偽物
ある日のこと。
「ちょっといいことがあったんだ」
ルイージが嬉しそうにベネッタへ言う。
「ふーん、いいことって?」
「まだ内緒
明日はそれに関する用事で家を開けるから、何かあったら兄さんに伝えてね」
ルイージはなにやらウキウキした様子で、ベネッタへ外出する予定を告げた。
そして数日後。
「……キノピオ?」
数日にわたる仕事を終えて久々に自宅へ帰れば、ベネッタの自宅前で泣きじゃくるキノピオの姿が。
もうじき21時になろうとしているが、何かあったのだろうか。
するとキノピオはすぐにこちらの存在に気づき、転びそうになりながらベネッタの元へと駆け寄ってくる。
その目は涙でいっぱいだ。
「ベネッタさん、大変です!
マリオさんとルイージさんがどこにも見当たらないんです……!」
「え?」
聞けば、ベネッタが仕事でキノコ王国を離れている間、ずっと、誰もマリオとルイージの姿を見ていないらしい。
いなくなったと言うのは、まさにルイージが出かける予定があると言っていた日からのようだ。
「どうしましょう、このままではピーチ姫が悲しまれます……!」
さぞ不安なのだろう、わんわんと泣きじゃくるキノピオ。
このキノコ王国で彼らの次に冒険の経験が多いのはーー。
「お願いですベネッタさん、おふたりを探してください!」
そう、ベネッタだ。
懇願されれば、キノピオが来ていた時点で察していたベネッタは静かに頷く。
ベネッタの返事に、キノピオの表情は明るくなった。
「本当ですか! これはとっても頼もしいです!
どうかピーチ姫のためにも、よろしくお願いします!」
そうと決まっては一刻を争うだろう。
ベネッタは戦闘にも対応できるよう用意を整えると、キノピオとともに家を出る。
キノピオは城へ戻ったが、ベネッタはそのまま、もらった情報を頼りに2人の捜索へと向かった。
***
情報を整理すると、どうやら2人の元へバラバラに手紙が届いたようだ。
それを受け取ったのち、2人とも姿を消している。
その向かった先は……。
「ここね」
巨大な、不気味な館。
周囲には緑もなく、寂れた空気が漂っている。
「お邪魔します」
念のため一言だけ声をかけ、ベネッタは迷うことなく正面のドアを開け、中へと入る。
背後で閉じたドアから、鍵の閉まる音が聞こえた。
「お決まりすぎてあくび出そう」
ベネッタはむしろ呆れたように首を振れば、振り返りもせずに歩みを進めた。
ここは一体なんなのだろう。
人が住んでいた形跡はあるものの、もちろん誰の気配も感じない。
電気は通っているようだが、スイッチをいじっても照明はつかなかった。
「マリオ、ルイージ!」
懐中電灯も持たず、暗闇の中を進みながら名前を呼ぶ。
だが、その声は霧氷に響くだけで、他にはなんの物音もしない。
あまりにも静かすぎる。耳鳴りがしてきた。
途中、なにやら仕掛けを解いたような跡を見つけることができた。
やはり2人はここに来たのだろうか。
ぐんぐんと最上階まで進み、いよいよ残るは一つの部屋のみ。
エントランスのドアが勝手に施錠されたと言うことは、必ず何かがここにいるはず。
マリオ、ルイージ、無事でいて。
そう願いながらその部屋のドアを開けると。
「……何ひとつ怖がることなくここまで来やがったな」
頭に巨大な宝石の王冠を乗せた、これまた巨大なテレサの姿。
その背後には、特別な金色の額にはめられた絵画が2枚。
こちらへ助けを求める、マリオとルイージの姿がそこにあった。
「2人に何をしたの!?」
こちらへ背を向けるテレサへとっさに問いかければ、ふわふわと浮いた身体がくるりとこちらへ向く。
他のテレサとは比べ物にならないほどに、凶悪な表情をしていた。
「ケケケッ……俺様はこいつらをおびき出して、ただコレクションに加えただけさ」
「コレクション?」
「ああそうだ、キングテレサである俺様の最高のコレクション!
にっくきマリオと、その弟のルイージを絵にしてやったんだあ!」
「キングテレサ……」
テレサの中でも一番の強さを誇るキングがいるとは聞いていたが、まさかこいつが?
ベネッタはこみ上げる怒りを抑え込み、幽霊体である相手へどうけしかけようかを考える。
しかし。
「おっと、作戦を考える時間なんて与えてやらねえよ」
キングテレサがこちらを鋭く睨みつければ、全身を冷たい風が覆ったように寒気を感じ、身体が動かなくなる。
まずい、金縛りだ。
「心配すんな
お前のことはもちろん知っているし……もちろん、コレクションに加えようと考えている」
キングテレサは再びこちらへ背を向け、とある額縁を眺める。
そこには何も描かれておらず、マリオやルイージと同じ額縁であることがわかった。
なるほど、あそこに私を飾りたいのね。
「どう遊んでやろうか……
ただこのまま捕まえたって、貴重なコレクションって感じがしないもんなあ」
わざとベネッタへ聞かせるような、大きな独り言。
品物を見定めるように、視線がこちらを向いた。
「ふーむ、あのへんてこりんな掃除機は持ってないんだな
だとすると、このまま遊んでもちっとも面白くないなあ」
掃除機?なんのことだろうか。
金縛りを食らっている以上、問いかけたくても問いかけることすらできないのがもどかしい。
唯一おこなえる瞬きを繰り返していると、キングテレサは突然、何かを思い出したように大きな声を出した。
「ああ! あの手があったな!」
そう言うなりこちらへ小さな手を向ければ、ベネッタの視界が水飴のようにぐにゃりと溶ける。
呻くこともできず、流されるままに頭の中をかき乱されているようだ。
気分が悪くなりそうなほどに視界がぐにゃぐにゃになったかと思えば、今度は徐々に元に戻り始める。
視界が完全にクリアになれば、目の前のキングテレサの姿が見当たらなかった。
気づけば、金縛りも解けている。
どこかへ行ってしまったのだろうか。
いや待てよ。
さっきと何か変わっている気がする。
この違和感はなんだろうか。
「マリオ、ルイージ……」
変わらずこちらへ助けを求める2人を見て悲しげに名前を呼べば、ふと先ほどの額縁が目に入る。
それを見た瞬間、心臓が止まりそうなほどに驚愕した。
「なんで、あんたが」
2人とは違って動いていないものの、ベネッタを飾るはずの場所へワルイージの姿があったのだ。
これは一体どういうことなのだろうか。
あまりの予想外の出来事に気が動転し、思わずキングテレサの姿を探す。
部屋中を何度もなんども見回すが、やはりキングテレサの姿は見当たらない。
絵画を背後に部屋を見回していると、ふと何かが動く気配を感じた。
振り返れば。
「うそ……」
絵画となっているはずのワルイージが、その額縁からゆっくりと出て来たのだ。
水のように波打つ絵を背後に降り立てば、何かを企むような笑みでベネッタを見つめる。
「どういうこと……? ねえ、ワルイージこれはーー」
事情を聞こうと駆け寄る、が。
「!?」
彼がこちらへ何かを振りおろし、間一髪それを避ける。
とっさに身構えれば、相手はどこか楽しそうにそれを構えた。
「ワル、イージ?」
彼が持っているのは、紫色の荊。
まるで鞭のような形状だ。
確かに彼は、その気になれば紫の荊を出すことができるらしい。
けれども、実際に目の当たりにしたのは初めてだ。
「ワルイージ……ねえ、あなたなの?」
不安げな表情で、目の前の彼に問いかける。
だが、相手は答えることなく、再び荊を振るってきた。
「くっ……」
ベネッタは動きは素早い方だが、空中でしなる荊の早さには勝てない。
今度は避けきることができず、するどい棘により頬に傷を負ってしまった。
「ああ、ああ、せっかくの綺麗なお顔が台無しだねえ」
思わず頬を抑えるベネッタに、彼はようやく口を開いた。
彼女の頬から流れる血を静かに見据えれば、目を細めて舌なめずりをする。
こんなの、本物な訳がない。
「……キング、テレサ」
正体を当てられれば、ワルイージに化けたキングテレサは嘲笑を浮かべた。
バレようがなんら構わない、といった様子。
手に持った荊を一度強く床に打ち付ければ、その勢いで再びベネッタへ向かって振り下ろしてきた。
「!?」
とっさに避けようとするが、突然床から荊が現れ、足に強く絡みつく。
当然その場から動くことは叶わず、その身に直撃で荊を受けてしまった。
「ぐっ、うっ」
打ち付けられる痛みとは別に、無数の棘が身体へ突き刺さる痛みが全身に走る。
あまりの痛みに嗚咽をもらせば、それに耐えるように力んだ両手がワナワナと震えた。
「ひひっ、痛いか? なあ?」
「やだ……やめて……」
その場から動けないベネッタへ歩み寄るキングテレサ。
まだ荊を振るう気満々のようだ。
たった一撃で、こんなにも痛いのに。
さらにこの痛みを与えられることを予測したベネッタに、ゾッとした寒気が走る。
恐怖のあまり、じわりと涙を浮かべた目で懇願した。
「お願い……やめて……」
そう言う間にも、肌まで到達した棘による傷が、じくじくと痛む。
一部、服の上にまで血が滲んできていた。
彼は変わらずうすら笑みを浮かべつつ、必死に見上げて懇願するベネッタを静かに見下ろす。
どんどん膨らむ恐怖に、ベネッタはついに涙を流し始めた。
それを目を細めて見れば、ワルイージに化けたキングテレサに、ゾクリと興奮の波が押し寄せた。
ああ、どうしてくれようか。
もっと、もっと、こいつで遊びたい。
人間が恐怖におののく表情というのは、この世の中でも最高に興奮させてくれるものがある。
でも、ただ脅かしてばかりでは流石に飽きてしまう。
たまには、血を見せてくれるような存在と遊ばなければ。
彼はニヤリと笑みを浮かべると、手に持っていた荊を消した。
ベネッタの目にわずかに希望の光が戻る。
だが、それも束の間だった。
「かはっ……!?」
ベネッタの足を縫い止めていた荊はいつの間にか消えており、彼に思い切り蹴り飛ばされてしまう。
壁に強く打ち付けられれば、床に倒れこんだベネッタは苦しげに咳をした。
腹部を蹴られ、そこにあった棘による刺し傷がひどく痛む。
痛い。呼吸もままならない。
無言のまま彼が歩み寄ってくるのを感じ取れば、ベネッタは全身を震わせ、うずくまるように身体を小さくした。
「お願い……やめて……」
涙ながらの訴えも虚しく、彼の暴力は止まらない。
ベネッタの髪の毛を乱雑につかめば、そのまま上へと持ち上げる。
「痛い……お願い、やめて……」
痛みからか、恐怖からか、ベネッタの頬は涙で濡れている。
キングテレサは彼女の髪の毛を引っ張り無理やりその半身を起こすと、追いつめるようにして壁に両手をついた。
ベネッタは必死に壁に身体を密着させ、ほんのわずかでも相手から逃れようと震える。
まるで追い詰められた獲物のような彼女の反応は、彼の興奮を高めるばかりだ。
「ベネッタ」
ワルイージの声で囁く。
するとベネッタはそれを拒絶するように両手で耳を塞いだ。
だが、彼はその手を掴み、耳から力づくで離す。
「ベネッタ、俺だ」
額をそっとくっつけ、今度こそ優しく語りかける。
彼女の身体の震えが止まった。
「ワル、イージ」
偽物だとわかっていても身体が反応してしまう。
その見た目や仕草、声、目線の動きまで、何から何まで似ているのだ。
まるで、本物。
「ベネッタ、なあ俺だ
まさか、俺のこと忘れたりなんてしねえよな?」
いつまでも顔を上げないベネッタにしびれを切らしたのか、顎を救うようにして無理やり視線を合わせてくる。
手の動きも本物と何も違いを感じない。
「嫌……」
ワルイージが、少し悲しげな眼差しでこちらを見つめてくる。
視線をそらすことができない。
「や、だ」
小さく抵抗を示すも虚しく、忌まわしき偽物に唇を奪われてしまった。
「痛っ」
勇気を振り絞り、侵入してきた相手の舌を思い切り噛む。
だが痛みに相手がひるんだのは一瞬で、血が滲む舌をペロリと出し、満足そうな笑みを見せれば。
「ん、ふ」
再び、口を塞がれた。
今度は噛むこともできないよう、深く、深く舌を突っ込まれる。
舌の付け根のまわりをくるくると描くようにして蠢き、時折舌を吸われる。
血の味が口の中に広がる中、舌を吸われてはベネッタの腰はびくりと跳ねた。
何故なのだろう、この偽物はワルイージのこともベネッタのことも熟知しているようだ。
ベネッタはキスをしている時、舌を吸われるのに弱い。
こんなこと、あの人しか知っているはずないのに。
ベネッタが反応するのを楽しむように、彼は何度も舌を吸っては、ビクビクと震える彼女の腰を撫でた。
どうやら、腰を撫でられるのにも弱いことを知っているらしい。
「あっ」
舌が絡みついてくる中、息が漏れるように声が出る。
ぐじゅぐじゅと淫猥な音が部屋に響き、それが耳に届けば、自分が何をされているのかを改めて思い知る。
身体が、燃えるように熱い。
「はっ……」
ようやく解放されれば、絡み合っていた舌の間に唾液の糸ができる。
その糸が切れれば、彼はまた舌なめずりをした。
「お願い、やめて」
何度も懇願するが、やはり何も意味を成さない。
再び相手の顔が近づき、こちらが顔を背ければ。
「いっ……!?」
首筋に噛み付かれた。
それも生易しいものではなく、明確に傷を負わせようとしているそれに感じられる。
「いた、い……痛い、いたい、いたい!」
ふと、向こうの壁に飾られた絵画が目に入る。
そこにいるのは捕らえられた双子。
2人はベネッタが傷つけられる様を目の当たりにし、ショックを受けているようだ。
マリオ、ルイージ。
心の中で名前を呼べば、ベネッタの目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
ごめんね。
***
あれから数日後、いよいよベネッタまで行方不明になったとキノコ王国全体が騒いでいた。
「ベネッタは不気味な洋館へと入っていった」という情報があったものの、その場所には何も存在せず、ただ不気味なカラスの鳴き声が響くばかり。
3人はどこへいってしまったのだろうか。
果たして、今も生きているのだろうか。
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