ごほうび


街の中心部から少し離れた住宅街。
そこに立つ一軒家から、賑やかな声が数々と聞こえてくる。

「それで兄さんがさあ」

「えー! マリオそれ本当?」

「本当な訳がないだろ! ルイージの話を鵜呑みにしないでくれよ」

「だあって、ルイージが嘘つくなんて思えないんだもん」

「ベネッタそれは、僕は嘘をつく人間だって言いたいのかな?」

「ご想像にお任せしますー」

缶ビールや缶チューハイを片手に、真っ赤な顔で大声を出す大人たち。
マリオ、ルイージ、ワリオ、ワルイージ、そしてベネッタ。

今日はベネッタの傷の完治祝いとして店でパーティを開催したのだが、酒が入り、ノリに乗ったマリオやワリオが二次会を開催すると言い出した。
主賓であるベネッタは強制参加、マリオが参加するならとルイージ、そして半ば無理やりに自宅を二次会会場にさせられたワルイージが参加メンバーだ。

やいのやいのと言い合いを始めた兄弟をよそに、ベネッタはとなりでテーブルに肘をつくワルイージに話しかけた。

「やけに不機嫌そうじゃない」

にやにやと笑いながら問いかけるベネッタの顔をちらりと見れば、ため息をついて口を開く。

「あったりまえだろ、俺はさっさと家に帰ってゆっくりしたかったのによ……
だいたいなんで俺の家が二次会の会場になってんだよ」

「そりゃあパーティ会場から一番近かったし?
ワリオの家よりも、ここは周りにコンビニとかあって便利だし」

ベネッタもすっかりアルコールが回っているようだ。
真面目に怒っても意味がないと悟ったのか、ワルイージはまたため息をつけば、何も言わずに視線を適当な方向へと投げた。

だがベネッタはお構い無しに続ける。

「しっかしまあ、あんたの家ってこんなに街中の方にあるんだねー
しかも一戸建てな上にデザイナーズ!」

「文句あるかよ」

「そんな文句があるなんて言ってないじゃん
整理整頓されてるし、生活感見せない工夫とかされてるし、ほんとおしゃれな家だなーって思って」

「はいはい」

相変わらず適当な壁を見つめたまま塩対応を続けるワルイージに、ベネッタはいよいよ酔っ払いの本領を発揮した。

「もおー、なんでそんなに私に対して冷たいのよー
私が刺された時はあんなに優しくしてくれたのにい」

持っていた缶ビールを置けば、ワルイージの腕に思い切り抱きつく。
ぐいぐいと身体を押し付け、これでもかと密着させてきた。

まるで何かをねだる駄々っ子のようだ。

「冷たくしちゃやだー!
わたし、みんな仲良しがいいの!
ねえワルイージきいてるー?」

「おま……ちょ、わかったからっ」

ベネッタの大声にうとうとしていたワリオが目を覚まし、こちらを不思議そうに見てきた。
さすがに焦り、なだめる。

「ねえワルイージ、私のこと嫌い?」

「はあ? あー……嫌いじゃねえよ」

「じゃあ、好き!?」

「はあ!?」

「私のこと、友達だと思ってる?」

「お、おう……」

ワルイージはベネッタの続けた言葉に安堵した。
危ない、危ない、変な反応をしてしまうところだった。

ベネッタは酔っ払いならではの潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
ベタベタすぎて言うのもはばかられるが、腕に当たった胸の感触も相まって、意識せずとも心拍数が上がる。

友達……友達、か。

しきりにこちらを見上げてくるベネッタを見つめ返し、口を開こうとした。

その瞬間。

「兄さんのバカー!」

突如ルイージが大声をあげ、その勢いのまま部屋を出て行く。
マリオがその後を追いかけるが、2人分の上着をひっ掴んで行ってしまった。

どうやら喧嘩の挙句、ルイージが自宅へ逃げ帰ってしまったようだ。

「なんだ、お開きかー?
ワルイージ、また今度飲みに行こうなー」

ルイージの大声で再び目を覚ましたワリオが、目をこすりながら手を振って出て行く。
よほど眠いのだろう、ベネッタの姿は認識していないようだった。

バタンとドアの閉まる音を最後に、しーんと静まり返る室内。
先ほどまではあんなに騒がしかったのに、ものの数十秒で2人だけになってしまった。

「……あ、ごめん」

「あ? ああ……」

この出来事で少し酔いが覚めたのか、先ほどよりかは冷静な声色でベネッタがワルイージから離れる。
すると彼は、ようやく解放されたと言わんばかりにソファへさっと移動した。

「あー、ワリオのやつずっと占拠しやがって……やっと座れた」

部屋のテーマカラーに沿った、シックな革張りのソファ。
4人座っても余裕そうなそのソファにどっかりと座り込めば、よほど疲れているのか背中をもたれて天井を仰いだ。

「ワリオが寝てても座るスペースあったじゃない」

「ええ? 男が横になってるそばに座りたかねーよ、女ならともかく」

「ふーん……みんな帰っちゃったし、私もぼちぼち帰るね
疲れてるみたいだし」

ベネッタなりに気を使って、そそくさと立ち上がっては身だしなみをととのえ、荷物の確認をする。
問題ないことを確認し、帰路につこうと歩き始めれば。

「待てよ」

先ほどの姿勢と変わらず、天井を仰いだままのワルイージ。
その声がけでベネッタが振り返れば、ゆっくりと首をもどし、こちらを鋭く見据えた。

「まだ話の途中だったろ」

「え、さっきのあれなんて気にしなくていいよ
ただの酔っ払い同士の絡みなんだし」

「関係ねえな、話はまだ終わってない」

ベネッタは先ほどのウザ絡みを猛省した。
あきらかに怒っている。

怯えた表情で見つめるベネッタに対し、ワルイージは目配せで「隣に座れ」と指示を出す。
断ることなんてできず、うつむき気味に隣へと移動し、そっと静かに腰を下ろした。

「ここは俺の家だ
俺が許可を出すまで帰れねえからな」

「ええ……それ監禁すれすれじゃん」

「うるせえ、この状況を作ったのはお前だ
文句があるなら自分自身に言え」

「うー、わかった」

さっきまでの楽しさが嘘のようだ。
怒られてしまうのだろうか。

ワルイージはやはりこちらを見ない。
こりゃ確実に怒っている。

彼は両腕を大きく広げ、まるでキャバクラにいる大物のようにソファの背もたれへと肘をかけている。
その姿勢もあってか、ベネッタの中でどんどん反省の気持ちが大きくなっていった。

なんて言われてしまうだろう。
これで二度と話しかけるなとか言われたらどうしよう……。

沈黙に耐えきれず、ぎゅっと目を瞑った。

「……傷、もうなんともないのか」

だが、聞こえてきたのは意外な言葉だった。
思わず素っ頓狂な表情になり、こちらを見ないワルイージを見つめる。

「う、うん」

「痛みは」

「ないよ」

「傷跡は」

「えと……結構、残ってるよ」

「傷跡、気になんねーのか」

「うーん、気にならないと言えば、嘘になるかも……?」

「そうか」

相変わらずこちらを見ないワルイージだったが、ふいにベネッタの身体が動く。
一瞬わからなかったが、こちらを見ることなく器用に抱き寄せたようだ。

「ワルイージ……?」

視線を合わせることなく、そのまま半身を起こした彼に抱きしめられる。
ふわりと鼻をくすぐる香りで、ふと刺された直後のことを思い出した。

「あれから、2ヶ月たったね
あっという間だったなあ」

「俺にとっては長かった」

「……もしかして、ずっと心配してくれてた?」

「当たり前だろ
お前の退院まで何回見舞いに行ったと思ってんだよ」

「そうだね、ごめん」

謝罪を告げれば、少しの間沈黙が走る。
ワルイージの温かい体温が直に伝わり、ものすごく心地が良い。

「ベネッタ」

「ん?」

今日何度目か。名前を呼ばれれば、反射的に返事をする。
すると彼は耳元で囁くように小さく呟いた。

「やっと2人になれたな」

囁かれたことに加え、その言葉が一気にベネッタの体温を上げる。
ぞくりとした波が全身に響く感覚を覚えながら、脳内で勝手に過去の記憶が再生されていた。

彼はあの言葉を残したあの日以降、なぜか必ず誰かと見舞いに訪れていた。
ベネッタはベネッタで手術などの治療に専念する日々でもあったため、すっかり失念してしまっていたようだ。

「お前、俺が言った言葉忘れてただろ」

笑い混じりに囁けば、その息が耳にかかる。
思わず逃げようと身体をよじれば、より強く抱きしめられ逃げられなくなってしまった。

「逃げんなよ」

「ひっ」

耳に息がかかるたびにぞくぞくと身体が変な感覚に襲われ、思わず情けない声を出す。
ワルイージはその反応に満足げな笑みを浮かべれば、ベネッタの真っ赤な耳にそっとキスを落とした。

「んっ」

耳の次に頬にキスを落とされ、それに合わせて身体が比較的自由になる。
彼のキスが徐々に唇へと近づいているのがわかり、ベネッタは破裂しそうなほどに緊張を覚えた。

少しずつ唇に近づきながら、何度も頬にキスをされる。
その行為の中に普段の荒っぽさなど微塵も感じず、とても優しい。

唇のすぐそばにキスを落とされる。
唇の境目にキスを落とされる。

もう逃げられない。

心臓の鼓動が全身に伝わるのを感じながら、ベネッタは目を閉じてそれを受け入れた。

「ん……」

ほどなくして唇が離れるが、目を開ければバチリと視線がぶつかる。
思わず視線が揺らぐが、それもまた2度目のキスで塗りつぶされてしまった。

そしてまたすぐに唇が離れる。
嵐のようだ。

「ベネッタ、舌出せ」

疑問符が浮かぶが、とりあえず素直に舌を出す。
彼はまたその舌に噛みつくようにキスをすれば、ベネッタの様子などお構い無しに舌で彼女の口を犯しはじめた。

互いの唾液をかき混ぜるように舌と舌を絡み合わせたり、歯の並びを舌でなぞっては舌の付け根をつついたり。
男性経験など皆無に近いベネッタは、あまりの急展開にただ声を漏らしていた。

「あっ、ふあ……」

散々好き勝手された後、ちゅうと舌を吸われてから解放される。
互いに息荒く興奮している様を見れば、何も言わずに啄ばむようなキスを何度も繰り返した。

何度も何度も、数えきれないほどにキスを繰り返した後、彼はまた口を開いた。

「俺、最初からお前を友達なんて思ってなかった
さっきの質問の答えは"No"だ」

ソファに押し倒される。
緊張と興奮でくらくらする。

「ワル、イージ」

震える声で名前を呼べば、彼はまたひとつキスをして言った。

「お前は俺の女だ」


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