そうだった。

風が冷たくなってきた頃、マフラーをプレゼントした。穏やかな青空の下で咲き誇る菜の花のような、太陽に向かって真っすぐに伸びる向日葵のような、景色を鮮やかに彩る銀杏のような。そんな色のマフラーを。
ぱちりと瞬いたその人は、綻ぶような笑みを浮かべてくれた。

自分が社会人になって、初めての冬のことだった。

強い人だった。誰もがそう思っていた。その人も自分は強いのだと笑っていた。
その人の強さが精一杯作られたものだと、知っている人はきっとそんなにいなかった。

腕一杯の向日葵を抱え直す。夏菊にも黄色いものはあるけれど、きっとこの方が喜んでくれるだろうから。
あの人がいなくなって初めての夏がくる。

20200623