柔らかな日差しを浴びながら、目に写るはのどかな海。どこまでも続く水平線を眺めながら私は潮の響きに耳を傾けていた。

たまに、よう元気か、なんて言ってそうに訪ねてくる海猫の鳴き声はその船の穏やかさを感じさせる。

最近やっと馴染んできた雰囲気に目尻がふにゃりと下がった。向かい席に座っているナミさんに「なに笑ってんの?」と訝しげに言われたので、えへへと頭をかく。

「なんか、すごい平和だなぁって思いまして」
「そうね、今日は比較的大人しいかも」

そう言いながら甲板の方を見やるロビンさん。大人しいって言ったのは、多分いつも賑やかなルフィさんたちの姿が見られないからなのだろう。確かに今日のお昼を食べてからあの3人組をお見かけしていない気がする…あ、もしかしてお昼寝でもしてるのかな?

だとしたら今日はぽかぽか陽気だから気持ちいいんだろうな〜…なんて。

呑気なことを考えていると、読んでいた本をパタンと閉じたナミさんが私の真横へ指を指した。

「ところでなまえ…大方予想付いてるんだけど、その大量の紙袋はなに?」

ちょっと可笑しそうに笑いながら聞いてくるナミさん。

「あっ、これはですね…」

「実は、日頃のお礼を兼ねて皆さんにバレンタインのお菓子を作っちゃいました」

勘のいい人ならこの大袈裟なラッピングを見れば分かっちゃうだろうけど、流石鋭いナミさんにはなんでもお見通しだ…!

あー、やっぱり。と頬杖をついてにまりと笑うナミさんの一つ一つの仕草がかっこいい。

「でも嬉しいわね。いつも手伝って貰ってるのにお礼まで貰っちゃって」
「ほんとにお世話になってるので…!」
「そうね〜、服やボディーソープ、化粧水諸々の貸しはチャラにしてもいいぐらいかも」

ナミさんにお借りしているものがどんどん出てきて思わず「うっ」と言葉に詰まる。この船にお世話になってから、生活用品全てお借りしている状態なのだ。とても肩身がせまくめちゃくちゃ申し訳なくて困った顔をしていればナミさんが舌をちらっと見せて「冗談よ」と言って肩を揺らした。

「ちなみに本命チョコとかあるの?」
「えっ、本命…?」
「ウチのクルー気性が荒い奴ばっかりだけど、割といい面子揃ってるでしょ? いないの? 気になる人」

ふと聞かれた本命、という言葉にドキリとした。確かにナミさんのいう通りクルーの女性陣の方はもちろん、男性の方たちもなかなかギャップがあって魅力的だなぁとは思っていた。

特にギャップのすごい人たちの顔を頭に浮かべる。

サンジさんは女尊男卑がちょっとすごい時があるけど、とても紳士な人でなんやかんやでクルーの男の人にも優しいところがある。

ゾロさんはとても頼りになるけど怖いな、って思っていたら意外と抜けているところがあって可愛いなと思ってしまった。

ルフィさんは猪突猛進で破天荒なところがあるけど、きっちり決める時は芯を曲げないカッコいい人ということを最近知った。

…と、具体的に思い浮かべている間に、にまにまと口角を上げているナミさんに気づいて私は慌てて手を振った。

「まっ、まさか! 皆さんすっごい素敵な方達ですけど、そういうのとかはないです!」

そうそう…! 私みたいな特になんの特徴もない女が顔面偏差値53万みたいな方々の1人を想ってしまう方が逆に申し訳ない…!

そう、彼らとても顔が良いんだ…!なんて浅ましいことを思ってしまった。

「まあ、そう言うとは思ったけど…ほんとに出来たら教えてちょうだいね、相談に乗ってあげるから!」

そう言ったナミさんは、ぱちんとウィンクする。わ〜すっごい頼りになりますねアネゴ!!って感じなんだけれど、ナミさんが聞きたいだけなのでは……そう思ったことは口にはせず笑って誤魔化した。

「そうだ、ナミさんとロビンさんせっかくなので今渡しちゃいますね!」

なんだか無理矢理な感じが否めないけれど、渡すつもりだったので「どうぞ」と大量の紙袋の中からナミさん用とロビンさん用のお菓子の入った紙袋を渡す。

「あら、ありがとう!」
「ありがとう、食べるのが楽しみね」

受け取ってくれたナミさんとロビンさんがそれはもう眩しいくらいのにこやかな笑顔でお礼を言ってくれたので作った甲斐がある。

こんな美人さんの笑顔を拝めて私眼福だ〜! ナミさんとロビンさんにメロメロになってしまうサンジさんの気持ちが分かったような気がする。

てれてれと、お二人の笑顔の余韻に浸っていれば下の階からバタン!と勢い良く扉の開く音が聞こえて、それから馴染みのある賑やかな声が耳に入ってきた。

「よーし!! 試行を重ねて完成したウソップ発明メカ!! ついにお披露目する時が来たぜ〜!!」
「ウソップ早く早くー!」
「心して見たまえ諸君!!」

下の甲板の方を覗いてみると、ウソップさんを取り囲んで目をキラキラさせているルフィさんとチョッパーさんの姿が目に入る。

「何やってんのあのおバカども」
「ふふっ…楽しそうじゃない」

わぁ…ウソップさんなんかすごいの持ってたな…と息をもらしながら眺めていると後ろからナミさんの呆れた声とロビンさんのクスクスとした笑い声が耳に入った。

ナミさんはメカなどには毛頭興味ないらしくて、ウソップさんの発明にちょっと心惹かれてしまったと言ったら呆れられるんだろうなぁ。

なんてそんなことを思っていると、オレンジ色の目とぱちりと視線が合う。

「ルフィたちにも渡したら?」
「そうですね…! 渡してきます!」

確かに、あそこには3人揃っているし配るのにちょうどいい。渡すタイミングをくれたナミさんに笑い掛けながら3人分の紙袋を手に取り、2階のテラスまで降りた。

「お! なまえー!!」
「あっ…! ルフィさーん」

私の名前を呼んでこっちに飛んでくるルフィさん。軽々と縁にしゃがんで乗っかる姿にびっくりする。少し見上げた先にキラキラと目を輝かせているルフィさんの顔があった。

「おめェ上にいたのか! 今ウソップの発明品見ててよ! スッゲェんだ!!」
「はい、3人の声聞こえてましたよ」
「なんだ、じゃあなまえも…! …って何だそれ?」

上からもルフィさんたちの様子を眺めていたけど、余程面白かったのか、ルフィさんの期待に膨らんだ顔をしてて思わず笑ってしまう。話をしているとルフィさんの視線がふとしたに下がった。

「あっ、これですね…今日はバレンタインなのでお菓子を作ったんです!」
「へぇ…それくれんのか?」
「はい! 日頃のお礼を兼ねて…船に乗せてくださってありがとうございます」

「ルフィさんのお腹を満たせる量ではないんですけど、よかったら食べてください」

ありがとな!と満面の笑みを浮かべてお礼を言ってくれるルフィさんを想像しながら持ってきた中の一つの紙袋を渡す。

カサッと音を立てて紙袋の中を確認するルフィさんはにんまりと笑みを浮かべている。

ああ、よかった。喜んでくれていそうだ、と安心すると、ちょっと予想と反した動きに目を丸くした。

「わっわ…!? ルフィさん…!?」
「おめーやっぱいいやつだな。これ大事に食べるよ」

ルフィさんが大事に食べる!? 天と地がひっくり返るような言葉に耳を疑いたくなる。いや、それよりもさっきのルフィさんの行動に心臓のドキドキが止まらない。私の頭を自分の胸に寄せたルフィさん。パッと離れて何事もなかったかのように、にししっといつもよく見せる顔で笑っていた。

「ありがとな!」

ウソップの発明品も見に来いよ!と、言って嵐のような彼は下の甲板へ戻って行った。先ほどの出来事に開いた口が塞がらなく、しばらくその場に固まる。

他の男性の人より距離感は近い人だなぁとは思っていたけど、まさかハグされるとは思わなくて…!嫌ではないんだけど! 外人みたいなスキンシップには慣れてないから!

ルフィさんの胸に寄せられた時、すっごく顔近かったことを思い出してまた顔が熱くなる。普段は見ない落ち着いた顔してて、ルフィさんもこんな表情できるんだ、と余計ドキドキして、ヘナヘナと腰が抜ける。

「そんな、ギャップずるいよ〜…」

しかもいい匂いだったなぁ…なんて頭の片隅で変態的な感想を述べてる自分がいた。熱いほっぺを両手で押さえて俯いていれば上から声をかけられる。

「なまえ顔真っ赤じゃない、どうしたの?」

上を見上げれば、縁から顔を覗かせるナミさん。きっとさっきの一部始終を見ていたのだろう。揶揄う目つきに思わず眉が下がった。

「ナ、ナミさぁ〜ん…! 揶揄わないでください…!」
「ごめんごめん、面白かったからつい…ビックリしたろうけど、アイツ突拍子も無いことするけどいいやつなのよ」

そう言うナミさんは今までの経験を思い出しているのだろうか、真面目な顔つきになる。私も日は浅くても、ルフィさんの良いところはパッと思い付く。突拍子もないとは言われていたけど、すごいあたたかい人だなと思う。

「そうですね…どうして皆さんがルフィさんを慕ってるのか、少し分かる気がします」
「あら。…魔術師さんもついて来る?きっと船長も喜ぶわよ」

喜ぶ、かぁ…。きっとそうだろうな、と寛大な船長の姿が思い浮かんだ。

それにしても、言い方がずるい。ロビンさんの言葉に、一緒に旅をする未来を少しだけ期待してしまう。

再び甲板へ目を移せば、3人組で遊び始めているルフィさんの微笑ましい姿があった。

「きっと楽しいだろうなぁ…」

そんな私の呟きが口からほろりとこぼれた。

(ほんとにお菓子を大事そうにしてとって置いていたので『また作りますよ』と伝えれば嬉しそうに食べてくれた)

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