12

「釣ったぞーーーっ!!」

波のうねりを受けた船が緩やかに揺れる感覚を感じながら、部屋の外の賑やかな声に耳を傾ける。どうやらルフィさんとウソップさんの二人が釣りで盛り上がっているみたい。今日も平和だなぁ…とぼんやり思えば口の端からフフッと笑みがこぼれた。

そんな私は今、誰もいない女子部屋にお邪魔してこちらの世界に関する書籍に目を通していた。今のところこちらの世界の情報はルフィさんたちからチラホラ聞いた事しか頭に入っていない。このままでいるのは些か不安だった。

そこでロビンさんに本を読みたいと頼んでみたところ快く貸してくれた。

簡単な内容の文献で、こちらの世界は"5つ"の海域に分けられていること、歴史の変遷から"ゴールド・ロジャー"という人がきっかけに大海賊時代が始まり海賊があふれる今に至るということが書かれていた。

他にも"悪魔の実"について詳しく記載されていたりなど、どれも興味深いものばかりである。

ちなみに、悪魔の実を食べたものは海に嫌われると書かれていた。超能力を手に入れられる代償に水にかなり弱い体質になるらしい。

全く違う歴史と文化を目にしてから、ダヴィンチちゃんの言っていた通り"別世界"ということをじわりじわりと実感する。

まるで物語を読んでいるようで夢中になりすぎた。机の上に置いて読んでいた本をパタンとたたみひと息つく。のども渇いてきたのでサンジさんから何か飲み物を頂こうかな、と私は椅子から腰を起こした。

ドアノブに手を掛けて外へ出ようとすると、引いてもいないのに扉が勝手に開いた。背の高い影が顔に掛かり、前を覗き見る。そこには目を丸くしているサンジさんがいた。

「あれ?」
「サンジさん!何かご用でしたか?」
「なまえちゃんに飲み物を持ってきたんだけど、もしかして本読み終わっちゃった?」

そう言われてサンジさんの持っているお盆を見ればグラスが乗っかっており、ふわりと甘い香りがする。眉尻を下げて少し困ったような顔をするサンジさん。

ナイスタイミングである。私は喜びを頬に浮かべた。

「今サンジさんのところへ飲み物いただきに行こうかなと思ってまして」
「そっか、ちょうどよかったんだね。アイスミルクティーなんだけど飲めるかい?」
「はいっ、今頂いてもいいですか?」
「いいよ。あ、でもせっかくだから座って」

サンジさんに言われるがままに、部屋に戻され椅子に座る。

見上げればふわりと微笑んでくれるサンジさん。もらっても良いか尋ねると「どうぞ」と私がグラスを取りやすいようにお盆を近づけてくれた。

私がグラスを受け取るとサンジさんは向かい側の椅子にスッと腰掛けた。

「ありがとうございます」

サンジさんの気遣いに感謝しながら、グラスについているストローを咥える。ゆっくりと吸い込めばほんのり甘くとても飲みやすい。思わずにんまりと頬が緩む。

「とっても飲みやすくて美味しいです!なんでサンジさんの入れたミルクティーはこんなに違うんですか?」

あまりの美味しさからよく口が回る。自分が淹れたミルクティーとは比べものにならないほど出来がいい。流石コックさんなだけはあるけれど、一体どう作ってるのだろう?魔法か何か使っているのだろうか?

顎に手を当てながら考えていると、プッと吹き出すサンジさん。

「ある意味魔法かもしれないね」

どうして分かったんだろうと驚いた顔をすれば「口に出てたよ」と言う。私はハッとして口元を押さえ、カーッと頬の熱が上がるのを感じながらはにかんだ。

「えへへ…よかったら作り方教えてほしいです」

そう言ってお願いしてみると、サンジさんは首を傾げて考えるポーズをする。そして、パッと顔を上げて自分の口元に人差し指を立てた。

「んー、内緒。」

そう言いながらふっと目を細めるサンジさん。わぁ…絵になるなぁ…と惚けてしまいそうになったけれど、それよりもあの優しいサンジさんから断られたことに少し驚いた。

「どうして?」と戸惑いの色を露わにすれば、サンジさんの口が開く。

「作り方を教えちまったら、なまえちゃんおれに頼まなくても作れるようになるかもしれないだろ?」

柔らかな声で諭すサンジさんに、おずおずとうなずく私。するとカップを持ってない方の手をそっと取られた。

「おれが作ってあげたいからさ。…ね」

フッとはにかんで笑うサンジさんはいつも通りの優しい瞳をしており、私はぐうの音も出ない。と言うよりも手が!

触れられている熱から、じわりじわりと耳まで赤くなるのを感じる。サンジさんの紳士的なところは素敵であるけれど、時々心臓に悪くて少し困る。

「それはずるいですよサンジさん」

もうすでに真っ赤な顔を見られているけれど、恥ずかしくて目を伏せる。

「ふふっ…何が?」

可笑しそうに笑う声が聞こえたので一瞥すると、にんまりと口角を上げて笑うサンジさんがジッとこちらを見ていた。

「サンジさん面白がってるでしょう!」
「あははっ!ごめんね、なまえちゃんが可愛いからつい」
「か、からかわないでくださいっ!」

一枚上手なサンジさんに私はたじたじになる。思わず取られていた手をパッと離して後ろに隠しひと睨みしたけれど、当の本人はニコニコと余裕ある笑みを浮かべていたので遺憾であった。

全く顔が良いのは罪だとしみじみ思う。たとえ話で私の装備が木の棒と鍋の蓋であるならば、サンジさんは鉄製の剣に盾や鎧の装備である。戦力の差は明らかだ。

私の反応を見て面白がっているだけだろう、と息をついて残りのミルクティーを飲み干すと「海に何か浮いているぞ」という声が船内に響き渡った。展望台の拡声器から聞こえたのだろうか。

あの声はゾロさんあたりかな? なんであれ、この空気を変えてくれた天の声に感謝したい。

「…なんでしょう?」
「なんだろうな…とりあえず甲板へ行ってみよう」

私とサンジさんは顔を合わせて、お互い同じことを思い頷く。甲板へ足を運ぼうとすると飲み終えたグラスをそっとサンジさんが回収してくれた。

「あ!ご馳走様でした!」

そういえばお礼を言っていなかったと思い慌ててお礼を口にすると「お粗末さまです」とサンジさんは、にこりとした。


12. 甘い飲み物

(さっきの飲み物みたいに甘やかされる)

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