午前六時、ーピピピピピ…と目覚まし時計の音が部屋中に響く。

なまえは今日も変わらず、いつも通りにその時間に起きた。

気だるく立ち上がり、布団をたたんでから、私服に着替える。そして割烹着をつけて襖に手をかけ部屋の外に出た。

「寒い…」

部屋を出た瞬間、ひんやりとした秋の空気を肌に感じる。

今月は10月で、ちょうど冷え込んでくる時期だ。

そんな季節になり屯所の庭の風景も変わってくる。

なまえは秋の紅葉の風景をゆっくり眺めながら食堂へと向かった。



食堂へ着くとこれまた寒い。とくに寒く感じたのは冷たくなっていた床のせいだった。

あまりにも冷たくて痛かったのでバタバタと台所まで走ってしまった。

朝餉の準備を始めようとすると、みんなまだ寝ているはずなのに、間延びしたマイペースな声が聞こえた。

「朝っぱらからそんなバタバタ音を立てたらみんな起きちまうぜィ」

声がする方を見れば、いつもなら寝坊する沖田隊長が制服を着てテーブルの上で頬杖をついていた。

こちらを見てニヤニヤと笑っている。

「あ…沖田隊長、おはようございます。きょ、今日はお早いんですね」

なまえは焦って口を噛む。

焦ってしまったのは、まず沖田隊長が少し苦手であること。そして、先ほどの自分の醜態を見られてしまったことがことのほか恥ずかしかったからである。

「ああ、おはようごぜーやす。今日はなんか早く目が覚めちまって…」

そう言う沖田隊長の目はいつもより濃い二重になっていて眠たそうだった。

「それより、大きな声出したら誰かさんがご機嫌斜めで起きちまうぜィ」

意地悪な顔で笑う沖田隊長。ああ、やっぱり苦手だと思っていると、食堂の戸がガラガラと音を立てた。

入ってきたのは、瞳孔が開き気味なのが特徴の副長だった。

「誰かさんって誰だコラ」

沖田隊長の言う通りご機嫌斜めのご様子でなまえは思わずハラハラしてしまう。

「あらら〜、土方さん朝からひっでぇツラでどうしたんですかィ〜」

「ってめ…誰のせいだと思ってんだコラァッ!!!」

沖田隊長は副長を挑発するようにわざとらしく言うもので、案の定、副長は堪忍袋の尾が切れる。

小さな食堂で沖田隊長たちの追いかけっこが始まり、ふーっと息をつく。

耳を傾けて見れば、沖田隊長が寝ている副長にいたずらを掛けていたようでよく飽きないなとなまえは心の中で感想をもらした。

すると、廊下の方から荒々しい足音が聞こえて戸が勢いよく開いた。

「オメーら朝から騒がしいんだよ、ちったァ静かにしろ!!」

そのまま起きてきたのか寝巻き姿の局長がそこにいらっしゃった。

その後ろには見るからに機嫌が悪そうな隊士たちが並んでいる。

「あ、すいません」

と声が揃う二人。

なまえは組のトップ二人が怒られているそんなやり取りを見て、ここの未来は大丈夫なのだろうか、と心配になった。







時間は1時間過ぎて午前7時を回った頃。

食堂は隊士たちの楽しそうな声で賑わっている。けれど、その様子がいつも以上に浮ついているのでなまえは不思議に思った。

ぼーっと考え込んでいると「おーい」と声がかかる。

「なにボーっとしてんでィ」

いつのまにか沖田隊長の顔が目の前にあり、なまえは驚いて「わっ!」と後ずさった。

「どうしたんでィ」

いつもなら意地悪なことを言ってくる沖田隊長が心配そうな顔で覗き込んでくる。

この人に聞くのも少し躊躇したが、ちょうどいいところに沖田隊長が話しかけてきてくれたのでなまえは聞いてみようと思った。

「あの、今日って何かあるんでしょうか?皆さん浮ついているようですけど…」

思わず最後に付け足しで、なんか不気味です、と呟く。

「今日って…知らねぇのかィ?」

「……?」

沖田隊長はご存知のようで、でもなまえは分からず首を傾げる。

「じゃあ、お菓子が必要な日といえば?…分かるだろィ」

「お菓子が必要な日?」

沖田隊長から結構なヒントをもらったが、なまえが思いつくのはバレンタインデーぐらい。

なまえから返された言葉に沖田隊長は呆れた顔した。

「マジかよ、ホントに知らねぇ感じかィ」

沖田隊長の視線にうっと言葉に詰まるなまえ。

「それより早く飯…」

「あっすいません! 今すぐに持ってきます!」

少し機嫌が悪そうな沖田隊長を見てなまえは慌てて台所の奥へと向かっていった。

「ーーーーーtreat?」


なまえの耳に入ってくる。

上手く聞き取れなくて、沖田隊長の方を振り返ったが彼はこちらを見て飯はまだかという視線を向けていた。







今日がなんの日かも分からず、時刻は22時を過ぎた。なまえにとってはもう寝る時間である。

そろそろ寝ようとなまえは寝巻きに着替えて布団に入ろうとしたとき、天井の方からドッと重いものが落ちるような音が聞こえた。

(屋根に誰かいるのかな…)と、音に対して不安になりながら外に出てみる。

10月の夜は夏と比べると格段に冷えて冬のように寒く感じる。

地面からは、やはり見えないのでなまえは、近くにあったはしごに足をかけて慎重に上がった。

屋根から頭を出せば、横たわって空を仰いでいる誰かがいた。

なまえに気づいたのか顔をこちらに向けてきた。

「なまえ?」

「わっ!?」

急に名前を呼ばれ心臓が止まりそうになり、梯子からバランスを崩して落ちそうになる。

やばい、と思った瞬間、腕をガッシリ掴まれてなんとか怪我は免れた。

「あっぶねェ…何してんでィ」

助けてくれたのは、沖田隊長だった。焦った声音が珍しかった。

「ど、どうもすみませんでした」

そう、謝ればなまえを引きあげたあと、沖田隊長はわざとらしくため息をついた。

「なんでこんなところに来たんでィ」

沖田隊長の呆れた目がなまえグサグサと刺さる。視線が痛すぎておそるおそる沖田隊長の方を覗いた。

「あっあの…天井から物音がして気になってしまって」

「ふーん…」と沖田隊長が目を細める。

「んじゃ、暇だからなんか話ししてくれィ」

そう沖田隊長は瓦の上に横たわった。なまえにとんでもないプレッシャーがのし掛かる。

沖田隊長にお話!?暇つぶしにもならねぇなんて言われたらどうしよう!? となまえの心の中は大パニックである。

何を話そうか慌てふためいていると、なまえの頭に今朝のことが思い浮かんだ。

「あ、あの、また質問してしまうんですけど…今日って何の日なんでしょうか?」

また朝のことを思い出せばモヤモヤとしてしまう。一体何の日なのだ。

質問を受けた沖田隊長は一瞥し、ふーっと息を吐く。

なまえは思わずビクッと震える。話題が気に入らなかったのかと不安になった。

すると、沖田隊長の口が開く。

「ハロウィーンって知ってるかィ?」

「はろ…うぃーん?」

なまえの頭の上にはてなマークが浮かび上がる。

「…外国の祭りごとでさァ」

なにやら、聞いたことのない単語を沖田隊長が教えてくれる。

「そのお祭りごとって何をするんですか?」

答えてくれる沖田隊長に、調子よく続けて質問すると、彼は不敵な笑みを浮かべた。

とても嫌な予感がする。

「悪戯する日」

なまえは思わず目を丸くする。なんだその悪戯する日とは。

「正確には、悪霊を追い払うための宗教的な祭りの日でさァ。子どもが仮装してお菓子をねだりにくるんでィ」

へぇ、となまえは声をもらす。

「trick or treat?」

「えっ」

「菓子持ってんのかィ、それとも持ってねぇの」

そう沖田隊長に問われる。

「持ってな…っ!?」

答えようとすると、沖田隊長に腕を引っ張られ瓦の上に倒された。

目の前が沖田隊長の顔がいっぱいで唇が触れそうなぐらい近い。

少しでも動いたらくっついてしまうんじゃないかと思えば心臓が持ちそうになかった。

「ーーなーんて、ほんとにキスなんてするわけねぇだろィ」

なまえから顔を離して、「バーカ」と罵る。

なまえはまだ頭の整理がつかず、立ち上がる彼の背中を見つめていた。

「お菓子くれねぇやつには悪戯するって意味でィ、さっきの」

なまえに声が掛けられる。

「だからお菓子が必要な日だって言ったろィ」

そう去り際に、飄々として言う沖田隊長。

"お菓子が必要な日"というヒントを貰っていたのに、ほんとにバカだなと思う。

もしお菓子用意していればどうなっていたんだろう。

さっきまで寒かったのに、今は熱いなと頬の熱を冷ますように手を添えた。


悪戯する日
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