01

深い眠りからすこし浮かび上がった。まどろみのなかで、ふわりと心地よい風を感じる。

扇風機なんてつけていたかな、と眠りにつく前のことをぼんやり思った。

まだ、眠り足りない感覚からよれた布団をかけ直し寝返りを打とうとする。しかし、掛けていたはずの布団をいくら掴もうとしても空気を切るばかり。段々と晴れてくる意識に私は瞼をひらいた。

目の前に広がるのは、白と青のコントラスト。ふわふわと流れる真っ白い雲に、澄んだ青空だ。首を傾け、横を見やるとちくちくと頬に緑がささった。

自室のベッドで寝ていたはずなのに、なぜちがうところで寝ていたんだろう、と不思議に思う。私は体を起こし、そして目に入ってきた光景に息をのんだ。

どこまで続いているのだろうと思わせる水平線。私の気持ちを置いていくようにそれはキラキラと光を反射させて輝いていた。

(海だ…。)

ザザン―…と、耳に入ってくる音がその場所にいることを物語っている。それじゃあ、自分がいる場所は何なのだと辺りを見渡した。自分が座っているのは緑の芝生。周りには、木造の建物が目に入ってくる。

空を仰ぐと目を見張る白い大きな帆。思わず声をもらした。私は今、船にいる。そんなことでも驚きなのにさらなる衝撃がくる。白い帆の先、まあるいドームのような建物のさらにその先で、ゆらゆらとなびく黒があった。

白い髑髏がそこに佇んでいる。船は船でも、そこは海賊船であることを主張していた。自分の置かれた場所が、海賊船だと気づき、私の体はじわじわと強張ってくる。

しかし、先ほどから耳に入ってくるのはさざ波だけで、静けさが漂っていた。人の気が感じられず、冷静になるとこれは夢なのではないか、という一つの思いが浮かび上がってくる。

夢にしては、あまりにも現実味を帯びているがよくあることではないか。私は、眠りにつくとたびたび、リアルな夢を見ることがある。城の中にいたり、荒野のど真ん中にいたり。今回みたいに船の情景を見たこともあった。あの時の海は、大荒れだったが。

そんなことを考えているうちに、だんだんと意識が薄れていく感覚がしてきた。

意識を手放す前に、もう一度、穏やかな海を見る。すうっと深呼吸をすると、胸いっぱいに磯のかおりが広がった。

今日はいい夢だったなぁと、独りごちると私はまた深い暗闇にころげ落ちた。



*



「…フォウ、フォウフォウ!」

てしてし、と動物的な柔らかいもので頬を叩かれる感覚で目が覚める。目の前には、白いわたあめみたいにふわふわをまとっているリスのような動物。フォウと鳴くから名づけられたのであろうフォウくんをひと撫でした。目を動かせば、白い天井、白い壁、と無機質な自室の風景が見えてくる。

はっきりした視界のまえ、いつもどおりの光景に一安心した。

「おはようございます、先輩。昨日はよく寝られましたか?」

温かい艶のあるパープルの少女が、そう私に微笑みかける。

彼女の名前はマシュ。私がカルデアに初めて来たときからすでにそこにいた少女。今、所属している機関に先に居たのは彼女のはずなのに、なぜか私のことを『先輩』と呼ぶ。

彼女とは、会った初日から人類悪(敵)の攻撃によりカルデアの外の全世界が消滅状態(人理焼却)という急展開から『人理修復(Grand Order)』を受けて、世界を救う旅をしてきた。そして数週間前、私たちはいろんな犠牲はあったものの無事に人理修復を終えたのである。

身に染みる平和という感覚。毎日、繰り返される挨拶にやはり安心を覚え、つられて私の口角も上がった。

「おはよう、マシュ。うんとね、また夢を見ちゃって…よく眠れたって感じじゃないの」
「はぁ…それは夢の内容も気になるところですが、体調の方は大丈夫でしょうか?」

苦笑いしながら伝えると、顔を軽くしかめて心配してくれる少女。嬉しさを覚えつつも、大丈夫だよと伝えれば、ほっと肩をおろし、また穏やかな表情を見せてくれる。そんな彼女を見て私は、さきほどまで見ていた夢の内容を話した。

「へぇ…! 船の上にいる夢ですか、なんだかオケアノスのことを思い出しますね」
「そうそう。でもあの時より不思議と落ち着いたんだ」
「海賊船が落ち着く場所というのはいささか疑問ではあるのですが、先輩がそういうのであれば私も行ってみたい気がします」

海賊船が落ち着くなんて変なこと言ったなぁと自分の戯言に呆れつつも、やはり夢での感覚が忘れられなく、もう一度行ってみたいだなんて思ったりもした。

「そういえば先輩、ダヴィンチちゃんから通達を預かっていたのですが」

身体を起こし、ぼんやりとしているとマシュがさっきの柔らかい雰囲気からガラリと緊迫した眼差しを向けてくる。

『ダヴィンチちゃん』という人物から、これからどんなこと言われるか大体予想がつく。

ピリッとした空気に、はっとした顔をマシュに向ければ、その口が開かれた。

「魔術礼装に着替えた後、万全の準備を整えて管制室に来ることのことでした。詳しい話はダヴィンチちゃんから話してくれるそうです」


01. 杞憂であれ

(まさか、なんて予想していることが外れればいいに。)

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