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「いえーい、久しぶりのシャバだぜ! 刺客がどんどん来やがる! ほんと紅州の外は地獄だな!」
「それにしては、嬉しそうでいらっしゃいますね。御方様」
「だって、叔父上の結婚しろ攻撃から逃げられるんだもんね! 鬼の居ぬ間に退散、退散」
 勢いで紅州を飛び出したわたしは、紅州特産の名馬赤兎馬に乗って王都貴陽に向かっていた。叔父が用意していた包囲網を、悉く壁をぶち破るかのごとく打破し、紅州を抜けるのに五日。かなり時間がかかったのだった。
 もし、紅州本邸に叔父がいたならば容易く邸から出ることすら叶わなかっただろう。朝賀のために王都に叔父が赴いており、不在だからこそ邸を抜け出すことが出来るのだ。
「御方様、紅州を抜けた後はどちらに向かわれますか」
「貴陽に行く! 貴陽ならまだ叔父上の権力も届かないし、この分だと入れ違いになるだろうからな」
「でしたら、道中旦那様とお会いになりませんように、道を変えねばなりませんね」
「見つかったら、わたしの抱えてる事業の売り上げ奪われる程度ではすまなそうだからな」
 この二年、世羅との婚姻を回避するために他州にまで逃亡しまくったせいで、叔父は激おこし、紅家当主名代の権力を行使しわたしから事業の売り上げを取り上げてしまった。わたしが、数々の旅先で召使いがおらずとも食材や宿を調達し、一人で逞しく生活していたことを知り、紅家の権力を必要とせずともわたしが生きていけると知ってのことである。
 生活の基盤をなす金を奪われれば、誰でも生きていくのが難しくなる。なるほど、効果的な策だ。
「でも、まあ、貴陽に行けばなんとかなる。叔父上がわたしから奪えるのは、紅家ががっつり絡んだ生産業だけだしね。わたしが一から作った玉鳳だけは、わたしのものだし、貧乏な実家の財政元にもなってるから叔父上は取り上げることはできない。あれの売り上げさえあれば、お前への給金も十分払えるから平気」
「御方様、わたくしへの給金は最後でよろしいですわ。それよりも、御方様の衣食住を整えてくださいまし」
「衣食住ね。まず一番大事なのは、当面の宿だよなあ。安全かつ、寝心地がよくて、そんなにお金かからないところって言ったら……黎叔父上のところかね」
 黎叔父上とは、父の一番目の実弟であり現在の紅家当主である。わたしの祖父である先代当主が亡くなり、跡目を継いだのは三人いる子供のうち、次男の黎深叔父上であった。
 彩七家ーー特に権勢を誇る紅藍両家の代替わりというものは、王位争いと同じほど厄介なもので、長子相続が原則ではあるが「殺して当主の座を奪ってやろう」というのは、いつの時代のどこにもいる。要するに血で血を洗う争いである。
 祖父から叔父へと代替わりする時も、嫡子であった父がボンクラであった為、分家の老害の中には二十そこそこのぼんくら長男と十代の次男・三男を排して、当主になってやる! という命知らずもいた。当主の座を狙うとなると、敵になりそうなのは片っ端から殺して行くのが基本である。当時、最も力がなく当主の座に近かった直系の孫のわたしは勿論、真っ先に粛清の対象となった。それをいち早く救ってくれたのが、三男であった叔父の玖琅である。
 叔父二人は、一族で最も当主の座に近い立場にありながら、幸運なことに野心はあれど貴族の跡目争いのメインクエスト「兄を殺して当主の座をゲットだぜ」と簒奪に走るほど、兄弟仲は悪くなかった。むしろ、良すぎるほど良かったので、わたしは殺されずに済んだのだ。ここらへん、我が本家の異質なところだと思っている。
 中でも黎深叔父上は、そんな不穏分子が逆に排除されるほどやり手かつ、冷酷な男であった。しかし、この叔父、幸か不幸か我が父に対してかなりのブラコンだったのである。ところが、兄はやり手の弟を上手いこと操作して保身を図ろう。というタイプでもなかったので、叔父の重すぎる愛を持て余すどころか、毎回適当にいなし、行き場のない叔父の愛の矛先は、その息子であるわたしにまで向いたーー。おかげで。
「ご当主様は、御方様を可愛がっておいでですから。貴陽別邸ほど、御方様が安全にお暮らしになれる場所もございませんでしょう」
「そこは実家に帰れとは言わないんだな? 月珠は」
「わたくしがそう口にしたところで、御方様はお困りになるでしょう。それに、わたくしは御方様にそのようなことを進言できる立場にございませぬ」
「出来た侍女だねえ。でも、叔父上の家かあ……上手く匿ってもらえないと、玖琅叔父上に居場所が知られちゃうな」
 叔父黎深の貴陽別邸は王都貴陽の貴族街でも、紅一族の邸宅が並ぶ紅南区に建っている。そのため、叔父の邸に向かうとなると一族の者たちとの邂逅は避けられないのだ。加えて、朝廷に出仕している叔父に代わりその妻が当主としての仕事を執り行っていることから、一族の者も出入りしている。当然、叔父の玖琅とて先触れなしに邸に入れる立場である。
 何せ、なまえと世羅の婚姻は家を上げてのものである。当然、甥ラブ☆の当主を除き、一族全てがなまえにとって刺客なのである。
「御方様」
「うん?」
 並走していた月珠が馬の歩を緩めたかと思うと、真横から体を引き寄せられわたしは自然と馬を止めた。一体どうしたのか、と尋ねる前に月珠は少女とは思えぬ力強さで自身の背後にわたしを乗せた。
「刺客です。わたくしに捕まってくださいまし」
 

 そして時間は冒頭へと戻る。
 わたしの精神は妙なところで図太いらしく、ジェットコースター並に斜面を真下に駆け下りるという真似をされたにもかかわらず、意識を失うことはなかった。いっそのこと、気絶していた方が幸せだっただろう。
「死ぬかと思った……」
 何とか刺客を振り切り、峠を越えたわたしはその先にあった河原で座り込んだ。ヒイヒイと息をするわたしの傍らで、月珠はけろっとしている。
「ご無事にお守りできてよかったですわ」
「私は今、紅家の恩恵を手放したこと心底後悔してる。自分がいかに守られてたか、思い知ったわ……」
「御方様はわたくしでは御方様の守役として、力不足と仰るのですか」
 心外だ。と表情を変える月珠。常にわたしの一歩後ろを歩き、清楚な美貌で並み居る恋人希望の少女たちを蹴落とし、謙虚な心遣いを持って仕える月珠だがこれで「御方様の侍女はわたくし」という自負が結構強い。だが、わたしはしみじみと思うのである。
「お前はもう少し紅家の御庭番たちのスマートさを見習うべきだと思うの」
 影ながらわたしの知らないところで刺客たちを片付ける有能っぷり、見習ってほしい。こんなデットヒートな旅はもう嫌だ。ここはハリウッドではなく、古代中国風な彩雲国なのである。
「すまーと? 御方様、そうやって他州のお言葉でわたくしを試すのはどうかお許しくださいまし」
 他州どころか異世界。


 刺客を退けながら、紫州王都に到着した頃にはすでに暦の上では春であった。といっても、気候はまだ真冬。紅州の邸を出発した時は、名実共にやんごとなき貴公子と侍女だったのだが、目的地に到着した時の二人はすっかり旅くたびれていた。
 正直、刺客に追われながらの旅は何のための家出であったのか、目的を見失いかねないほどの過酷さであった。そんな窮状を、陰ながらわたしの動向を見守っていたらしい一番目の叔父が影こと紅家当主直属のエリート集団御庭番衆を加勢させてくれたお陰で、終盤の旅は非常に平和であった。
 それでも道中の危険な旅のせいで、紅州から持参した荷物は紛失するは、お気に入りだった衣服は襤褸一歩手前になるはで、貴陽入りする際に関所で見せた天下の交通手形紅紋は、盗んだのではないか? と疑惑の目を向けられるに十分であった。
 その為、貴族街で悪目立ちすることを回避したかったわたしは「軒で迎えに行こうか?」という窮状を知る叔父の助け舟に、乗ることにした。
「おお、なまえ! よく来たね!」
 貴陽の紅本家別邸に到着すると、昼間にも関わらず叔父の黎深が待ち受けていた。涼しげな切れ長の目に、下の叔父よりも優雅さを感じさせる怜悧な面。平素ならば、冷酷な氷のような美貌がわたしという甥に再会する喜びで、脂下がって崩壊している……。
 こんなところを、一族の本家崇拝者が見たら卒倒することだろう。叔父はこれで紅一門を率いる当主なのである。もっとも、本人は当主の地位にも権力にも全く興味がなく、仕事は殆ど妻と弟と丸投げしている。では、王都で一体何をしているのかというと……。
「お久しぶりです、叔父様。今日はお仕事はお休みなのですか」
「あっ……そうそう、今日は特別に休みなんだよ! この前、休日出勤してねえ」
 嘘つき。わたしの斜め後ろから、冷たい視線が叔父に向けられる。
 叔父は三十代半ばという若さにして、朝廷の吏部の長という高官の地位を賜っている。世の中には、官位をコネや汚い金で得る輩もおり、叔父が大貴族という立場から勘違いされがちだが、一重に能力と実力で我が父への愛で現在の地位を築いたという。当時の叔父の目的は一つ。我が父に、さほど苦労しない官位を与えてやりたいという一心から。それが叶った今となっては、吏部での仕事に全く興味なく、叔父が仕事しないせいで現場が恐ろしいことになってるらしいーーというのが、叔父の養い子の話である。
 あんた仕事どうしたんだよ。とつっこみたい気持ちもあったが、わたしは一先ず叔父に頭を垂れた。
「今回は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。叔父様がわたしのことを気にかけ、手を差し伸べてくれなければ、今頃死んでおりました」
「いいんだよ。私は君の叔父として当然のことをしたまでだ。それに比べて玖琅のやつは、勝手になまえの婚約を取り決めて……元はと言えば、玖琅のせいなのだから君は気にする必要なんてないんだよ。君に刺客を差し向けた愚か者については、今私の影が調べている。とりあえず、外は寒いからお入り」
 叔父はわたしの肩を抱き、邸の中に入るよう促した。そして、背後にいる月珠に対しては心底嫌そうな顔をして吐き捨てた。
「お前も入るがいい、傀儡」