4

きみの瞼にぶらさがる




窓の外にちらりと見える、桜の景色を眺めて深く溜め息を吐く。

なんか本でも持って来ればよかったな。


思ったよりも早く登校して来たからか、私の席の周りにはまだ人がいなくて、話す人もおらず暇だ。かといって上鳴のいる席の方へわざわざ行く元気もなく、やることも何もなくて、ぼうっと教室から見える窓の外の景色を見るぐらいしか、今の私にはする事がなかった。


桜、綺麗だな・・・。
此処へ来るまでも思ってはいたけど。


ずっと眺めていても全く苦にならない。むしろその逆で、ずっと眺めていたいと思ってしまう。それ程見事な光景だ。桜が綺麗過ぎるからだろうか。晴天を背景に彩る満開の桜は、酷く幻想的で、目に焼きつく程鮮やかで、目が放せない。

・・・不思議だ。こんなに華やかな光景なのに、無性に胸が苦しくなるのは何故なのか。なんでこんなにも儚く感じるのだろうか。

こんなに綺麗なのにな。

ぼうっと桜を眺めてながら、淡く締め付ける胸の痛みをひた隠し、ひらひらと舞い散る花びらを目で追う。手を伸ばしてもきっと掴めそうにないだろうな。するりと指の隙間をすり抜けていきそう。


そうやって桜に思いを馳せ、感傷に浸っていると、ガタンッと乱暴な音が後ろで鳴り、自然と意識が現実に引き戻される。どうやら後ろの席に誰かが着席したようだ。

とうとうお話相手がやって来た。一体誰だろうか。話しやすい人だと良いな。ご近所さんだしね。出来れば快適な高校生活を送りたいので。・・・はあ、何はともあれ挨拶緊張するなあ。やっぱ挨拶するのやめようかな・・・自己紹介する時間とかあるだろうし・・・。いやでもはじめが肝心だよね、・・・よしっ!

億劫になりつつある気持ちを立て直すように心の内で自分を叱咤激励し、後ろを振り向く。しかし驚いた事に、視界に入って来たのは人ではなく、足だった。


は?足なんだけど。


目が点になるとはこういう時らしい。正確には人もちゃんと見えていた。けれど足のインパクトが強くて、思わずそちらに目がいってしまったのだ。

いやだって、普通机に足乗っける・・・?学校でさ、しかも今日登校初日だよ?ヤバない?コイツ。


足から視線を外し、少し顔を上げてその人の顔を見る。

伏目気味だった三白眼がこちらを覗く。鋭い目付きの間から、吸い込まれてしまいそうな、眩い光を灯った強烈な赤色が、私を視界に映した。


純粋に、綺麗な瞳だと思った。

きりとった宝石のルビーを丁寧に磨き、そのまま嵌め込まれたような、暴力的なまでにどこまでも綺麗に澄んだ真っ赤な瞳。

真っ直ぐにこちらを射抜く力強い視線と、私の視線が交差する。他を圧倒するかのような威圧的な、しかし何処か繊細さが滲む、鮮やかな色を纏った瞳に、視線を奪われた。

きらきらと輝くその瞳に私が映る。瞳の奥に呆けた私の表情が映るが、そんな事さえ気にならない程真っ直ぐ過ぎる視線に、戸惑いのあまり思わず息を呑む。

ーーー怖い。

見透かされる。心の内を暴かれる。何故だかそう思ったのだ。

それなのに視線を、その人から、目の前の彼から逸らす事が出来ない。だからこそ怖い。なんだ・・・、これ。こんな事、初めてだ。



「机に足をかけるな!」



びくりと体が震えた。

飯田君の声に交わっていた視線が途切れる。それを合図に、いつの間にか強ばっていた身体の力が抜けた。止まっていた秒針の針が進み出したような感覚。その事に安堵して、ひとりでに息を吐いた。

何だったんだろう、今の・・・。
自分でも理解出来ない感覚に気持ちが追いつかない。

・・・とにかく落ち着かなきゃ。

ふう、と気持ちを落ち着かせるように息を深く吐いて、改めて目の前の人物を確認する。


・・・よく見るとこの人めっちゃ人相悪いな。


それは素直な感想だった。

さっきは瞳に囚われてちゃんと確認出来なかったので、しっかりと相手の表情を目に映す。

日の光に照らされた薄い金髪の下で、不機嫌そうに吊り上った真紅の眦。緩く着崩された制服の上からでも、鍛えているんだろうなと、うっすらと分かる程がっちりとした体型。

整った顔立ちはしていると思う。威圧的だし、人相悪すぎてヴィラン顔っぽいけど。轟はクールなイケメンという感じだったが、彼は野性味溢れる男の子って感じだ。



「雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよてめーどこ中だよ端役が!」



私が観察している間も、飯田君と敵顔君(名前を知らない)が言い合いを続けている。

・・・何だか高校生活、前途多難な気がしてきたぞ。少なくとも後ろの席の人のせいで。何か五月蝿そうだし。現在進行形で五月蝿いしね。頭を抱えたくなって来た。まじで轟の傍が良かったよ。この際、上鳴でも良いから誰か席替えしてくんないかな。

溜息を吐く私をよそに二人の言い合いはまだ続く。元気かよ。



「ボ・・・俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」

「聡明〜〜〜!?くそエリートじゃねえか。ブッ殺し甲斐がありそうだな」

「君ひどいな!?本当にヒーロー志望か!?」



飯田君に同意だよ。コイツ本当にヒーロー志望か?人相悪いのは仕方なしとして、言葉のチョイスがえぐすぎる。受験した高校間違えているのでは?マジでやばいよコイツ。



「あぁ!?もっぺん言ってみろ!!」



どうやら声に出ていたらしい。やっべ。気抜けてた。

ぐりんと視線をこちらに向けられ、慌てて前を向く。矛先が私に向いてしまった。いつの間にか飯田君もいなくなってるし。知らん振りで通せるのか?これ。通せないかな?


ドスの効いた低い声が私を呼びかける。クソ女って後ろから聞こえてくるが、クソ女とはまさか私の事か?マジかよコイツ。正気か?ネーミングセンスが壊滅的に最悪だぞ。初対面の相手になんて呼び方してんだ。普通にイラつくぞ。

頭の隅にいる冷静な自分が、落ち着けと何度も私を宥める。相手をしてはいけないと。もっと面倒な事になるぞと警告してくる。


依然として後ろからくる威圧感がやばい。覇気かなんかか?すごく振り向きたくないんだが。

関わるのはあまり良くなさそう。前の席だしどうしたって関わっちゃうけど、それ以外は出来るだけ絡まれないようにしなければ。じゃないと平穏な生活を送れなさそうだ。

いやでもなんで私が遠慮しないといけないんだ?私何も悪いことしてないよね?ちょっと口滑らせただけじゃん。事実だし。足を机に乗っけてるのが悪いし。

なんか開きなおって来たわ。あまり関わらないと決めたにしろ、気付かないフリを押し通すのはちょっと、・・・いや、大分無理があるし、それにやっぱシカトはあれよな。挨拶だけちゃんとしとこ。


「シカトこくんじゃねーよ!」


う、うるせえええ!今挨拶しようとしてたところだよ!!
元はと言えば私が悪口を言ってしまったのが悪いんだもんな!ごめんな!!

勢い良く振り向いてにっこりと、苛立ちを抑えるように、それはそれは満面な笑みを彼に向ける。

胡散臭い笑みに見えたのだろう。目に見えて胡乱げに見られたが、これは当てつけの笑みなので、さらに私は笑顔を深めた。


「ごめんね。悪気はないんだ。なんか気付いたら声に出てた。春霞佐保です。席前後だし、これからよろしくね」

「気付いたら声に出てた、じゃねーんだよ!謝る気ゼロか!そんな中よくこの状況で自己紹介できんな?!」



おおう、怒涛の突っ込み。意外だな。
しかもちゃんと返答してくれるんだ。意外と律儀な人だったりするのかな?

だがしかし仕事は終えた。挨拶を終えた私はへらりと笑ってから前を向く。話はまだ終わってないとばかりに、後ろからまた声を掛けられるが、今度こそスルーで通した。

内心ちょっと動揺していたのだ。取り繕って挨拶をするつもりが、また出来なかった事に。
なんでだろ。彼の目が真っ直ぐ過ぎるから・・・?
思考を振り払うようにかぶりを振る。いや、イラつき過ぎるからだな。

無視する事に慣れていないので、なんとなく罪悪感に苛まれる中、ちょんちょんと、肩をつつかれた。
顔を横に向けると、ショートヘアーの似合うパンクな感じの女の子と目が合った。



「春霞佐保さんでしょ?ウチは耳郎響香。隣同士これからよろしく」

「丁寧にありがとう。名前なんで分かったの?」

「座席表見た時。近くに座る人誰かなって思って」



なるほど。その気持ちは分かる。実際に私も席の近くの子達の名前を確認していたから、その気持ちは大いに分かるよー。確認せずにはいられないよね。ほぼ忘れたけど。轟の足を踏んじゃって全て飛んだよね。



「そっか。これからよろしくね、耳郎さん」

「よろしく。てかそんな他人行儀な呼び方しなくていいよ。呼び捨てで良いし」



よ、呼び捨てかあ・・・。



「きょ、響香・・・?」

「うん、その方が助かる。ウチも佐保って呼び捨てで呼んで良い?」

「もちろん」



下の名前を呼び捨てで呼ぶのは本当に久しぶりで、妙に気恥ずかしくて頬が赤くなる。そんな私を見て、彼女に何で照れてんの?って咎められたけど、よく見てみると彼女の眦も少し赤くなっていて、思わず笑みが零れた。

後ろの席の人(いまだに名前を知らない)の事で、ちょっと気落ちしてたけど、響香のおかげで癒された。君は私のメシアだ。



「この高校に同中の奴いたりすんの?」

「上鳴君とは同中だよ。地元も同じだから一緒に登校して来た」

「へえ、仲良いんだね」

「響香は同じ中学の人とか知ってる人いたりする?」

「ウチは・・・、」



話せば話すほど常識人ぽい子で感動すら覚え始めた。教室に着いたあたりから癖が強めの子が続いたからかな。隣人の子が話しやすい人で本当に助かったー。

そういえば結局後ろの席の人の名前分からないままだ。まあその内知るだろうし、いまはいっか。聞ける雰囲気でもないしね。後ろからの視線が強すぎて痛いままだし。そんなに見られたら穴が開いちゃうよ。



「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」



そんな中、じろちゃんと楽しく話している途中、教室の扉の下から淡々としながらも威圧のある声に、皆の視線が一点に集中した。
斯く言う私も例外ではなく、無意識に話を中断して扉へと視線を向ける。

皆からの視線を一心に受けているその人は、ヂュッ!!とゼリー飲料か何かを吸い切った。凄い吸引力だ。○イソン顔負けではなかろうか。



「ハイ、静かになるまで、8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」



・・・なんか面倒臭そうな人が現れたぞ。

のそのそと寝袋から出てきて起き上がった小汚い男性が、教室全体を見やる。
やはりこれからの高校生活、前途多難な気がするな。