知らぬ朗々彼方のあなた


ぐらり、と視界が歪む。心臓の音が大きく高鳴るのと同時に呼吸が整わなくなり、乱れていく。今まで身体にそんな唐突な変化は何一つ無かったと言うのに、みかから発せられた未来を見据えたたった一言。熱を帯びていく身体を自分自身で抱き締める。白く霞んでいく視界の中、此方に向かって手を伸ばすみかを捉えたまま、そこで意識は途絶えた。

ぼんやりとした意識の上で聴き取れない複数の話し声が耳に届く。まだ鮮明な意識は取り戻せていないが、目覚めようとする思考は重い瞼をゆっくりと持ち上げる。真っ先に捉えたのは宗の整った顔と包み込まれている様な暖かな温もり。
「…宗、兄?」
「りく、目覚めたのかね」
背中に添えられた手があたたかい。どうやらお姫様抱っこの体勢だったようだ、そのままぐいっと起こされた身体は漸く重力から解放される。一体、何が起きたのか、身体に異変があったのか、意識を手放す直前まで居なかった宗の姿が何故ここにあるのか。りくの疑問は尽きないが、上手く言葉に出来ず、宗の問い掛けにこくり、と頷いて返事をする。

手渡されたのは、宗に管理されているいつもの錠剤と水。受け取り、口に含む。どこかまだ不安定だった心も落ち着きを取り戻した気がする。
「熱は…、ないか」
前髪を掻き分けた掌が額に触れる。ひんやりとした感触が心地良く、額から熱を奪っていく。世話を焼かれている、と分かっていても宗の行為は素直に受けたくなる。
「…みかは?」
「影片の事は、直接本人から言ってもらう」
みかが大丈夫なら良かった、一つ安堵の溜息が溢れる。きっとりく自身がΩだから何かを仕出かしたのだろうと、何となく確信していた。しかし、そうなれば薬で抑制しているとは言え、αである筈の宗が、現に側にいる事の辻褄が合わない。その疑問に察したのか、一息ついた宗が膝上に抱えたままのりくの顔を見つめる。
「僕は君と同じΩなのだよ」
ぱちくりと、驚きを隠せないりくが瞬きをする。それもその筈、りくもみかも宗をαだと疑問もなく、疑いもせずに当然の事だと思っていた。
「宗兄が…、Ω…?」
「あぁ、事実なのだよ。今から影片を呼ぶ、二人でゆっくり話をすればいい」
ふわりと持ち上がった身体は宙に浮いたかと思うと、先程まで宗が腰掛けていた椅子にすとん、と降ろされる。当然の真実に整理のつかない思考が巡りに巡る。下から見上げる宗の顔は酷く穏やかで、りくの視線に笑みを返した。