ともだち


鳥のさえずりが聞こえる。
今日はとても穏やかな晴れの日だ。
手に持ったたくさんの荷物を抱え直し、にんまりとした笑顔で歩みを進める。

「うふふー」

語尾にハートマークがつきそうにご機嫌な声を出せば、気分はますます上がってくるようだ。
ああ、待ち遠しいけれど、この瞬間もまた、たまらない。

ふと、前方から見覚えのあるシルエットが歩いてきた。
あれはキノコ王国の国民、キノピオだ。

「おや、ベネッタさん!」

「こんにちはキノピオ」

すれ違いざまに、お互い立ち止まることなく笑顔と挨拶を交わす。
何をしていたのか、何をしに行くのか、お互いによく知っているのだ。

キノピオとすれ違えば、目的地の屋根が徐々に見え始めた。

「よーし、あと少し」

なかなか重い荷物を持ち直し、ラストスパートの気合をいれる。
あまり手に負担がかからないようにスタスタと素早く歩いていると、今度は前方から何やら音が聞こえた。

よく見れば、目的地である一軒家のドアが開閉したような。
すると程なくして、これまた見覚えのある人物がこちらへ小走りでやってきたのだった。

「おおおい、ベネッター!」

「ルイージ!」

そう、まさにこれから会いに行こうとしていた人物。
今日の約束の相手だった。

「こんなにたくさん! 重かっただろうに」

おったまげた様子でベネッタの手元を見て言えば、ひょいと、いとも簡単にその手から荷物を取る。
重さなど微塵も感じさせぬそぶりで軽く持ち上げて見せれば、「さあ行こう」とこちらへアイコンタクトをしてきた。

それに頷き、彼の後ろを嬉しそうに歩くベネッタ。
もう目的地は見えていたため、さほど時間がかかることなく彼の自宅へと到着した。

「ようこそ、わが家へ」

木製のドアを開けて、ルイージがエスコートしてくれる。
陰が薄いだの臆病者だの言われてはいるが、彼は誰よりも優しくて気を使わなくて済む相手だ。

「今日もいい天気だね」

ルイージに預けていなかったもうひとつの袋をテーブルに置きながら、ベネッタは彼に話しかける。
先に自分の持っていた袋の中身を見ていたルイージは、こちらを見て笑顔で返してくれた。

「ベネッタにぴったりの最高な天気だよね」

「そう?ありがと」

先ほども言ったが、彼は何かと陰が薄いだの臆病者だの言われていじられることが多い。
が、こんな時に自然と発する言葉は、時に誰よりもキザっぽかったりもする。
本人はまるで無自覚のようだが。

すると、ルイージが袋の中身をテーブルに出しながら問いかけてくる。

「今日は随分と荷物が多いんだね?」

「ふふん、実はねーー」

待ってましたと言わんばかりに、ベネッタは自分が持っていた袋の中身を取り出し、彼に差し出す。

「これは?」

「開けてみて」

ルイージが不思議そうな表情で、手渡された紙製のBOXを開ける。
するとそこには。

「わあ、おいしそうなケーキ!」

丁寧に飾り付けのされたケーキが4つ、箱の中に入っていた。

「これもしかして、ベネッタの手作りかい?」

「ピンポーン! この前、ピーチ姫がケーキ作りを教えてくれたの
実際に作ってみたんだ」

「とっても美味しそうだよ、まるでお店て売られてるケーキみたいだ!」

「そんな褒めないでよ」

「ベネッタ、本当に料理の腕の上達が早いよね
そのうち、僕よりも上手になっちゃうかも」

「ありがとう! それは教えてくれるルイージのおかげだよ
もし本当にルイージを超えたら、今度は2人でレシピを考えたりしたいな」

「いいね、その日を楽しみにしているよ」

2人はニッコリと笑顔を交わせば、テーブルに並べられた材料を眺める。

「さて、この材料を見るに、今日はパイを作りたいのかな?」

「大正解! 私、パイが大好物なんだ!」

「ふっふーん、このルイージがとっておきのレシピを教えてあげるよ」

「ほんと!?」

「もちろんさ
さあ、早速作って、兄さんを驚かせてやろう!」

「いえっさー!」

2人はしっかり手を洗ってエプロンを身につければ、楽しそうにキッチンへと並ぶ。
ルイージのアドバイスを時々メモに残しながら、ベネッタは着々とルイージの指示通りにパイを準備した。

「いやー、パイってこんなにバター使うんだね……」

あとは焼くだけのパイをオーブンに突っ込み、スイッチを入れればベネッタがぼやく。

「そりゃ、カロリーすごいわけだわ……」

クスクスと笑う声に立ち上がり振り向けば、ルイージが抑え気味に笑っていた。

「そこのひと、うら若き乙女のつぶやきを聞いて笑うとは重罪ぞ」

「ふふ、いや、ごめん
ベネッタってば僕なんかよりも勇気も行動力もあって頼もしいのに、そういうところは女の子なんだなぁと思って」

どこか楽しそうに笑っているルイージだったが、納得のいかなそうなベネッタの表情にはた、と笑みが固まる。

「あ、ごめん……女の子にこんなこと言ったら、失礼だよね」

「よくわかってるじゃない」

「本当にごめんよ
でもね、僕は本当に君を尊敬しているんだ
お化けを怖がらないし、強そうな敵にも怯まず挑むし、とっても頭がいいし
僕は、君に守られてばかりだったから」

どこか切なそうな表情。
ベネッタは少々男勝りな性格ではあるが、そのおかげで乗り越えられたピンチも数多くあった。

まさか、そんなことを考えていたとは。

「ルイージ……」

「ほんと、実を言うとね
君が冒険の手助けをしてくれた時はいつも、自分の情けなさに泣きそうになってたんだ
僕はベネッタよりも年上の男なのに、なんで女の子に助けられてるんだろうってね」

目を伏せて悲しそうに言うルイージに何か言葉をかけたい。
が、何も浮かばない。

「僕はあの兄さんの弟なのに、ね」

「ルイージ」

「……ごめん、なんか辛気臭くなっちゃったね
パイが焼けるまで何して待とうか」

「ルイージ、ねえ聞いて」

そそくさとリビングに避難しようとするルイージを引き止める
振り返った彼を、ベネッタは力強く見つめた。

「そりゃあなたの勇敢さは、マリオには負けるかもしれない
お化けは怖がるし、クッパを目の前にして震え上がっちゃうし」

その言葉を聞き、ルイージの表情がどんどん暗くなる。
しかし御構い無しに、ベネッタは続けた。

「でもね、あなたはあなたの気づいていない魅力がたくさんあるよ」

「……いいよ、慰めようと無理しなくても」

「無理なんてしてない、これは私が心の底から感じてることだもの
あなたはマリオよりも優れてるところがたくさんあるの
ちょっと前に遺跡で私が怪我をして動けなくなっちゃった時、私が怪我をしたことに気づいたのはあなたが先だった
氷の洞窟では私が身体を冷やさないか心配してくれたし、マリオの手当てをする時には言われずとも必要な道具を出してくれた」

「ベネッタ……」

「まだまだあるよ
自分の得意な部分をちゃんと把握していて、謎解きや戦いの時には率先してそこのサポートをしてくれるし
私が大切にしていた帽子をなくしてしまった時も、一晩の間にあなたは探して持ってきてくれた」

「ベネッタ」

「まだ、ある!
私をちゃんと女の子扱いしてくれるし、誰にも平等に接するし!
優しくて紳士で癒されるし可愛いし頑張るところは格好いいしキノコ王国に遊びにきた時も」

「ベネッタ!」

突然、ルイージが大きな声で名前を呼ぶ。
無我夢中で喋っていた中、びっくりして黙りこくってしまった。

「ベネッタ、もういいよ、もうやめてよ」

まずった。
そう思ったが。

「は……恥ずかしい、だろう……?」

帽子を手で抑えたかと思えば、そのまま顔を隠すように上を向いてしまった。
よく見ると耳が赤い。

「……ルイージ、照れてんの?」

「うるさい!」

は?可愛い。
それしか浮かばない。

「……ベネッタってば、僕のことちゃんと見てくれてるんだね
みんなは、兄さんばっかりなのに」

顔を上げたまま、ルイージがつぶやくように言う。

「当たり前でしょう?」

「どうして?」

「へ?」

「どうして、こんな2番手の僕をちゃんと見てくれるの……?」

「……それは」

どうしてだろう?
……え?どうしてだろう?

よくよく思い出せば、あまりマリオを観察していた記憶がない……。

「え?どうしてだろう?」

自分でもわからず、思わず口走ってしまう。

「……わからないの?」

「わ、わか」

突然ルイージがまっすぐ、純粋な目でこちらを見据えてくる。
あまりの純粋さに、思わずうろたえてしまう。

「ベネッタは……僕を、友達だと思ってくれてるかい?」

友達。
ともだち……?

「え、当たり前でしょう」

ともだち……。
ともだち、か。

「そっか……よかった、安心した」

「……なんか、変な空気になっちゃったね
さっきのケーキ、ひときれ多く持ってきたから、半分こして食べない?」

「ああ、それいいね
僕紅茶を淹れるから、座って待ってて」

お互い気恥ずかしそうに笑って見せれば、それぞれ顔を背けるようにキッチンとソファへ向かう。
友達という言葉が出たが、ベネッタはその単語にとても違和感を感じていた。
なぜなんだろう?



***



「ともだち……」

お湯が沸く音の中、ベネッタには聞こえないような小ささでつぶやくルイージ。

彼もまた、その言葉に謎の違和感を感じていた。


.