言の葉瞑る


あの日、あの時。レオさんに誘われるがままに練習に打ち込み、初めてたったステージの熱量が忘れられなかった。まだ夢の中にいるような感覚が無くならず、その思いは減るどころか日に日に増してくばかりという厄介この上無い。零の棺桶だけが置かれたまだ先客のいない軽音部室、少しだけギターを鳴らしたが、あまり気分転換にはならず、口から溜息が溢れた。
「迷いのある音じゃのう」
気が付けば棺桶の蓋が開き、身体を起こした零が笑みを浮かべていた。
「あ、零さん!すみません、起こしちゃいましたか?」
「良い良い、気にするでない」
欠伸を噛み殺した零はそのまま立ち上がり、蓋を閉めた棺桶へと腰を下ろした。
「何か悩み事かえ?月永くんに誘われたステージは大成功じゃったと聞いておるが」
相変わらずこの人は鋭い。問うわけでもなく、的確に話の着眼点を突かれる。
あの、と口を開きかけた瞬間。ノックと共に部室の扉が開く。
「零、いる?って律もいるじゃん」
顔を覗かせた相良は、軽く手を挙げて律に挨拶をする。自分に対してえらく親身に接してくれる先輩の一人だ。
「もしかして取り込み中?」
「律くんのお悩み相談タイムじゃ」
「へぇ、律の。しかも悩み事。俺にも聞かせてくれる?」
足取り軽やかに室内へ足を運ぶ相良はそのまま零の隣へと腰を下ろす。
この二人になら、この纏まらない問題への道を見いだしてくれるのかもしれない。そう思った律はギターをケースへと戻し、二人に向き合う。
「あの、零さん相良さん。ちょっと話を聞いてもらっても良いですか…?」



「成る程、臨時ユニットの一員としてステージに立ったとは言え、律くんは曲がりなりにもプロデューサー。その立ち位置と感情に迷っておるんじゃな」
「はい…、あんな機会もう二度と無いと思うと、少し物寂しい様な気になりまして…」
Chouchouのプロデューサーであり、尊敬するレオさんの様に曲作りも続けたい気持ちに変わりはない。
「月永くんもなかなか良い仕事をしよるのう」
「零さんも相良さんも、いつもあんな光景を見てるんですよね」
「うむ。勿論お主がプロデュースしておる嬢ちゃん達も、な」
黙って話を聞いていた相良は真っ直ぐと律を見る。
「…じゃあさ、俺とユニット組む?」
「…え?」
「ほう、相良がかえ?」
「俺もそろそろ可愛い後輩欲しいし」
「なんじゃその理由は」
「いいじゃん、後輩」
その流れで一部界隈では恒例となってるらしい痴話喧嘩を始めそうな二人を他所に、相良に言われた言葉が脳裏を駆け巡る。確かにユニットを組むのなら、相良に利点があるとは言い難いが、律にとっては救いの道。しかし、そう簡単に返事を出来る誘いでは無い。
「相良さん」
「だから零は!って、ごめんごめん、何?」
「一週間時間を下さい。死ぬ気で練習します、俺がアイドルとして先輩の隣に立つのに相応しいか判断してください」
案の定、零と痴話喧嘩を始めていた相良は、深々と頭を下げる律に感心する。流石、一方的に見込んでいた後輩なだけはある。
「いいよ、後悔ないようにやっておいで」
「っ、ありがとうございます!」