02

「やあ、なまえちゃん。通達通り、準備万端で来てくれたようだね」

管制室の自動ドアをくぐれば、コンピュータから放たれているブルーライトの色に照らされ、職員の人たちが忙しなく働く姿が目に入る。いつもお疲れ様です…と心の中で職員の方に挨拶すると、ひときわ目立つ女性が私に気づき声を掛けてきた。

美を完璧に追求したような美貌を持った女性。彼女こそ私をここへ呼び出した張本人、レオナルド・ダ・ヴィンチ。本人からはダヴィンチちゃんと呼ぶよう言われているので愛称で呼んでいる。とても綺麗で頭もきれる天才なのだけれど、その自信ゆえにナルシスト気味なのが玉に瑕だなぁと私は思ってしまう。それも彼女の魅力なんだけれども。

「もちろんです、それで今日呼ばれたのは…」
「ああ、それについては結論から伝えよう。驚かないで聞いてくれよ?」

コクンとうなずく私はダヴィンチちゃんから出てくる言葉を待つ。嫌な予感しか思い浮かばない心に緊張が走り落ち着かなかった。

「―――生き残りの魔神柱が発見された」

頭を殴られたようなショックが全身を貫いた。管制室にいた職員の方たちも一瞬手を止める。

魔神柱とは、簡単にいうと私たちの敵で、以前の人理修復の旅先ですべて消滅させていた。けれど、ダヴィンチちゃんが言うには生き残りが見つかったという。どうして、と漏れた私の声は、困惑と疑問が入り混じっていた。

「とても信じがたい事だけれど、事実なんだ」

ダヴィンチちゃんの顔を見れば、彼女だって何が起きているか理解しがたいというような表情をしている。私が何も言えないでいると隣にいたマシュが口を開いた。

「生き残りの魔神柱が関与していると思しき特異点反応も発見されました。ソロモン…いえ、魔術式ゲーティアの構成体。恐るべき力を持った七十二柱の魔神。あのとき時間神殿から逃れた柱の一つと思われます」
「そんな、逃れたなんて…」
「はい、確証できるデータがないので断言はできませんが反応が現れている以上、直接確認するほかなくて…」

まさか逃れていたという驚愕の事実と逃してしまったという焦慮から声が震える。そう話してくれたマシュも苦しそうに顔を歪めていた。ですが、と言葉に詰まるマシュ。

「マシュが言い淀む気持ちもわかる。キミたちはこれまで、様々な場所、様々な特異点にレイシフトしてきた。だが今回はその中でも群を抜いて特殊だ」

マシュの視線を向けられたダヴィンチちゃんが口をはさんで説明をしてくれる。けれど、私一人だけわからずついていくのに精一杯だ。

「何度も確かめた。けれど年代と場所からはとくにこれといった文化と歴史を見つけることができなくてね。その地域に現れた特異点反応だけが唯一頼りだ」
「そんな年代と場所が不確かなところにレイシフトができるんですか?」
「疑問に思う気持ちはわかるがレイシフトとはそういうものだ。なにしろ正常な場所には行けないものだからね」

その場の雰囲気を崩すように、なんだか楽しそうにフッと笑うダヴィンチちゃん。こんな時に笑える余裕があるなんてさすがダヴィンチちゃん、と一瞬気が緩んでしまう。

「…はい。異常なのは承知の上……いえ、異常だからこそカルデアのオーダーが適用されます。そして、その調査・解決には、カルデアでもっとも知識と経験を持ったマスターが選ばれる。つまり―――」

「わたしたちの出番だね」

マシュに続け、そう応えると人理修復をする前の懐かしい感覚が私の中で駆けめぐった。

「そうだ。実際のところ、他に動けるレイシフト適合者はひとりもいない。前回に続いての長期探索になるが、そこは耐えてもらうしかない。とはいえ、今回は否定されても仕方がないと覚悟していたんだが、取り越し苦労だったようだ」

ほっと一息つくダヴィンチちゃん。私が断る可能性も考えていたみたいだ。また、危険なことが起こるだろう、傷を負ったり死にそうな目に合うかもしれない。もちろんすごく怖いけれど、みんなと力を合わせて切望した人理修復はきちんと完了していないなら責任を持ってやらないと合わせる顔がなくなる。

「…せめて、わたしも以前のように先輩と一緒に戦えたら、少しはお力になれるのですが…」

私が拳を握りしめ自分を鼓舞していれば、マシュのもの悲しげな声が聞こえた。今まで一緒に旅をしてきた仲間が今回のともに行けないのは、私も寂しいし不安だ。でも一番そう感じているだろうマシュになんて声を掛けたらいいか。

「…マシュが元気になったら絶対頼るから!」
「――はい。わたしも、そのように努力しますね。常に万全の態勢でカルデアの観測機器から先輩をサポートします!」

私が励ませば彼女は一瞬見開き、ぱあっと顔を明るくさせそう言ってくれた。その様子を見ていたダヴィンチちゃんもフッと笑みをこぼす。

「ああ、そういう戦い、サポートの仕方もある。というか、それが一番重要だ」

ポンと手を叩く音がして私はそっちを見れば、ダヴィンチちゃんが何かを思い出したらしく、近くの作業台の引き出しから何かを取り出した。

「それで大事なことを伝えるんだが、実は今回の行き先にサーヴァントが連れて行けるか確証が持てなくてね。3人だけ登録できるように設定した移動式召喚サークルを作ってみたんだ」

少し小さめだからね、と私にトランクケースに入ったそれを渡してくれる。けれど、ダヴィンチちゃんのとんでもない発言に私は瞠目した。

「ちゃんと連れて行けるわけじゃないんですか?」
「言っただろう? 今回は群を抜いて特殊だって、それだけレイシフトの難易度も跳ね上がる」

覚悟を決めたものの、前回の戦いとは全く違う条件で思わずそんなぁ…と声を上げてしまいそうになる。環境があまりにも違いすぎて少しだけ後悔してきた。

「うぅ…わかりました…それで、これから行く場所は?」

「ああ、心して聞きたまえ! 今回、特異点反応があったのは……2009年の太平洋のど真ん中、――海だ。しかも信じられないことに、そこは地球を覆ったその上に存在する状態の”謎の別世界”。そこが今回、キミに向かってもらう目的地さ!」
「えっ?」

これまでいろんなことに驚いてきたけど、ダヴィンチちゃんが言っていることが冗談にしか聞こえず呆れそうになる。説明してくれている本人はいたって真面目な顔をしているので、次第にほんとなの?と理解せざるを得なかった。

「さあ! ここで考えていたって新しい情報は入ってこない。不安だとは思うが、私たちカルデアの職員一同キミを全力で助ける」
「あぁもう…わかりました! 謎の別世界でもなんでもどんとこいです!」

すこし迷っていれば、ダヴィンチちゃんが私の背中をぽんぽんと優しく撫でてくれる。その優しさに憂鬱だった気持ちをほぐされた。おかげで軽口が言えるくらいには元気が出てきた私は半ばやけくそに、どん、と自分の胸を叩くと和やかな笑い声が聞こえる。

カルデアの職員の方からダヴィンチちゃん、そして大好きな後輩の、みんなの期待に応えようと思った。周りから温かい眼差しを受けるなかで、マシュが私に近寄ってくる。

「先輩…行ってらっしゃい! 頑張ってくださいね」

そう言う後輩のとってもかわいい笑顔を見れば、私の目尻がふにゃりと下がる感じがしてあまりにしまりのない顔をしているかもしれないと思う。それくらい癒されたし、励みになった。

私はマシュをぎゅっと抱きしめて、体を離す。顔を覗けばいい笑顔をしていた。私もにっと笑みをこぼす。

「ありがとうマシュ! 行ってくるね!」

はい、と手を振ってくれるマシュに手を振り返し、私はレイシフトを行うための機械に乗り込んだ。他のみんなにも、行ってきますと挨拶をすませる。

外ではレイシフト開始手前のアナウンスが流れ、コフィンの中にくぐもって響く。シートに身体を預けていた私は、ひとりこれから先のことを考え巡らせていた。ひさびさの探索で、鈍ってそうな自分の体にこんなことになるならもう少し体力つけておけばよかったなと、ため息をつく。

そういえば、ダヴィンチちゃん行き先は海って言ってたかな。海っていうとなんだか昨日見た夢を思い出すなぁ…なんていろいろ考えているうちに身体の感覚がほろほろと崩れていく感じがして瞼を閉じた。


02. こぼれ落としたものを拾いに

(――緊急事態です!! レイシフト先への通信断絶! なまえさんからの信号もキャッチできません!!)
(先輩…!?)

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