17

「ええ、"影"は数年前…ある男に奪われました」
「…奪われた?」

奇妙な言動に思わず聞き返した。影が奪われるとはどういうことだ、と首を傾げていると真実を告げられる。

何らかの力で影を奪われてしまったブルックさん。影を奪われた人は、影はおろか、写真や鏡にも映らないという。さらに直接日光に当たると消滅してしまう恐ろしい呪いにかかっていたのだ。

「つまり光ある世界で、存在できなくなる…というわけです!」
「そんな…」

思っていたより深刻な問題を抱えていたようで、言葉に詰まった。しかしブルックさんはその深刻さを感じさせないぐらい明るく話す。その姿にさらに胸がつかえた。

「ヨホホホホ! 」

沈黙が流れる部屋の中に突如、笑い声を上げ始めたブルックさん。不審に思ったウソップさんに「大丈夫か?」と声を掛けられるとブルックさんはにこりと笑う。

「今日はなんて素敵な日でしょう! 人に逢えた!!」

ブルックさんは飛び跳ねる勢いで喜んでいた。

「暗く深い霧の中…1人舵の効かない船で数十年彷徨ってきました…」

「私本っっ当に淋しかったんですよ…!!淋しくて怖くて…ッ死にたかった…!!」

「…しかし、長生きしてみるものですね…! こうして貴方達と巡り会えた。あなたが私を船に誘ってくれましたね…嬉しかったです」

ゆっくりと語られる彼の心の内がじわりじわりと胸に刺さる。それぞれの感情が蠢くなか、辛かった過去の話をしてくれるブルックさんは陽気な雰囲気で話すのだ。彼の明るさに少し救われる。

「ですが本当は断らなければならない」
「ええ!? なんでだよ!」
「先程も話した通り、私は太陽の下では生きていけない身です」

しかし、どういうことかブルックさんはルフィさんの勧誘を断った。私も驚きつつ、横目でルフィさんを見てみると目が飛び出た顔で狼狽えていた。

でも確かにブルックさんの話の通り、彼は光に当たると消えてしまう。ルフィさんたちと日の当たる海で航海することはできないだろう。

「だから私はこの海に残って、"影"を取り戻せる奇跡の日を待つことにします。ヨホホホ!」
「水くせェこと言うなよ! だったらおれが取り返してやる!」

影を取り戻せるのがいつになるのか分からないのに、あっけらかんとして振る舞うブルックさん。それを聞いたルフィさんは一点の曇りもない真剣な顔で言った。

「あなたは本当にいい人ですね…しかしそれは言えません」
「それは、なんでですか…?」
「さっき会ったばかりのあなた達に"私の為に死んでくれ"なんて言えるはずもないですから」

「!」

理由を聞き返すと、とんでもない言葉が返ってきた。ブルックさんの妙に落ち着いた声が、地鳴りのようにお腹に響く。

サンジさんやフランキーさんは、ブルックさんの言葉に怯むことなく「名前ぐらい教えてくれ」と言っていたけれど、つまり影を奪った男は強すぎて到底かなわない相手なのだろう。

今の非力な私が臆するのには十分な言葉である。ゴクリと生唾を飲みながらブルックさんを見れば、突然何処かからかヴァイオリンを取り出していた。

「そんなことより歌を歌いませんか? 今日のよき出逢いのために!」

ブルックさんの前向きな言葉に重苦しい雰囲気が一掃される。今までの雰囲気がどこ吹く風。目が点になった。

「歌?」
「ええ。私楽器が自慢でしてね、海賊船で音楽家をやってました」
「えーっほんとうかよ!? 頼むから仲間になれよバカヤロー」

聞いてみればブルックさんは音楽が得意だという。ヴァイオリンなんて早々弾けるものではないから私はブルックさんに釘付けである。ルフィさんは私なんかよりも期待の眼差しを送り続けていた。

「なんでルフィさんあんなに嬉しそうなんでしょう?」
「前から音楽家を仲間にしたがってたから…コックよりも先によ?」

近くにいたナミさんにルフィさんの様子のことを問いかけてみると、ちょうど音楽家を仲間にしたかったらしい。

「えぇ! コックさんよりも先に…何か考えていたんでしょうか」
「さぁ…考えてると思う?」
「…うーん」

きっとルフィさんも何かを考えていたのだろう…!と期待を込めて聞いてみる。けれど、呆れた顔で首をすくめるナミさん。苦笑いをするしかなかった。

「ギャァァアアアッッ!!」
「おい! どうした…ッてなんだ!?」

突然悲鳴が聞こえた。何事かと振り返るとブルックさんが尻餅をついて天井辺りを見上げており、その視線を辿ってみると目を見張るものがそこにいた。

「ゴッ…ゴースト…!!」
「うわーーーーッなんかいるーッ!!」

明らかにその姿は透けている。いわゆる幽霊であった。空気が読めない発言をするならちょっとかわいい顔をしている。

そんな幽霊は部屋の壁をすり抜け、フワフワと浮遊し始めた。

「こ、今度は本物ですよ…!」
「ヒィイ!! なまえいけッ!!」
「無理ですって!!」

目が飛び出しながら絶叫していたウソップさんとチョッパーさんは隠れるように私の背後に立つ。だから今の私は倒すこともできないんですって! またも振られたウソップさんの無茶振りを断った。

すると突然、木材の軋む音が耳に入ると同時に船内が揺れ始めた。

「な、なんの振動だ!?」
「まさか…!? この船はすでに『監視下』にあったのか!?」

倒れないように自分の体を支えていればブルックさんが緊迫した様子で部屋のドアを荒々しく開けて出て行く。一味の皆さんは戸惑いの色を浮かべて、外の様子を確認しに甲板へ出た。

「なんだあれは…!?」

外へ出ると、私たちの乗っている船が大きな口のような壁に囲われていた。唖然としているとブルックさんから神妙な声音で問われる。

「もしやあなた方『流し樽』を海で拾ったなんてことは…?」
「あ…拾っています!」
「それが罠だったのです…!」
「罠って…この船はずっとここに停まってたんだぞ…!?」

流し樽という言葉に覚えがあり、失態を起こしてしまったと冷や汗が出てくる。罠とはどういうことだ、と辺りを見渡すと、にわかには信じがたい光景が広がっていた。

「なんで島が…そこに…」

声が震えた。

「これは海を彷徨う"ゴーストアイランド"…『スリラーバーク』です…!!」
「彷徨う島って…"記録指針"は何も反応してないわ…!」
「そうでしょう…この島は遠い"西の海"からやってきたのですから…!」

そんなことってあり得るのか。ナミさんは腕につけている指針と島を見て困惑していた。しかし、ブルックさんはこの島について先程からかなり知っている様子である。

「あなた方は今すぐ何とかして脱出して下さい! 絶対に海岸で錨など降ろしてはいけませんよ!」

聞きたいことが山ほどあったが、ブルックさんは私たちに忠告してからその身軽な身体で舳先まで飛んで行った。

「わたしは今日あなた達に出会えたこと、一生忘れません! またご縁があればどこかの海で!」

そう言ったブルックさんは意を決したように海へ目掛けて飛び出す。

「おい待てブルック!」
「あっ、海に飛び込んだら泳げないんじゃ…!」

船から飛び降りたブルックさんに、ルフィさんはぎょっとした顔をして呼び止める。手が届くわけもないけれど、私もハッと血相を変えて思わずブルックさんに向けて手を伸ばした。

「ヨホホホホ!」
「うおーすげェー!!」
「海の上を走ってる!?」

なんと驚くことに、身体が軽すぎて海の上を颯爽と走っているのだ。ルフィさんやチョッパーさんは船縁に前のめりになって目を輝かせており、私は唖然とした表情で口をあんぐりと開ける。しかしほんの束の間、ブルックさんの姿は深い霧の中へと消えていた。

「と、とにかくアイツの言う通りにしましょう! 何が起きてるか分からないけど、この島完全にヤバイわ…!」

この場の空気を切り替えるようにナミさんが凛とした声で指示を出す。ナミさんの言う通り見た目からしてこのおどろおどろしい雰囲気の島は怪しすぎる。

しかし、この雰囲気どこかで感じた覚えがある。カボチャやゾンビに魔女、そしてお菓子がとても似合う一年に一度のイベントのような…

「…ん? なんか言ったか?」
「行く気満々だァー!!!」

キラキラと目を輝かせている様子のルフィさんや、それに気を揉んでいる姿のナミさんやウソップさんを横目に見ながら私はくるりと踵を返した。

「…ちょっと準備してきます!」
「えっ!? まさかなまえも!?」


17.  海を彷徨うゴースト島

(少し怖いけどなんだか懐かしい雰囲気で、わくわくするんだ)

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