7.5

数時間前ドンチャンと賑やかだったテーブル。カリカリ…と紙の上を鉛筆が滑る軽快な音がダイニングに響く。明日の朝食の大まかなものを書き記していた。

明日の朝食は定番だがフレンチトーストとスクランブルエッグか。それとも卵とパンを使うならいっそのことエッグベネディクトにしようか。モーニングコーヒーと合いそうでナミさんやロビンちゃんも喜びそうだ。

野郎共はもちろん、エネルギーが必要だろうからたくさん食べれるよう大皿料理で…

こうやって、次の日の献立を考えるのはこの船のコックとして大事な仕事であるけれど、結構楽しんでやっている。というか楽しみの一つだ。

時刻は22時頃だろうか。ちらりとダイニングの壁に掛けてある時計を見るとちょうどそんな時間だった。

早朝から仕込まなければいけない。そろそろ寝床へ向かおうと腰を上げると、正面入り口のドアが開いた。

「おっ、サンジまだ起きてたのか」
「チョッパーこそ。どうした?」
「寝る前に水を飲もうと思ってな。貰ってもいいか?」
「水だな、ちょっと待ってろ」

そう扉からひょこりと顔を出したのは、うちの船医であるチョッパーだった。眠そうにまなこを擦りながらダイニングへ入ってくる。水が欲しいということらしい。寝床へ向かおうとしていた足をキッチンに向ける。冷蔵庫からピッチャーを取り出して水を注いたコップをチョッパーに渡せば「ありがとう」と言われた。

「…あの子は寝たか?」
「寝たぞ。疲れてたしぐっすりだと思う」
「そうか」

あの子の様子が気になって医務室からやってきただろうチョッパーに、ぽつりと問いかける。寝れたのならよかった。今日は特に疲れただろう。おれはホッと息をついて近くの椅子に腰掛けた。

「サンジはどう思う?あの子について…」
「可愛らしいレディじゃないか?」
「そう言うんじゃなくて!」
「冗談だ。…普通の女の子に見えるが…」

今日出会った彼女の印象をチョッパー聞かれ、数時間前を思い出してみる。

おれが作った料理をあんな幸せそうな笑みを浮かべて食べてくれた彼女。もちろん、料理の腕には自信がある。今まで「美味い」と言われてきて、嬉しくない日はなかったが今日は久々に心に来るものがあった。願わくば、明日の朝も溢れんばかりの笑みに包まれた彼女を見たい、なんて考えてしまう。

こう彼女のことを思い返してみると、やはり普通の少女にしか思えない。ゾロの野郎が見たっていう"恐竜を倒した光景"が本当なのか疑わしいところだがアイツはくだらねェ冗談は言わないだろう。

「そうだよな…体調を見てもこれといって変わったところがなかったし」
「魔術師って言ってたっけな、あの子」
「…おれはあの子を信じたいんだけど、辻褄が合わないんだ…」

そうだ。おれやチョッパーが感じていた違和感。彼女は他の船に搭乗させてもらっていたところ、1人あの無人島に置いてけぼりにされたという。しかし、あの無人島に実はある流れ者が1人住み着いており、「島中を見回ってきたが船を見るのは2年ぶりだ」と言っていた。と言うことは、おれたちより前に船はついていないはずなのだ。つまり彼女の言うことと話が合わない。

この事を知っているのは、今のところおれとチョッパーだけだ。

魔術師とも言っていた。おれの想像でしかねェが、魔法が使えるならそれで島に来た、とも考えられるんじゃないだろうか。彼女が本当に魔術が使えるところを見せてもらえれば納得できたところもあったと思う。

しかし、彼女は魔術師と名乗るだけで魔術は使えないという。それでは魔術師ということだって疑わしいところだがそこはゾロの発言で全面的に否定できなかった。

そもそも、一人旅をするには余りにも装備が少なすぎる。荷物は小さなトランクケースだけだ。

なぜ、嘘をつく必要がある?それとも本当のことを言う義理はないと言うことだろうか。それなら納得はいく。結局は島へ届けてもらうだけの赤の他人だ。

いくら考えたところで拉致があかない。重たげな前髪をくしゃりと掻きあげ、一息ついた。

「まあ、女性のことにとやかく言うのは野暮だ。悪さをするようには見えねェし」

話し込んで10分は経ってしまっていた。中身がなくなったコップを手に取り、軽く水で濯ぐ。チョッパーは何やら言いたげな表情でこちらを見てきたが、「それもそうか」と言って納得したみたいだ。

「ほらさっさと寝ろ。明日寝坊したら野郎は飯残ってねェぞ」
「飯抜きはやだな!」
「寝坊するなよ」

寝るよう促せばチョッパーは飯抜きという言葉に顔をしかめてドアへ向かう。こんなことを言ったが実際に飯抜きにしたことはないけど。

「サンジ、ありがとな。おやすみ」
「おう。おやすみ」

振り向きざまそう言ったチョッパーが扉を閉める。おれも一言返事をして、濯いだコップの水を切り棚にしまい込んだ。


(どんな人であれ美味しいご飯を用意しよう)

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