03
自分の身体がパズルみたいに再構築されていく。ずっしりとした重みを感じて目を開ければ深い緑色が広がっていた。
じめじめと湿った土の匂いや植物の青臭さが鼻をかすめる。マイナスイオンとは程遠い、樹林にやってきたようだ。
想像していた海ではないところにたどり着いた私は、絶賛頭の中がはてなマークでいっぱいである。
あれ? おかしいなー…海どころか見渡す限り木しか見えないのはなんでだろう…
思わずひとりごちる。人の気配も感じられないので1人喋っていたって別に気にすることはないけど、なんとなく変な感じがする。
そうだ。さっきからカルデアの通信がない。いつもなら、レイシフトが完了してからすぐカルデアの通信が掛かったはずだ。私は慌てて、腕につけた腕時計型の通信機器に声を掛けた。
「ダヴィンチちゃん? こちらなまえです。無事レイシフトしましたが、応答願えますか?」
そう伝えたが、耳に入ってくるのはジャングルの声だけ。なんの反応もなく、ひやりとした汗がツーっと背中を伝う。ノイズ音さえ聞こえないそれは、電源が付いていないみたいに感じた。
もしかしたら、霊脈地(魔力が収束する場所)の近くに行けば通信が復活するかもしれない。そんな淡い期待を抱いて私は一歩踏み出した。
けれど、足元は人が歩けるようなものではなく所謂、獣道。あーもう!と初っ端から気分が下がった。
*
自分より背の高い草があったりとすごく歩きにくい獣道を突き進んで、しばらく経った。
歩いていて思い出した、というか気づいたことがあるんだけれど。ダヴィンチちゃんが危惧していた通りレイシフトの難易度は高かったらしく、ちゃんとサーヴァントを連れてこられなかった。
つまり、私は今ジャングルの中にひとりだけである。自慢ではないんだけれども、私は戦闘面においてはびっくりするほど役に立たない。魔力はかろうじてあっても魔術礼装がなければ魔法の1つもかけられないし、肉体戦なんてもってのほかだ。
今までサーヴァントに頼っていていたことを痛感し、サーヴァントがいない私はぽんこつだな、なんて皮肉めいてしまう。かなり心細いうえ、いつ獰猛な生き物に襲われてもおかしくない雰囲気に慄いた。
下に視線をやれば、黒色をしたジャングルには似合わない近代的な作りのトランクが目に入る。ダヴィンチちゃんから持たされた移動式召喚サークルが唯一の心の拠り所なのだが、魔力がないことには召喚すらできないのでこれも頼りなかった。
進めば進むほど不安になってきて、手に持っていたトランクの手持ちをぐっと握りしめる。
すると、ギャアギャアと荒々しい野鳥の声が聞こえ私はビクゥッと肩を上げた。
「ぎゃあっ!」
ガタガタと震える腕を摩りながら上を見上げれば、高い木々の間を野鳥たちがバサバサと飛んでいく姿が見える。その姿は、まるで逃げているようで、私はとても嫌な予感がした。
早くここから離れたほうがいい気がする。そう本能がいっているのを感じたとき、後ろの方向からバキリバキリと木々を割くような物音が聞こえた。
心臓がどくどくと早く脈打ち息が上がってくる。恐る恐る、後ろを振り向く。ああ、振り向かなければよかったと思ってしまった。
「―――いやーーーーッ!!?」
樹林よりも背の大きい巨体に私は絶叫し、走り出す。ここについてから嫌な事ばかり、まさに泣きっ面に蜂である。
まさか、恐竜に出会うなんて誰が思うか。私は涙目になりながら、訳も分からない道をひたすら全力で走る。
あまり余裕はないけど、もう一度後ろを確認する。見てみれば、恐竜は案の定私を追いかけ始めてきた。
「ハァッ…ハァッ…」
これ絶対逃げきれない…ッ!
身体の大きさを考えれば歴然だった。私と恐竜とではあきらかに恐竜の方が有利、しかも獲物を逃さまいと夢中な獣からはなおさらだ。ズシンズシンと轟く足音に恐怖心が募る。
それでも私だって、恐竜の胃なんかに入りたくない。負けじと走っていれば、草木が薄れ、うっすらと光が差し込んでいる場所を見つけた。やった!と逃げ切れたわけではないのに少し綻んでしまう。
その場所を突っ切れば、人が開拓したような広い道に出た。私は道沿いに走り出そうと思ったとき、後ろから木々をまき散らして顔を出す。ホラー映画さながらなヤツに私はヒッと引きつった。
「ほ、ほんとに来ないで! しつこい!」
そんなこと言ったって伝わないとわかっていても声に出してしまう。すぐ目の前には、目をギラギラさせた獣がいて、私に大きな影を落とす。今走り出しても、もう逃げられない距離だ。私の体力の限界もかなりそこまで来ていた。一か八か勝負に出るしかない。
私は恐竜に指をさしてして叫んだ。
「ガンド!!」
全身の魔力が指先に集中し、”呪い”のエネルギー弾を恐竜めがけて打ち込む。衝撃からモクモクと煙が立ちしばらく目の前が見えなかったが、黒い影が揺らめいて、ドシン――と大きな音が聞こえると恐竜は白目をむいて倒れていた。
「よかった…食べられるかと思った…」
身体の力が抜けてへなへなとその場にへたり込む。最後の切り札がきかなかったら私は今頃、恐竜の胃の中だった。魔力をほぼ使い切ってしまい全身の力がなかなか入らないけど、使ってよかったとしみじみ思った。
「―――ギャァァァアアオッッ!!」
「…うそ…!?」
さっき、恐竜は倒れたばかりなのに怒りの咆哮が聞こえる。顔を上げて見れば、倒れた恐竜の奥からさらに大きな恐竜が目の前に現れた。
もう無理だ。立ち上がる力も入らない。感じるのは、恐竜の怒気。同じ仲間が倒されてしまっては、怒るのもしょうがない。罪悪感を感じながらも、恐怖と絶望に私は涙が出てきた。
「ギャァァァアアオッッ!!」
恐竜は、怒りのままに私を噛み殺そうとその鋭い牙を持った口を向けてくる。なんて情けない最期なのだろう。
「――――ッ…て、え…?」
噛まれる寸前で止まった口はガバっと大きく開いたまま止まっており、私は首をひねる。放心して見ていれば、ズルっと何かが滑る音がして、目の前の頭が転げ落ちた。
「――――――ッッッ!?!?」
絶叫を通り越して声にならない叫び。なんだか目の前が霞んできて、フラッと地面へ引っ張られる。倒れるときに、長い棒を二本持ったような人影が見え、だんだんと気が遠くなっていくのを感じた。
3. 泣きっ面に蜂
(おーい、――ってどうしたんだその女の子!?)
(…拾った)
(その子血まみれじゃねェか!! 誰かーッ!医者―――ッ!!…っておれだ!!)
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