11

あの日の午後、ティータイムを終えひと息ついたナミさんは測量室へ赴き、ロビンさんもどこかへ行ったみたい。

あれから数日、ルフィさんやウソップさん、チョッパーさんと一緒に釣りをしたり鬼ごっこをしたり、サンジさんのご飯の準備に入ったり、フランキーさんたちのお手伝いをしたりと充実した日を過ごせた。

今日はナミさんから「夕食まで時間があるから自由にしてていいわよ」と言われており、手持ち無沙汰な私は、気分を変えたくて先ほどから船首で海を眺めていた。

船の後方から見たよりも海面が近くに感じられ轟音が耳に響く。

優雅に眺めていると言いたかったけれど、生憎そうではなく足をプルプル震わせながら背伸びをしている。

この船の船首は塀が高くてそうしなければ向こう側を覗くことができないのだ。

側から見たら子どもみたいだなぁとじんわり思った。

「…はぁ…」

まだルフィさんたちの船に乗せてもらっているけれど、島という島は一向に見つからない。

こうしてしばらく遠くを見つめていれば、何か見えてくるかなと期待していたが、そんなことは起きなくて溜め息を零す。

でもせっかくこんないい景色を味わうことが出来たんだ。 私は深呼吸をして体をグッと伸ばした。

「ふーっ、……よしっ」

ちょっとだけリフレッシュできたところで場所を移そうと思い、くるりと踵を返す。

「よっ、おめーこんなとこで何してんだ?」
「ぅわっ!? ルフィさん!?」

いつからそこに居たのか、後ろにルフィさんが立っていて私は思わず声が裏返る。そんな私とは裏腹に彼は片手を挙げて挨拶をしてきた。

「ビックリしました…!ルフィさんいつからそこに?」

未だにドキドキと心拍が落ち着かない胸を押さえながら、私はルフィさんに聞いてみる。

「おー、さっき来たばっかだ。そしたらなまえがいたからよ」

それで何してたんだ?と続けて問いかけてくるルフィさん。そういえばルフィさんの問いに答えていなかった。

「気分転換に海を眺めてたんです」
「なんだそうだったのか!ならもっといい場所あるぞ」

私は眉尻を下げて答えると、ルフィさんの表情が妙に明るくなった。ここよりいい場所とはどんなところなのだろう。

「ほんとですか?」
「おう、こっちだ」

そう言ってルフィさんはピョンっと身軽にジャンプする。流石船長だ、と感服した矢先ルフィさんの飛び移った場所に目が飛び出るかと思った。

なんと、ルフィさんが立っている場所は甲板から階段を登った先にあるライオンのような舳先であった。

自分で言うのもなんだけど、私がそんな場所に行ったらつるんと足を滑らして海に落っこちるのがオチだ。

「ほら、おまえも来てみろよ!スッゲェ眺めいいぞ!」

そういうルフィさんは、自信満々な笑みを浮かべている。風に煽られながら、帽子が飛ばされないように手で押さえていた。

「む、ムリです!ルフィさんみたいにジャンプできませんよ」

ここまで来て誘われても、チキンな私はあと一歩が踏み出せない。うじうじとしていれば痺れを切らしたのか、ルフィさんが口を開いた。

「なんだよーしょうがねェな。じゃあそこ動くなよ」

ルフィさんが子どもっぽく、顔を曇らせてブーたれると腕を後ろに引いてこちらに向けて打ってきた。

ビヨーンとした音がして気がつくと肌色がお腹にぐるぐると巻きついている。

「――――――わっ!?」

何が起こっているのか理解できず、次の瞬間体がガクンとなる衝撃に襲われた。

足が地についていることを足でおそるおそる確認する。一瞬だったけど、止まった体に安心した。

「大丈夫か?」

目の前が真っ赤で少し顔を離して上を見上げれば、いたずらっ子みたいな笑顔をしたルフィさんの顔が目に入った。

真っ赤だったのはルフィさんの服で、私はルフィさんに引っ張ってもらったあと受け止めてもらったのだと気づく。

ちょっとだけ恥ずかしくなって少し距離を置くと、今までの光景を思い出してじわじわと目を見開いた。

「腕が伸びた―――――ッッッ!!??」



*



舳先で先程からケタケタと笑い続けているルフィさんに対して、私は膝を抱えて眉を寄せている。

「そこまで笑うことないじゃないですかっ」
「いやー、さっきのなまえの顔が面白くてよ、わりィわりィ」

ツボに入るほど私はすごい顔をしていたのだろうか。顔芸はあんまり得意な方ではなかったけどな、と思いながら徐々に落ち着いてきたルフィさんを見る。

ちなみに、腕が伸びたのはチョッパーさんと同じく "悪魔の実"を食べたからだそう。

「どうだ?ここからの眺めは」

そういうルフィさんの視線に合わせて顔を上げれば、今まで以上の光景が広がっていた。

陽が傾き始め、それを飲み込むように海が待ち構えている。見上げていたときよりも、大きく見えるオレンジ色の陽がじわじわと群青色の海へ溶け込んでいた。

その風景が遮られることなく目に飛び込んでくる。

「わっ…!すごい…」

思わず感嘆を吐いた。ルフィさんは「スッゲェだろ」としたり顔をして笑っている。

こんな景色を眺めることができるなら船の旅もほんとに悪くないものだと思う。

そう考えているうちにふとした疑問が浮かんできた。

「…ルフィさんってなんで海賊をされてるんですか?」

唐突な質問で答えてもらえるか分からなかったけれど、聞いてみたくなった。

すると隣に座っていたルフィさんは、うーん、と唸り首をひねる。

「俺が小せェ頃にな、シャンクスっていう海賊と約束したんだ。立派な海賊になって、いつかこの帽子を返しに行くって」
「…約束」

自分の頭に被せている麦わら帽子を手でそっと押さえるルフィさん。そのルフィさんの姿にその約束がとても大切なものであることがひしひしと伝わった。

話を聞くに、"シャンクス"さんと同じ海賊に憧れて有言実行したのであろう。それにしても、海賊になろうというルフィさんの行動力に私はたまげていた。

「それで夢を叶えて海賊になっちゃうルフィさんってすごいです…」
「まだ夢は叶ってねェよ。おれは海賊王になりてェんだ!」

私は感心したけれど、対してルフィさんはまだ満足いっていない表情をしている。

海賊になっただけでもすごいことと思っていたのに、ルフィさんのなかではまだ完璧ではなかったみたい。

「その、海賊王ってなんなんですか?」
「なんだって…海賊王は海賊王だよ」

また疑問が浮かんだので、ルフィさんの口から出る"海賊王"について聞いてみた。けれど、ルフィさんはあっけらかんとして言ったが答えになってなくて疑問が深まるばかり。

「うーん、海賊の中の1番ってことですかね?」

私が自分で考察した答えを口にすると、「それだ!」とルフィさんが手を叩いて納得する。

なるほど、ルフィさんらしい単純な答えに微笑ましい。ルフィさんのことを知ったような口ぶりだけれど、海賊になったように、"海賊王"という夢もいつか叶えているんじゃないか、とそんなことをぽつり思った。

「うおっ」

ふわりと潮風が吹き私の髪が束になって散らばる。視界に入ってきた髪を耳にかけると、ルフィさんの声が聞こえた。

声が聞こえた方を見るとショートヘアの黒髪を晒しているルフィさん。トレードマークの麦わら帽子は紐でくくりつけられてあり、首の後ろにさがっていた。

そういえば、帽子を被ってないルフィさんの姿は初めて目にするかもしれない。物珍しさに私はじーっと見つめてしまった。

「なんだァ? 他に聞きてェことでもあるのか?」

妙な視線に気づいたルフィさんは怪訝な表情を浮かべた。目がばちりと合ってしまって私はアワアワと慌てる。

ただ単にルフィさんのことを見てました!というものなんだかこそばゆいので別な話題を振ってみた。

「いっ、いえ! あ…そういえば次の島ってあとどれくらいで着きそうですか…?」
「ナミに聞かねェと分かんねェなー。なんか急いでたのか?」
「うーん、ちょっとだけ…連絡を取りたい人がいるんです」

どのくらいで島に着くかルフィさんは分からないらしい。少しだけ期待してた分がっかりして眉尻が下がる。ルフィさんの問いに対して我ながら図々しいことを言ってしまった。しかし、

「ふーん、そうか」

と、あっさりと答えるルフィさん。

思ったよりも淡白な返事が返ってきて、なんと反応すればいいか迷った。

「おめー島に着いたらどうするんだ?」

気まずくて自分の手をいじいじと遊ばせていると、唐突にそんなことを聞かれた。少し間を開けて息を吸い込む。

「…島に着いたら、連絡したい人に連絡を取って…そのあとは決まってないんですけど」

どう動けばいいか曖昧なのでそんな答えになってしまう。楽観的になりすぎてあまり考えていなかったと思った。

苦笑いを浮かべると、ルフィさんはにんまりと満面の笑みを見せた。

「特に決まってねェのか!―――じゃあ、一緒に魚人島に行ってみねェか!」
「…えっ?」
「おれたち魚人島ってところに向かってるんだけどよ、その島がとにかくすっげェーらしいんだ!」

ルフィさんに話したてられ呆気にとられる私。魚人島…? 名前からして漁業が盛んな島なのかな?と想像する。私はてっきりどこか街のある小さい島にでも降ろされると思っていたので目を丸くした。

「で、でも…!」
「冒険しようぜ! 1人より絶対楽しいぞ!」
「!」

急な話についていけず、狼狽の声が漏れる。尽かさず断ろうとしたけれど、ルフィさんの言葉に喉まで出かけた台詞を押し留めた。

レイシフトが失敗した挙句未知の世界に一人で放り出された私に手を差し伸べてくれたルフィさんたち。

不安だったはずなのに、ここ数日は私に課せられた使命は忘れずとも、船の上で過ごせたことは正直すごく楽しかった。

冒険しようぜ、と言ってくれたルフィさんの言葉につい胸が躍ってしまう。

けれど目的を思い出してみよう。私たちの敵は"魔神柱"である。サーヴァントでもないルフィさんたちを巻き込むのは心が痛い。

甘えたくなる気持ちを抑えて、しっかりと断ろうと思い立ち私は顔を上げた。

「やっ」
「おーい!ルフィ、メシー!」

やっぱり大丈夫です、と伝える前に野太い大きな声が被さった。

ご飯と聞いたルフィさんは、ぱあっと顔を輝かせて一目散に甲板へ降りる。振り返って声の主を探すと気怠そうに欠伸をかくゾロさんがいた。

「…なんだお前もいたのか」

ぱちりと目が合い、私に気づくゾロさん。呼びに来たゾロさんは悪くはないけれど、タイミングがよくなかったと複雑な気持ちになる。

まだ、ちょっとゾロさんは苦手だなぁ…。

とりあえず仕方ないので後で伝えることにして私もキッチンへ向かおうと立ち上がり舳先から降りようとした。

「あっそうだ、なまえも魚人島に連れてくからな!」

するとルフィさんがはつらつとした声音でゾロさんへ言う。それを聞いたゾロさんは「は?」と面食らってぽかんとしていた。

同じく私も思わず立ち止まりぎょっとしてルフィさんを見た。

「ま、待ってくださいルフィさん!」
「絶対行こうな!」
「強制ですか!?」

反対しようとすれば、強引に連れて行こうとするルフィさん。私は慌てて駆け寄ろうとしたけれどルフィさんは頑として受け付けないと言うようにキッチンへと走って行った。

このままだとみなさんに言いふらしそうだ。誤解をとかなければ!と、あたふたしているとゾロさんから声を掛けられた。

「あーなると聞かねェからな。ウチの船長」

そう同情の顔色を見せるゾロさん。けれど同時に面白おかしそうに口角が上がっているのが垣間見える。

てっきりゾロさんは嫌がりそうと想像していたのに、思っていた反応と違くてびっくりした。

私は「違いますからね!」と落ち着きなくゾロさんに釘を刺せば、「はいはい」と子どもを宥めるように軽くあしらわれた。

ひ、ひどい…!扱いがちょっと雑になってきてる気がする!と心の中でひとりごちる。

踵を返してキッチンへ向かうゾロさんの背中を見てふと考えた。

そもそも、何故私を連れて行きたいのだろう。私のどんなところが気にいったのか。はたまた別な理由なのか。

誘われたことはとても嬉しいけれど、それが気になってモヤモヤとした気持ちになる。

なんだか釈然としないまま私はゾロさんのあとをついていった。


11. 一緒に行こう!

(案の定、ルフィさんが皆さんに言いふらしていたので誤解を解くのに骨が折れた)

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