創のピリオド


頑なに顔を掌で覆い、見せようとしないは羞恥からなのか、それ以外に何か理由があるのか。お陰で掌の下に隠された唇にも触れる事が許されない。番になる為に必要な行為とは言え、体だけを求めている訳では無い。業務的では無く零なりの愛情がある事を相良にも感じて欲しいのだが、そう甘くはないようだ。
「いい加減、その顔を見せてくれんか?」
「見られたくないってんの」
御見事なまでの断固拒否。無理強いする気は無いので仕方なく手順を進めていく。紫紺のパーカーに置いた手を滑らせ、指先は裾へと伸びる。スルリと捲り上げた先から覗く肌、そこに感じる違和感に零は思わず息を飲む。腹部に残る一筋の痕、切り傷というより刺し傷の様にも捉えられる。ここ数日で出来たものとは思えないのに、何故か妙に生々しく見える。何か、触れてはいけないものだろうか。
「あぁ、それ。古傷だよ」
あまりに淡々とした声が耳に届く。先程まで頑固を貫き通していた者と同一人物とは思えぬ声色。相良は相変わらず顔を覆ったままだった。
「だから言ったじゃん、生きてる時代は零より長いって。その証」
「どういう事じゃ」
「…自分で刺したって言ったら信じる?」

咄嗟に相良の顔を覆う両腕を掴む。力では零に敵うわけがないその腕は簡単に引き剥がされ、ベッドへと釘付けになる。隠された掌の下から見えた相良の表情は酷く、自虐的な笑みを浮かべていた。フェロモンに当てられた訳ではないのに心臓が大きく脈を打つ。次の瞬間にはその笑みを奪い取るように唇を重ねる。逃げようとする相良を離さないよう、貪るように何度も角度を変えながら深く、深く呼吸を奪う。息苦しくなったのか、開いた唇の隙間から舌を差し入れる、絡み合う舌の生暖かさと唾液が混ざり合う。

どれだけ時間が経過しただろうか。
リップ音を響かせゆっくりと唇を離した先、瞳に映る相良は乱れた呼吸を整えながら紅く染まった頬に、薄く涙を浮かべていた。その姿を見ても零の心はこれっぽっちも満たされず、脳裏に浮かぶのは先程の今まで見た事が見なかった相良の笑み。
「…っ、もう、いいでしょ」
「まだじゃ、まだ足りぬ。お主があんな顔をするぐらいなら、このまま」
忘れてしまうまで、溺れてしまえ。