ルフィさん率いる麦わらの一味の船にご厄介になってからかなりの日が経ち、いまだに次の島が見えてくる気配はない。しかし、クルーの皆さんのおかげで安穏の日々を過ごせていた。

今日は一段と波風も穏やかで、ふわりと肌を撫でる潮風が心地よい。柔らかい日の光に瞼が重くなり、私は大きな口を開けて欠伸をかいた。お昼寝日和とはこのことだろうか。

じわりと目に浮かんだ涙を拭い、眠たい目を擦る。非番用のラフな靴で船の床板を鳴らしながら私はある人物を探していた。

「ここにもいない…」

ドアノブを引き、部屋の中を覗く。けれど視界に入ったのは、薄暗い中にある観賞用の巨大な水槽とその中で泳ぐ魚たち。ソファーや椅子の辺りも見渡したが人の気配はなかった。

一体どこにいるのだ――――…
―――――――――――――ゾロさんは。

アクアリウムバーの部屋のドアをガチャリと閉め、見つからない人物を思いながらため息をつく。

自らゾロさんの元へ赴くことは普段あまりないのだが、今日はどうしても会いたい理由があった。

手に持っている大人しめな花柄の紙袋をちらりと見やる。袋の中には昨日の夜作ったトリュフチョコレートが入ってあった。

この季節にチョコレートといえば――――…バレンタインである。

すっかり曜日感覚がなくなっていた私は、一昨日のおやつタイムでナミさんたちが話題にしていたのを聞いて気づいたのだ。

カルデアにいた頃は、信頼しているサーヴァントたちや大好きな後輩からチョコを貰ったり、あげたりできるこの日を待ちわびていたというのに。

しかし、兎にも角にも前々日に気づいたのが幸いだった。

カルデアでも行なっていた通り、日頃の感謝を込めた意味で不器用ながらも調理したチョコレートを麦わらの一味の皆さんにお渡しすることにしたのだ。

日頃のお礼のチョコレートを渡し回って、最後に残ったこの1つ。これをゾロさんに渡したいと言うのがその人に会いたい理由である。

天気のいい日は、必ずと言っていいほどお昼寝をしているゾロさん。そのゾロさんを1番見かける甲板の芝生の上や、メインマストの下、アクアリウムバー…彼が寝ていそうな場所をこうして探し回っても見つからない。

そういえば随分前に、お風呂に入ると言ったゾロさんが何故か船の地下にある潜水艦で寝ていた話をフランキーさんから聞いたことがあったけど、まさか今回も同じということはないだろう。

ちなみに、お仲間の皆さんに尋ねてみても、何処かで寝てるんじゃないかと口を揃えて言われてしまった。ゾロさんの印象が三年寝太郎になりつつある。私もお昼寝は好きだけれど、ゾロさんは度が超えているというか、よく寝るなぁといつも思う。

聞き回っているなかで唯一変わった応えをしてくれたロビンさんは「彼なら鍛錬でもしてそうね」と言っていた。

そうそう、鍛錬しているといえば私もその可能性を少し考えていた。できれば寝てて欲しかったと思う。

ゾロさんが鍛錬する場所といえば……私は空を仰ぎながら目に入った展望台に眉を寄せた。





やっとの思いで展望台の入口の梯子にたどり着いた私。

ロープを登っていた時の気分は某栄養ドリンクのCMさながらだった。そんなに付いてもいない筋肉に「唸れ…! 私の筋肉…!」と語りかけたほど。

冗談はさておき、せっかくここまで来れたのだ。その場所にお目当ての人がいることを願いながら、重いハッチを上へ押し上げた。

ひょこりと頭を出すと、床の至る所にダンベルが転がっていた。テレビでよく見る片手タイプのものから、これどうやって持つんだろうと目を疑うほど重そうなバーベルたち。1トンって自動車ぐらいの重さじゃなかったかな…。

そんな感想を思いながら展望台の中へ上がると、声を掛けられた。

「何の用だ」

ズシリと重い声音に肩を震わせて振り向く。探していた当人が見つかって思わず「ゾロさん」と声をあげれば、一瞥される。

ゾロさんは筋トレの手を止めることなく、黙々と続けていたので、用件を言ってもいいのか戸惑ったが一息置いて口を開いた。

「あの、差し入れで渡したいものがあって…!」
「…悪ィけど後にしてくんねェか」

ゾロさんの動きが一旦止まるも、またバーベルを降り始める。声音からして少し不機嫌なのだろうか。ゾロさんの雰囲気にビクついてしまう。

しかし、こちらとしては大袈裟だけど命懸けでたどり着いたところだったからチョコレートは渡したい。めげずに聞いてみる。

「あ…でも」
「後にしてくれ」

ぴしゃりと言われた。

ガラスを叩き割られたみたいに期待がバラバラと散る。

そこまで言わなくても…けど、邪魔してしまった自分も悪いかもしれない。

そもそも、私のことが苦手だろうゾロさんに差し入れすることこそがおこがましいんだろう。

帰りながらやり場のない思いを頭の中で思い巡らせば、鼻の奥がツンとした。




*




(ゾロ side)

今朝は、毎度のことだがクソコックにくだらねェことで突っかかられかなり機嫌が悪かった。

いつもの日課を終え、ひとっ風呂浴びたら、気分がさっぱりとしたもんだから単純だと自嘲する。

風呂に入ったからかさっきから眠気が来ており、昼寝するためにどこか日陰になるところはないかと歩き回れば、何やら賑やかな声が聞こえた。

甲板には、ルフィやナミ、ロビンにウソップ、チョッパーと結構な面子が揃って談笑している。手に持っているものを見てだらしなく笑っているので思わず顔をしかめた。

「なんだそれ」

おれがそう聞けば、チョッパーとウソップが怪訝そうな表情でこちらを見る。

「なんだそれって…これなまえの作ったバレンタインチョコだよ」
「ゾロも貰っただろ?」

これ見よがしに見せてきた花柄の紙袋。その紙袋には見覚えがあり、思わず眉を寄せる。

たしか、ジムで鍛錬中になまえが持っていたような。しかし、鍛えている途中で邪魔されるのはあまり好きじゃない。しかも、今朝のこともあって、少々イラついて相手せずに帰してしまった。

こんなことで動揺しちゃ情けねェが、正直悪いことをしたとあの場面を振り返る。

「そういえば、話変わるけどなまえ知らない?さっきから見かけないのよねー…」

ふと、肩を竦めながら話すナミ。おれに問いかけているようだ。

「…知らねェ、どっかで寝てんじゃねェのか」
「アンタじゃないんだから。…ちょっと探しておいてよ」

そういうナミの目は鋭かった。その視線にげんなりする。踵を返して溜め息を吐きながら、足を運ばせた。




*





ゾロさんに結局渡せなかった私は、1人船の後方で座りながら海を眺めていた。

落ち込んでいる時や、心を落ち着けて安らぎたい時によくここに来ては時が流れるのを待っている。

水平線まで永遠と続いているように見える船跡を見るのが結構好きだったりするんだ。何故だかわからないけど、見るとホッとする。

しかし、ここに来て何時間経っているのだろう。気づけば日が傾いているではないか。傍に置いていた紙袋を手に取り溜め息を吐く。

これどうしようかなー…。後でって言っていたは言っていたけどまたあげに行くのも勇気がいるしなー…。でもせっかくだしあげたほうが…いや…。

せっかく気持ちが落ち着いてきたのにこれでは堂々巡りである。

けどゾロさんも私みたいなノロマでうじうじしたやつが苦手でもあんな態度を取ることはないじゃないか。思い出したら、ちょっとムカムカしてきた…!

そう思った私は、紙袋を開けて、中のトリュフチョコレートが包まれた袋を取り出した。

いいもん、ゾロさんにはあげないで私が食べちゃおう。

「おい」
「!?」

トリュフチョコをぱくりと口に放り込む寸前、ドスの効いた声が耳に入って声にならない声が出る。

声のした方を見れば、緑の彼。ちょうどその人を話題にやきもきしていたところだったので私はちょっとしたパニックだ。

ちょ…いつの間に!? 何でいるんですか!?

焦っている私を呆れた顔で見下げるゾロさん。するとこちらに寄ってきて豪快な音を鳴らしながら隣に座った。

ゾロさんとの間には人1人分空いているものの、何も言われずに隣に来られた私はどうしたらいいのだろう。

ハッ…! まさか昼間のことを根に持って私の存在を消し去ろうと…!? それは嫌すぎる…でもゾロさんなら私をギュッと一捻りできそうだ…!

どんどん浮かび上がる可能性にブルブルと震え上がった。

「お、お慈悲を…!」

私が目をギュッと閉じてお祈りするように懇願すれば、何言ってんだ?と言わんばかりの眼差しをするゾロさん。

「…はぁ? おまえ変なこと考えてただろ」

あれ、違うんだ。と目をぱちくりさせればゾロさんは大きな溜め息を吐いた。

「……悪かった。」

「えっ?」

溜め込んだものを吐き出すように謝ってきたゾロさん。思ってもいなかったことに私は困ってしまった。何故ゾロさんが謝っているのか。そう思っていればまたゾロさんの口が開く。

「昼間、おれんとこにやって来たのにすぐ帰しちまっただろ」

そのゾロさんの言葉にハッとする。

「わ、私もごめんなさい! トレーニングの途中なのに邪魔してしまいましたよね…」
「いや……ああ、まぁ…」

邪魔した私も悪かったのに、ゾロさんが先に謝ってくれたのに少し申し訳なく思う。私も謝ればゾロさんは歯切れ悪く言葉を返した。

会話が無くなり、2人の間に沈黙が再び流れる。

「それ」
「あ…これ…」

ドギマギとしていれば、ゾロさんに指を指される。その先にあったのは私の作ったトリュフチョコだった。

私は少し困ってしまう。さっき自分が食べようとして袋の口を開けてしまったやつである。

このままあげていいのか、迷っていたけれどゾロさんの視線に耐えきれなくなった。

「た、食べますか?」

思い切って言ってみれば、驚いた顔をして、そして私の顔を窺うように覗いてきた。

「いいのか、貰って」
「いいですよ、だってこれゾロさんに作ったやつですもん」

そう言えば、僅かだけど表情が柔らかくなったゾロさんは袋を受け取って、早速一口食べてくれた。

黙々と食べ続けて最後の一口を食べ終えたゾロさん。「うまかった、ごちそうさま」と言われて驚きながらもいい感想が聞けて嬉しくなった。

なんだ、嫌われていたんじゃなかったんだ。気を抜いたら、口角が緩み笑みが溢れた。

「へへ…」
「何笑ってんだ」

怪訝な表情だったゾロさんは歯がゆそうな顔で自分の頭をがしがしと掻いている。

隣をちらりと見やれば、その手の人は困っているように眉を寄せていた。なんだかその様子が似合わなくて、可愛く見える。

ゾロさんも人なんだなぁ…、

これから苦手克服していけるといいなぁ…。

そう思いながら、未だに隣に座ってくれているゾロさんに頬を綻ばせた。


(この1ヶ月後…私の仮ベッドの上に小さな紙袋が置かれてあって目が飛び出すほどびっくりした…)

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