*社会人設定
*付き合ってる
*あんずちゃん≠主人公
仕事と言うものは大変だと分かっているが、いつだって完璧に世界が回るわけではない。やけに重い足を引き摺り、華子は帰宅すべく前に進む。
(疲っっっかれたーーー。)
使えない上司を持つと苦労する。肩に掛けた鞄がズシリと重さを増した気がした。やめよう、せっかく職場から出たというのにもう今日は考えたくない。いつもは結構平気なのになぁ…。華子は首を回す。
恋人である斎宮宗は基本海外にいて用事がなければ日本に帰って来ない。無性に声が聴きたくなったのはやはり心が弱っているからだろうか…。鞄から無造作に取り出した携帯を見て、何の通知もない画面にため息を吐いた。
(そんな都合よく連絡が来てるわけないか。…今どこに居るんだっけ?時差結構あるところに居たら逆に迷惑になっちゃうよねぇ…。)
少し前に遡って見れば分かるかもしれないが…華子は携帯をそっとしまう。やめよう、今のまま連絡してもしょうがない。何より面倒になってきた。今日はちょっといいお弁当と強めのアルコールを買って帰ろう。何より今日は花の金曜日、羽目を外した所で誰が気にすることか。華子は周りに頼れない女の子だった。
会社から数駅跨いだ電車を降り、借りているアパートまで徒歩10分。ガサガサ音を立てるビニール袋を少し煩わしく思いながら華子は帰宅した。ただいまぁ。と言う間の抜けた声は締め切った部屋の生ぬるい室内に溶けて消えていく。鍵を玄関に放り、テーブルに買ったものを置くと携帯が震えた。もしやと期待して携帯を見るもアプリクーポンの通知が画面に浮かぶ。人生そんなに上手くいかない。ため息。
「なんで嫌なことって重なるんだろー…。」
ちょっと、今回は、しっかりめにキツイかもしれない…。テーブルに手をついてうなだれる。適当に置いたビニール袋から転がり出たアルコール8%の缶チューハイが、ゴンッと音を立てて落ちた。
「それは…僕がここに来たことも含めてなのかね?」
「は?」
声のする方に顔を向ければ海外に居るであろう恋人が立っていた。自身の前で組まれた手には私と色違いのキーホルダーが付けられた鍵が握られている。いつの間に入って来たの?と言うかいつ帰国なさったの?華子は固まる。
「しばらく連絡を取っていなかったから、どうせ僕の仕事が忙しいからと勝手に遠慮していたのだろうけど、帰国して会いに来てみればこのありさま。…僕も舐められたものだ。」
ズンズンと数歩で華子の前まで来た宗は床に転がる缶チューハイをちらりと見てからギロリと華子を睨んだ。美人は怒ると怖い――。宗はこだわり派なのでよく怒っているが今までのそれは華子に対してでは無かった。竦み上がる華子が思わず距離を取ろうと後ろへよろけたがテーブルに阻まれ上手く逃げられずに終わる。
「どうせ我慢して時間がたてば自分は大丈夫とでも思っていたのだろう?」
図星である。華子はぐっと息をのんだ。宗の顔が見れず自然と下がる視線、肩から滑り落ちる髪が視野を狭くして目の前の宗しか見えない。品のよさそうな白のYシャツ、ポイントで黒のラインが入っていて、上に羽織った薄手のジャケットは深い灰色。備え付けられたボタンは黒く、四角形にカットされて角度によって緑色に反射する。華子は高そうな服だと思った。相変わらずお洒落だなと。
「僕を無視とはいい御身分だね?」
「…あ、いやー。その…ねぇ?」
全く違う事を考えていたので更に言葉に詰まる。まずい、これ以上怒らせては色々不味いぞ。華子はいつの間にか握りしめていた手に嫌な汗をかき始めていた。目の前の宗がため息をつく。呆れられた?焦って顔を上げた華子が目にしたのは困り顔で笑う宗だった。
「そんなに僕は薄情に見えるのかい?…まったく、困った子だ。」
そっと髪に手を差し入れられてそのまま梳かれる。反対の腕が背中に回りぐっと引き寄せられれば身体は自然と宗の胸へと飛び込んだ。髪を撫で続ける宗が華子の頭に自身の顔を寄せ、更に近づく距離に肩の力がふっと抜けた。宗の少しだけ甘い香水の匂いが鼻を掠めていく。
「…なんで日本にいるのよ。」
「ハワイの現場仕事が急に延期になってね。再開の見込みが1,2週間伸びたから影片の様子を確認しようと思ったのだよ。」
「そのままの足で帰って来たの?」
「ああ、別に困らないのだからいいだろう?」
考え方が相変わらず凄いが、プロデューサーさんは大丈夫なのか心配になった。華子は後で影片くん伝いに栄養ドリンクを渡そうと心に決めた。何より、帰国の理由があまりにも宗らしくって逆にほっとした。華子は宗の背中に手を回す。そっと自分の服で手汗をぬぐったのは内緒にしておいてほしい。
宗の心音を聞きながら目を閉じていた華子は、さて――。宗の声でまどろんでいた顔を上げる。さらりと前髪をよけておでこに口付けを落としてから宗は華子を見た。愛おしい眼差しに照れる華子は目を逸らす。
(宗さんって海外行くようになってからスキンシップに遠慮が無くなったよね…。)
華子は生粋の日本生まれ日本育ち。あまりスキンシップには慣れていない。熱くなった頬に追撃のキスを受けて思わず腕を突っ張った。が、若干隙間が空いただけだった。
「宗さん…宗、さん!何か言いかけましたよね!?」
「ん?…ああ、そうだった。ディナーを一緒にどうかと思ったのだよ。せっかくだからね。」
「わ、わぁ〜、嬉しいなぁ。」
とっても嬉しいけど一回離して欲しいなぁ…。華子の心の声は宗には届かない。いや、届いていても聞こえないふりをしているのかもしれない。このパターンはよくない。宗に主導権を握られて、華子の精神が無事であった試しがない。そうじゃなくとも今日は仕事で散々な目にあったのだ、そこに砂糖と蜂蜜をぐちゃぐちゃにしたような宗の攻撃を受けたら週明けに仕事にいけない。いろんな意味で。華子は強気な目線を宗に向けた。
のが、いけなかったらしい。
口元に笑みを浮かべた宗が華子の顎を指で攫う。嵌められたと思った時にはもう華子の唇は宗によって塞がれていた。宗の胸元を押す手は彼によって絡め捕られ、テーブルに押し付ける様に身体が寄せられる。緩む口元に遠慮なく入って来る舌を華子は受け入れることしかできない。後頭部に差し込まれた指が乱暴に髪を乱して、情欲を煽っていく。
続かない息を見かねて宗が華子の下唇を軽く吸って解放すると、くたりとテーブルに頭を落とし、息も絶え絶えな華子に涙目で訴えられる。
「…っディナー、連れて行って、くださる話だったのでは…っ?」
一瞬キョトンとした宗はくすりと笑って、そうだよと頷く。明らかにご飯に行く雰囲気じゃないだろうと更に訴えを重ねようとした華子の口に宗の指が添えられる。
「たまには食前に運動した方が、気分も晴れて食事も美味しく食べれるとは思わんかね?」
するりとストッキング越しに撫で上げられる足にこいつ本気かと荒ぶる思考、意思を読み取ったのか宗が微笑む。
「安心したまえ、ディナーの予約は遅い時間にしておいた。明日は君も休みだろう?上の階に部屋を取ってあるから帰りの心配をすることもない。僕もしばらく仕事は休みだからね。」
お互いにゆっくりできるだろう?と言う宗。私の身体の心配はしてくれないのですか。華子の涙ながらの発言は途切れながらも伝えたが、宗に受理されることはなかった。
暗転。
その後、しっかり宗に食べられた華子は約束通り都心のホテルへ食事をしに来てきた。ドレスコードがあるレストランで、今着ている深紅のドレスは取ってあると言われた部屋に用意してあり、化粧もヘアメイクも宗が施したものだ。携帯とハンカチしか入らなそうな小さいバックを持たされ(と言うか実際それと口紅しか入ってない)覚束ない足取りを宗にエスコートされ今ここにいる。腰を抱かれてエスコートだなんてめちゃくちゃ恥ずかしいが、背に腹は代えられない。何もかも宗のせいだ。華子は心の中で責任を宗に押し付けた。
白魚のソテーはソースに香り高いワインが使われていて、上品な味付けになっている。細かい泡のシャンパンはフルーティーで飲み口の軽いものだ。デザートは何だろう?何を食べても美味しくて華子の頬が自然とほころぶ。向かいに座った宗が飲んでいたシャンパングラスをそっと下ろして頬杖付く。
「ご機嫌は直ったかね? Princess?」
「美味しい食事に免じて水に流すとするわ Prince.」
華子の返答を聞いて笑みを浮かべる宗。華子も笑みを浮かべる。華子のご機嫌を直すのは宗の得意分野だ。宗にとって大切な布を縫い合わせる作業と同じくらい、華子は愛おしい存在なのだろう。
デザートまでしっかり完食し、部屋に戻ってきた華子たちは夜景を楽しみながら恋人としての時間を満喫していた。本日二回目となった入浴を済ませ、部屋に戻って来た華子はソファーでくつろぐ宗に声をかける。
「どこまでもお仕事熱心ですこと。」
柔らかい声音のそれは嫌味ではなく称賛の言葉。宗がこれほどまで頑張るからこそ、華子も頑張ろうと思えるのだ。仕事用のスケジュール帳をそっと閉じ、宗は華子を隣へ呼ぶ。
「世界にはまだまだ僕の芸術を見せる必要があるからね。何、影片と君が居れば僕に不満はないよ。」
宗がそう言い終えると同時に部屋のインターホンが鳴った。疑問符を浮かべる華子に宗が出てくれるかい?と投げかけ素直に頷く。サラリと恥ずかしいことを言われたような…。華子は照れ臭い気持ちを抑えつつドアへ向かった。
ドアを開けるとそこには台車を傍らに笑みを携えた、ホテルスタッフと思われる人が立っていた。更に首を傾げた華子に、お品物のご用意が出来ましたのでお部屋にお運びしてもよろしいですか?と逆側に首を傾げられた。宗が何か頼んだのだろう、道を開ける。
台車ごと室内に入り、テキパキとガラステーブルに並べられたのはワインと色とりどりのアイスクリームが乗ったデザート。ものの数分で用意され唖然とする華子を置いて、ごゆっくりとお過ごしください。スタッフは会釈をして退室していった。
「宗さん、これ…。」
「見ればわかるだろう?…夜食だ。」
いつもは夜食なんて絶対食べないのに…。宗が悪そうな笑みを浮かべて名前を呼ぶので、華子は機嫌を直すのは上手くなったのに甘やかし方は不器用なままの恋人を愛おしく思い、幸せな気分で宗の隣へ腰を下ろすのだ――。
そんな華子がアイスに舌鼓を打ちながら仕事の不満を漏らしたら、
「仕事に勤しむ姿は無理に止めないが、いい加減籍を入れる気になってくれないか?」
と爆弾発言をされ、
「事実構成が出来てしまえばそのまま海外に連れて帰れるか。」
とベッドに引きずり込まれるのは後数分後。
ノン!僕から逃げられると思ったのかね!
(親愛なる友人へエールを籠めて。)
あとがき
お弁当と缶チューハイの行方はどうなったんだろう…。
なんだかんだ初書きのお師さん…。口調こんなだったっけ…?
不安です。
もっとベタベタに甘やかす話を書こうと思ったのに、なんか変態なお師さんになってしまったすまんはんせいはしてるこうかいはしてない。
2020.05.18
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