16

夕食を取るべく、ダイニングに集まった皆さん。テーブルの奥の席には骸骨改め、ブルックさんがうきうきした様子で座っている。

しかし異様な光景である。皆さんは普段と変わらない顔だけれど、違和感がないのだろうか。いや、違和感はあるのだろうけれど見ず知らずの骸骨にかなり寛容だと思う。

「さァ骸骨を追い出すのは後回しだ。ひとまず食え!」
「わっ…ありがとうございます」

そんなことを考えていれば、ご飯が出来たみたい。手伝う間も無くスマートに運ばれてきた料理たち。サンジさんが丹精込めて作った料理はやっぱり見てるだけでよだれが出そう。まずはお腹を満たして、それからお話しよう。

「いただきまー…?」

手を合わせてから、いざ食べようと一口サイズに切られたお肉にフォークを刺す。しかし、斜め右からの視線が気になり、ちらりと覗くとブルックさんが物欲しそうな顔でこちらを見ていた。

「お嬢さんのお肉の方が少し多いですね…替えてもらってもよろしいですか?」
「え、えっと…」

ブルックさんに交換してほしいと言われ戸惑う。すごい…欲望に忠実な方だとは先ほど知ったけれど思ったより図々しい。どうしようかと迷っていれば「おかわりあるから自分の食え!!」とキッチンから料理を運ぶサンジさんの怒号が飛んできた。

「あっおかわりあるみたいですね、失礼しました…ヨホホッ」
「いえいえ、よかったですね」

たくさん食べれることにほっとしたブルックさん。怒ってたけど機転を利かしてくれたサンジさんに感謝だ。

しかし、紳士的な振る舞いなのにかなりマイペースなところが見られるブルックさん。今も、行儀よく首にナプキンを掛けていかにも作法が上手そうなのに、ありえないほど顔中に料理をまき散らしている。私の向かい側の席に座っているルフィさんといい勝負だ。

なんというか、すごいギャップ萌えだこの人。あまりのギャップに手が止まったが、私もサンジさんの料理を一口ぱくりと頬張った。

(うん、美味しい…!)




*




たくさんあった料理はあっという間に平らげられ、テーブルには食べ残しひとつない食器が重ねられている。それぞれお腹を休めながら、ブルックさんのお話に耳を傾けていた。

「ヨミヨミの実…!?」
「やっぱり悪魔の実か…」
「そうなのです! 私、実は数十年前に一度死んだのです」

それを聞いた皆さんの顔が驚愕の色に変わる。目の前にいる人が一度死を経験してるなんて思わないだろう。私も目を丸くさせた。

たしか悪魔の実は希少なものであるとロビンさんに借りて読んだ書籍に書いてあったはずだけれど、そこらへんにゴロゴロ落ちてる感覚に思ってしまう。この船に悪魔の実を食べている人はすでに3人もいたから、案外簡単に見つかるものなのかな?なんて…

話を聞けば、ブルックさん曰く偶然に見つけた"ヨミヨミの実"の能力は復活人間。一度死んでも蘇ることができると言っていた。

ある日、ブルックさんの海賊船は敵船に襲われて全滅したそう。そこでブルックさんの悪魔の実の力が発動したらしい。しかし、この深い霧の中見つけられず探すこと1年、やっと見つけられた自分は白骨化しており、今のブルックさんが出来上がったというわけだ。

「それで骸骨に…それじゃあブルックさんは人間だったんですね」

白骨化しても復活できるなんて、まさに悪魔の実と言われるだけある。何度聞いても悪魔の実は不思議なものだ。

スケルトンだと思っていたから出た言葉に「今も人間ですよ」とブルックさんにつっこまれる。ああ、そうでした!

「つまりお前はオバケじゃねェんだな!?」
「ええ、私オバケ大嫌いですから! そんなもの見たら泣き叫びますよ私!」

すると、部屋の端のソファでチョッパーさんと身を寄せていたウソップさんが立ち上がり、ブルックさんにロザリオを突き付けながらお化けではないことを確認する。そう聞かれたブルックさん自身オバケが苦手であると、両手と首をブンブンと激しく振りながら慌てふためいていた。

「…あんた鏡見たことあるの?」
「私もナミさんと同じことを思いました…」

そんなブルックさんの様子に呆れた顔をしたナミさんが手持ち鏡を差し出す。私も感じたのだけれど、もしかしたらブルックさんは蘇ってから一度も自分の顔を見ていないのかもしれない。オバケが苦手なのに自分の顔を見たら腰を抜かすんじゃないだろうか、と悪戯な好奇心が湧いてくる。

「えっ…あっ、ギャーーーーッ! やめてください、鏡は…!」
「え!?…おい! ちょっと待て!」

本当に苦手なのだろう、ブルックさんは見えているのかわからないぽっかりと空いた両目を遮るように腕で抑えた。やっぱり見えたのだろうか、私は椅子に座ったままソワソワとしているとウソップさんが急に焦ったような声を出した。

「そんなことって…!」
「お前なんで…鏡に映らねェんだ!?」

私も移動して鏡の中をちらりと覗き見た。同時に信じられない光景が飛び込んできて目を見開いた。鏡にいるのは、ウソップさんとチョッパーさんだけ。その間にいるはずのブルックさんが本当に映っていないのだ。

「もしかして吸血鬼か…!?」

鏡に映らない、という吸血鬼の逸話からそんな疑惑がブルックさんに向けられた。誰かが発した言葉に慄き、私も思わず後ずさる。

「よく見りゃ"影"もねェじゃねェか!!」
「本当だ…!」
「お前一体何者なんだ…!?」

続けて、目に飛び込んできたのは”影”のないブルックさんの姿。足元にあるはずのものがないのだ。私たちとブルックさんの間に沈黙が流れる。

「………ズズッ」
「いや落ち着くとこかよ!!」
「こっちはお前のことで騒いでんだぞ!!」

間髪入れずにサンジさんとウソップさんがツッコむ。こちらはブルックさんのことで騒然としているのに、当人は暢気にお茶を啜っているのだ。マイペースさに飲まれてずっこけそうになる。

すると、ブルックさんはティーカップをコトリと置いて、ゆっくりと口を開いた。

「全てを語るには、あまりに長すぎる…私が骸骨をであることと、影がないことは別な話なのです」
「違うんですか…?」

私はきょとんとする。どうやら、かなり訳ありな事情なのだろう。ブルックさんは神妙な面持ちで語り始めた。


16. 影のゆくえは

(ゲフッ…おっと失礼)
(てめェにマナーってもんを叩き込んでやりてェ…)

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