マーシャルの憂鬱


「珍しい事もあるもんだな」
知らぬ間に忽然と姿を消した相良を探しに来た先の軽音部室、丁度死角になる場所で壁際に背中を預け心地よさそうに寝息をたてている相良を見つけた。余程疲れているのか、本人は隠しているつもりだが体調が悪いからなのか。思い返せば、幼少期から相良の寝顔を見た事は殆どなかった。幾分、警戒心が強いのか。人前で余り眠れないタイプなんだとは思っていたが。
かくん、と落ちるように首が揺れる。その拍子に分けられた前髪が目元を覆い隠す。手伸ばし、指先で垂れてきた前髪をかき分ける。近くで見た寝顔は無防備で、警戒などこれっぽっちも見られない。
「おーい、相良」
問い掛けても聞こえてくるのは寝息だけ。伏せられた瞳はまだ開く気配はない。まぁ、このまま寝かせておいてもいいのだが。それはそれで探しに来た零としても面白みがない。ぐっと距離を詰め、同じ赤色のピアスが輝く耳元へと唇を近付ける。
「…寝てたら悪戯すんぞ」
瞬間、先程までの熟睡はどこへ行ったのやら、という勢いで瞳を開いた相良が立ち上がる。その表情は焦りが含まれていた。
「…っ、零。なにしてんの」
「お前探しに来たんだよ」
はぁ、と大きな溜息を一度吐き出した相良は気が抜けたのか、壁に背を預けズルズルと座り込む。
「体調悪いのか?」
「寝不足なだけ、もう大丈夫だから」
本当は悪い癖に、それを言うと相良を怒らせ兼ねないので、貴重な寝顔代と引き替えという事にしておこう。