彼想う故に我あり


自分自身が男である事に自覚を持ち始めたのは、少なからずともここ最近だといえる。女の子の格好をして育ち過ごしてきた。夢ノ咲に入学してからも抵抗もなく女の子の衣装を身に纏い、アイドル活動もしていたが、その行為が"女装"という単語で世間では言われていることも、自分がその対象である事さえ知りもしなかった。
「女の子に生まれればよかったのかな…」
何気なく呟いた言葉は波音に掻き消される訳でもなく、風に流され、隣にいた薫の耳に届く。こちらを見つめたその表情には困惑が浮かんでいた。
「どうしたの、急に」
「ごめん、ちょっと思い出して」
放課後の浜辺で薫と一緒にいると色々と考えてしまう事がある。良いことも、悪いことも。薫も同じ様に家庭での悩みを抱えてるもの同士だからこそ、あまり自分の過去の話はしたくない。だけど、薫だから聞いてほしい、とも思う気持ちは少なからず持ち合わせていた。
「薫は、俺が男でも良かった?」
もしも女の子だったら、普通に恋をして好きになって貰えた可能性はある?
問い掛けに対して、きょとんとした様な表情を浮かべた後、綺麗な横顔は海を見る。
「紫音は紫音だから。俺にとってそれ以上も以下もないよ」
俺が言うのもなんだけどね、と少々困ったように笑いを零す薫に、何処か心の重荷がふっと軽くなったような気がする。自分を肯定してくれる暖かく、優しい言葉。
「だからこれからもそのままの紫音でいてくれると俺は嬉しいな」
「本当?」
「勿論。俺が紫音に嘘ついた事ある?」
その視線が此方へと向けられる、その笑顔に頷き返す。
もう少し、時間が経てば言ってもいいかな、どうしょうもなく拙い昔話を。