「…どうしよう」

人気のないダイニング。両手に持っているものを眺めて私はため息を吐いた。

部屋にはほんのり甘い匂いが残っており、呼吸するたび肺入ってくる香りに胸が重くなる。

手には、ある人に渡そうと不器用なりにラッピングしたお菓子が鎮座している。
残り1人の―――サンジさんへのだ。

どうして彼の下に渡っていないかというと、その原因が嫌でも目に入ってくる。テーブルの上に置かれた可愛らしい紙袋に入ったお菓子。サンジさんからのだ。

今日は世に言う”バレンタインデー”であり、男女が浮足立つイベントの1つ。そして浮かれていた私もその一人だった。

バレンタインデーとはいっても、愛の告白だとか、そういうものではなく麦わらの一味の皆さんへの日頃のお礼として渡そうと考えていたのだ。

普段料理なんてしないものだから、形がいまいちだったりお世辞にもおいしそうとは言えないものが出来上がった。そんなド素人が作ったものだったのに皆さんは喜んで受け取ってくれたのだ。

ここで少し浮かれてしまう。最後にサンジさんに渡そうと思っていたら、逆にサンジさんからもらってしまったのだ。私よりも美味しそうで可愛らしいラッピングに包まれたお菓子を。

料理が専門分野のサンジさんと比べる方がおかしいけれど、こんな素敵なものを見たら自分の作ったものが恥ずかしくて渡せなくなったのだ。

そんな理由で、残り一つのチョコレートを持て余していたわけである。

さて、これをどうしようか。捨てるのは勿体無いし、食べ物を粗末にするのはサンジさんが悲しむだろう。

余談だけれど、サンジさんは食べ物を粗末にすることに対してすごく怒るというのを最近知った。

そういうことだから、捨てるのではなく自分で食べてしまおう。ちょっと虚しいけれど、袋の口を閉じていたリボンを引っ張る。

もう少しで開けるというところでドアの外から私を呼ぶ声が聞こえた。

「なまえー、どこにいるのー?少し手を貸してくれないー?」

この声はナミさんだ。一体どうしたのだろう。多分だけれど、洗濯物を掛ける紐を取り付けるお手伝いかな。

とりあえず呼ばれたので行かないわけにもいかない。まだ開封されていない袋をテーブルに置いて、私はナミさんの元へ向かった。




*




「バレンタインのチョコまだ渡してないの?」
「えっ!?」

予想していた通り、ナミさんは洗濯物の紐を取り付けるのに苦戦していたみたい。お手伝いしたついでに一緒に洗濯物を干していた時、突然ナミさんにそう聞かれた。

掛けようとしたTシャツがはらりと床に落ちる。

このバレンタインのチョコとはおそらくサンジさんへのチョコのことだろう。ナミさんって勘がいいからこんなこと聞いてきたのかな…と苦笑いを浮かべた。

「その反応だとまだ渡してないんでしょー」
「うっ…ちょっと渡す勇気がでなくて…」
「なんでよ、ゾロとかルフィとかみんなには普通にあげられたじゃない…あっ、まさか」
「ち、違います! 決して疚しい気持ちとかそういうんじゃないです!」
「疚しい気持ちって…じゃあ一体どうしてなのよ」
「それは…」

尋問されるように追い詰められ、ついに私は白状した。

「はぁ!? サンジくんのより出来が悪くて渡すのが恥ずかしくなったァ!?」
「ナミさん声が大きいです…!」

ナミさんは、ありえないと言いたげな顔で目を見開いていた。あまりにも大きい声だったので船内に響き渡っているんじゃないかと心配になる。

「そんなこと気にしなくてもいいじゃない! なまえから貰ったらサンジくんイチコロよ?」
「イチコロって…」

イチコロと言われるとあまり否定はできない。サンジさんは女性に特に優しいので多分だけれど受け取ってくれるのではないかとは思っていた。複雑な気持ちで眉が下がる。

「それで結局チョコはどうしたの?」
「ダイニングに置いたままです」

そういえば、ナミさんに呼ばれてテーブルの上に置きっぱなしだった。

「あ〜…もう遅いかもしれないけど、サンジくんがさっきダイニングに入ってったわよ」
「!?」

そう歯切れ悪そうに言うナミさん。サンジさんがダイニングに入った…ということは? その後起こることに私は血相を変えて飛び出した。

「ナミさんごめんなさいちょっと戻ります!」





*





ガチャ!と大きな音を立ててドアノブを引いた。少々荒々しかったかもしれないけれど、今はそれどころではない。

「なまえちゃん、どうした?」

部屋に入れば案の定サンジさんがいて、目をぱちくりとさせている。部屋の前に突っ立っていると声を掛けられた。

「えっ、いえっあの…喉が渇いて!!」
「ハハッ、そんなに慌てなくても。じゃあそこに座ってて、今淹れてあげるから」
「はいっ」

気が気じゃないので、何もかもおろおろとしてしまう。そんな私の様子にサンジさんが笑う。気を利かして飲み物を入れてくれるそうなのでお言葉に甘えて椅子に座った。

よかった、チョコには触れられなかったから気づいてないのかもしれない。サンジさんが飲み物を淹れている隙に、テーブルの上に置いてあったチョコをサッと手元に隠した。

「はい、お待ちどうさま。ほうじ茶でよかったかな?」

目の前にコトリと優しく置かれるマグカップ。湯気が立つ亜麻色の飲み物に頬が綻んだ。

「わ〜ほうじ茶大好きです、ありがとうございます…!」

ミルクティやココアとか、甘い飲み物も好きだけれど、なんやかんやでお茶が一番落ち着く。ふーっと息を吹いて冷ましながらカップに口を付けた。わっ…全然熱くなかったや。

「そういえばお菓子まだ食べてないの?」
「あっごめんなさい! まだ口つけてないんです!」
「いや、いいんだ! なまえちゃんの好きな時に食べてくれれば…ちょっと気になっただけさ」

飲みやすい温かさに感動していると、ふいに聞かれた。その視線の先にはテーブルの上に置いていたサンジさんのお菓子が映っている。放置していたのが申し訳なくて謝れば、サンジさんは眉を下げて笑った。

再びカップに口を付けると、向かいの席にサンジさんが座る。自分へ注がれる視線につい口を開いた。

「…あの…なんでしょうか?」
「んー…さっきね、ルフィたちに自慢されちゃってさ」
「? 何を自慢されたんです?」

そういうサンジさんはため息を吐きながら頬杖をつく。話を聞いてみると、サンジさんは口の端を上げて口を開いた。

「なまえちゃんのチョコ」

「おれにはくれないの?」
「へっ…!?」

驚きのあまり声が裏返った。元凶を見れば、意地悪な笑みを目に浮かべている。

ああ、サンジさんは最初から分かってたんだ。こんな風に聞いてきてずるいと思う。

しかし、すごい破壊力だ…。ナミさんに負けず劣らずの甘い声で思わず落とされそうになった。

熱が止まない頬を両手で押さえながら口を開く。

「正直に言うとサンジさんの分もありました。でも…サンジさんにあげるのがちょっと恥ずかしくなっちゃって」

ナミさんに言ったことを同じく話すと、突然口元を手で押さえるサンジさん。途端に変わった様子に思わずたじろぐ。何か気に障ったのだろうか。

「サ、サンジさん…? 怒ったんですか?」
「とんでもねェ…大丈夫だ。ちなみに、恥ずかしくなったってどうして?」

サンジさんの顔を覗いてみるも、その人は目を合わせてくれない。私はおずおずと話した。

「サンジさんのと比べて自分の下手くそなお菓子をあげるのが恥ずかしくなっちゃったんですよ」

「な、なんだ…」と小声で呟くサンジさんの声が聞こえる。するとサンジさんがこちらを見た。

「そっかぁ…なまえちゃんの手作りお菓子、おれも欲しかったんだがなまえちゃんがそう言うならしょうがないよな」

そう物悲しそうな表情を浮かべ肩を落とすサンジさん。

あ…そんな顔させたかったんじゃないんです…と私はあたふたしてしまう。

「あの!これ…」

居たたまれなくなってずっと下に隠していたお菓子をおずおずと差し出す。するとサンジさんの顔がぱあっと明るくなった。

チョコを出してから、ハッと気づいた。誘導されてしまった! サンジさんはにこにこと笑っている。
とっさに出してしまったけれど見せたら上げないわけにもいかないよな…と悩みながら顔をしかめた。

「…どっどうぞ」
「そんな顔しないで」

嫌々というわけではなかったのだけれど、私の顔を見たサンジさんは困ったように笑う。

「なまえちゃんから貰えるものなら全部嬉しいよ」

受け取った開封途中の包装を優しく撫でるサンジさん。言われた言葉に悔しくもキュンときてしまった。

「うっ…サンジさん甘やかさないでください…そう言われるとは思ってたんです」
「そうかい?おれはまだまだ甘やかし足りないんだけどな」
「かっ…勘弁してくださいぃ… 渡さなかったことは謝りますから!」

これ以上甘やかされたらキャパオーバーになって絶対泣いてしまう。こんな意地悪されるなら最初から素直に渡しておけばよかった、とすでに遅いことを思う。

サンジさんって基本優しいけれど、時折ものすごくからかってくる。ナミさんやロビンさんには絶対にしないのに。今もその人は面白がっているんだ。

「来月は楽しみにしててね。とびきりのお返し、用意しておくから」


(サンジさん私もう胸がいっぱいいっぱいです…)

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