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残念なお知らせです。@



「春霞ー!ちょっと良いか?」


廊下を歩いていると、後ろから聞いた事のある声に名前を呼ばれて思わず足を止めた。

聞き間違いで無ければ、今私を呼び止めた声の主は・・・。

ごくりと息を飲み込み、ばくばくと落ち着かない心臓を落ち着かせるように、飲み込んだ息を吐き出す。

大丈夫。顔を見なければ、目を合わせなければ大丈夫。私はそれで生きていける。言い換えれば目を合わせたら私は死ぬけど。

・・・え?私ほんとに大丈夫なのだろうか。でも無視なんて出来るわけもない。ならやはり目を見ないように注意して話すしか方法はない。

春霞?とまた声を掛けられる。あぁやばい。そろそろ振り返らないと不審がられる。シカトしてると思われる。

慌てて振り返り、目を合わせないように注意しながら相手を確認すると、そこには想像した通りの相手、切島鋭児郎がよっと軽く片手を上げなら朗らかな笑みを浮かべて立っていた。

・・・軽率だった。目を合わせなければ平気かと思ったけれど、全然大丈夫じゃなかった。軽く昇天しかけた。笑顔尊い。眩しい。直視出来ない。え、そんな素晴らしい笑顔が無料で良いんですか?こんな私にスマイルをありがとう。君は神様だ。


「・・・春霞?」


また声を掛けられて、慌てて煩悩を隅へと追いやった。何回切島君に名前を呼ばせるつもりだ。いや嬉しいけど、めちゃくちゃ嬉しいけど、彼の手を煩わさるんじゃない、私!

また暴れ出しそうになったうるさい心臓の音を抑えるように、息を小さく吐き出して、表情を引き締めた。気を付けないと表情筋が緩みに緩んで大変な事になるので、冷静な態度を崩さないようにしなければ。


「何か用ですか?」


って、バカー!馬鹿私ー!めっちゃ態度悪いよー!せめて挨拶してくれたんだから挨拶位は返しなー?!

心の中で荒れ狂う私。和やかに会話をしたかっただけなのに、めちゃくちゃ淡々とした返事を返してしまった。なんなら態度冷たすぎる気がしないでもない。やらかした。泣きそう。心の中では既に泣いてる。

しかし表情筋は引き締められていて崩れる気配はない。完璧なお仕事である。なんなら表情筋を緩ませないようにしてたからか、若干彼を睨んでしまった。態度が最悪過ぎるよー。声を掛けてくれた相手を睨むなんて、私はなんて事を。さすがにどうかと思うよ私。要するに誰か助けてくれ。この良くない空気を誰か打破して下さい。


「悪ぃな、急に呼び止めて。芦戸が春霞の事探してたんだ。見かけたら伝言もって頼まれててさ。えーっと、確か伝言は、中庭に集合。んで、今日はそこでお昼食べよー!て事らしーぜ」

「わかった」

「今日天気良いもんなー。中庭で昼飯食べんのすっげぇ良いと思う。・・・っと、芦戸が中庭で待ってるんだった。またな、春霞」

「ちょ、ちょっと待って・・・!」


踵を返す彼に、慌てて服の端を掴んで引き止めた。私の突然の行動に、びっくりした顔をする切島君を一瞬だけ視界で捉えた。すぐさま目を合わせないように視線を横に外して、無意識のうちに掴んでしまった服から手を離す。

冷たい態度をとってしまったけど、せめて・・・。せめてちゃんとお礼だけは言わねば!

その気持ちだけを胸に、彼に向き合うように顔を上げる。


「教えてくれてありがとう!」


じゃあそういう事で!
任務完了とばかりに今度は私が踵を返して、その場を駆け足で去る。
もう限界です。供給過多です。これ以上一緒にいると色々と死んでしまう!切島君に嫌われるのだけは嫌だ!

既にいっぱいいっぱいだった私は、これから中庭でお昼を食べるというのに、手ぶらで中庭に向かっている事に気付きもしなかった。







「三奈ちゃーん!またやってしまったよー!」


中庭で座っていた三奈ちゃんを見つけて横からタックルを決めてから抱きつく。

ぐえっと三奈ちゃんからカエルのような呻き声が聞こえた気がしたが、この際気にしない。まだお弁当を食べる前で、且つお弁当に被害がでないようにちゃんと確認してから抱きついたのでセーフだ。


「びっくりしたー。もう、何ー?また切島に冷たく接したとか?それとも睨んだ?暴言でも吐いたりしたの?」

「暴言なんて吐かないよ!だけど他のやつは全部やっちゃったー!もう嫌だー死ねる・・・」

「よしよし。全く、面倒臭い性格してるね、佐保は」

「どストレートに言わないで!」

「だってそうじゃん。切島本人に好意を隠してるからって、見るからに貴方の事は嫌いです近付かないで下さい、・・・みたいな態度をとっちゃうとか・・・難儀所か面倒臭いとしか言いようがないよ」

「うう、正論過ぎて胸が痛い」


自分でも分かってるし、どうにかしたいとは常々思っているんだよ。だって好きな人に嫌われたくないし。むしろ好かれたいし。あわよくば仲良くなりたいもの。

こんな態度とりたいわけじゃないのに、切島君本人に好きだと言う気持ちがバレることが怖くてたまらない。

切島君は優しくてとっても良い人だ。冷たく接するこんな私にでさえ、声を掛けて笑ってくれる。太陽みたいな人。しかし気持ちがバレてしまえば・・・?彼を困らせたくない。避けられたくない。彼から向けられる笑顔が無くなるのが、怖い。拒絶されるのがとても怖いのだ。


「切島君の事めちゃくちゃ好きだからこそ、この気持ちがバレるのが怖い・・・」

「佐保の気持ちも分からんでもないけどさ、せめて冷たく接するのはやめよ?佐保だってそういう態度とられたら嫌でしょ?」

「・・・嫌だ。そんな態度とられた日には死体になる」

「ほら。ならそこは意地でも直して頑張って。切島の事大好きなんでしょ?仲良くなりたいんでしょ?」

「大好きです。なりたいです」

「なら頑張れ!!」

「ううっ、はいぃぃぃ」


半泣きになりながらもしっかりと頷いて返事をする。三奈ちゃんはそれを確認すると満足そうによし!と私の頭を撫でた。優しい。ありがとう。ほんと大好きマイフレンド。


「それはそうと、・・・佐保、お弁当どうしたの?」

「・・・・・・あ、教室だ。持って来るの忘れた」

「手ぶらだったからそうだと思った。早くとっておいで!お昼休みなくなっちゃう」

「わーごめん!急いでとってくる!先に食べてて!」


なんてことだ。ここへ来るのに必死でお弁当の存在を忘れていた。時計を確認し、慌てて立ち上がる。

急いで教室へ向かった私は知らなかった。切島君と話し終えた後、手ぶらで中庭に向かった事を切島君が気付いていた事。そして優しい彼が、それを中庭にまで持って来てくれていた事に、私は全く気付かなかった。