まさか、本気じゃないよ



次何の種目?とじろちゃんに問われて、何だっけと考えていると、三奈ちゃんがボール投げだよ!と答えてくれた。

ちなみに名前呼びなのは三奈ちゃん本人からの要望だ。名字にさん付けは苦手なんだって。切島も同じ理由で君付けはいらないと言う事だったので、本人からの希望を無碍にする理由もないので有難く呼び捨てにさせてもらうことにした。



「セイ!!」



赤らんだほっぺの女の子が掛け声と共にボールを放る。フワッと飛んでいったそれは何処までも進み、終には記録に∞と記録された。∞と言う記録にみんなが沸き立つ。思わず私も拍手をしてしまった。

ふと隣から気配を感じて横を見ると、顔色の悪い緑谷君がふらりと皆の列から一歩前に出た。どうやら順番が来たらしい。



「だ、大丈夫・・・?体調でも悪い?」



あまりにも顔色が悪いので思わず呼び止めた。

声を掛けられてびっくりしたのか、うへっと変な声が彼から洩れる。勢い良く振り返られて、僕の事?と自分を指差した。素直に頷く。

突然声を掛けられたらそうなるよね。わかる。最近私も似たような経験をしたばかりだ。



「だだっ、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだから。ありがとう。・・・えっと、」

「あ、初瀬です。そっか、突然声かけてごめんね。ボール投げ頑張って。いってらっしゃい」

「い、いいいってきます」



顔色が優れないままボール投げの位置へ向かう緑谷君の背中を見送る。思わず呼び止めちゃったけど、声掛けない方が良かったかな・・・?顔色悪いままだし、なんかすごい肩に力が入っているというか・・・。

彼の順番は私の近くだから必ず様子を見ていた。種目が終わるごとに表情に影を落として行く姿を見て、なんとなく理由を察する事はできる。

緑谷君、このままだと・・・。だからあんなに思いつめていたのか。頑張って、なんて。私すごい無神経なこと言っちゃったな・・・。



「大丈夫かな、緑谷君・・・」

「全くもって大丈夫じゃない。緑谷くんはこのままだとマズイぞ・・・?」



いつの間に後ろにいたのか。

小さく呟いたつもりが、飯田君には聞こえていたらしく、律儀に答えてくれた。
だよねと思って視線を飯田君から緑谷君へ移す。



「ったりめーだ。無個性のザコだぞ!」

「無個性?」



驚いて振り返ると、飯田君の隣に爆豪がいて、彼を指差して叫ぶ。



「無個性で入試に受かったってこと?」



それってすごいことなのでは?
首を傾げる私を尻目に、今度は飯田君が驚いたように声を上げる。



「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」

「は?」



どうやら私と爆豪が知らないだけで、飯田君の様子を見てみるに、緑谷君はすごい個性をお持ちらしい。出し惜しみをしている感じはしなかったけど、彼もあの入試を突破した人だ。

思いつめながらも色々と考えている様子だったし、私が心配したところできっと彼は何かしら起こして現状の危機を突破することだろう。なら今は素直に応援するのみだ。


飯田君と爆豪と話し込んでいる間に既に1投目が終わっていたらしい。

緑谷君が相澤先生から何かしらの指導を受けていた。それを見て「除籍宣告だろ」と真顔でのたまった爆豪には、気付かれないように素早く踵でつま先を踏んづけてやった。苦悶の声が一瞬聞こえた気がするが知らん振りだ。ばかめ。

緑谷君が2投目にさしかかった。振りかぶってからのスローイングが酷くゆっくりに見えた気がした。

視界の端で、相澤先生が何かに気付いたように小さく目を瞠る。そして察した。彼は今からこの危機的状況を突破する何かをしようとしていることを。

心なしか気持ちが逸る。早くボールを投げて欲しいと。手に汗を握るとはこういう事なのだろうか。心配から一転、期待した気持ちで彼の姿を眺める。

次の瞬間、声高らかに「SMASH!」と言い放たれたと同時に手から、指先からボールが離れる。指先からボールが離れる間際、何らかの個性が発動していた。きっと指先にのみ個性を集中させたんだ。

負傷した指をぎゅっと握りしめて、緑谷君が相澤先生を見据える。痛みを堪えるように唇を噛み締めて、瞳は涙で潤んでいるけれど、その瞳は力強いものだった。

なんて面白そうな男の子なのだろう。
赤黒く腫れ上がった人差し指を見つめる。



「・・・・・・―――いいな」

「ん?何か言った?」



隣にいるじろちゃんが私の顔を覗き込む。なんでもないよとにっこりと微笑んで首を振る。
横から焦凍の視線を感じたが気付かない振りをした。



「どーいうことだこら。ワケを言えデクてめぇ!!」



突然何故か激昂した爆豪が私達を押しのけて、どこか余裕を欠いたように緑谷君目掛けて一直線に駆けて行く。ご丁寧に個性を右手に発動させながら。

驚愕しながら顔を青褪めさせて叫ぶ緑谷君。爆豪の拳が届く前に、それは相澤先生から伸びた布によって制された。次いで爆豪の個性も綺麗に消え去る。相澤先生の個性だろうか。

んぐぇ!!と苦しそうな声を洩らして捕縛されている爆豪の姿は、敵っぽいな、なんて場違いな事を考えた。



「時間がもったいない。次準備しろ」

「はーい」



次の順番は私なので返事をしてボール投げの位置へ向かう。



「返事を伸ばすな」

「はい」



今のすごい先生ぽかった。

素直に返事を返して、腕を伸ばしたり軽くストレッチをする。前からとぼとぼ歩いて来た緑谷君と目が合う。何故かぺこりとお辞儀をされた。

なんでお辞儀されたんだろう。しかも結構丁寧なお辞儀だった。
すれ違う直前、緑谷君にお疲れ様と声を掛けてから通り過ぎる。

そんな緑谷君を爆豪は、動揺したような、驚愕しているような、―――まるで信じられないものを見たかのように、感情がごちゃ混ぜになった複雑な表情を浮かべて見つめていた。例えようもないすごい顔だ。

しかし私には知ったこっちゃないので、特に指摘することなく横を通り過ぎようとする。が、何故か爆豪に睨まれてしまった。

えっ、なんで。あ、もしかしてさっき足を踏んづけたのバレたのか?

ヤバイと思って視線を明後日に逸らす。
手遅れだとは思うが、きっと、まだ、気付いていませんように。



「手ぇ抜いてんじゃねーぞ」



目を瞠った。思いも寄らない台詞に思考が停止する。
私の馬鹿みたいな祈りは、すぐさま頭の外へ放棄された。

先程まで緑谷君を見つめていたはずの瞳が、真っ直ぐに私の方へ向けられる。それに引き寄せられるように彼を見た。鮮やかな紅色が、私を射抜く。

目が合ったのはほんの一瞬。居た堪れなくなった私がすぐに視線を外したからだ。

彼があまりにも真っ直ぐに私を見るからだろうか?何故か落ち着かない気持ちなる。酷く息がし辛くなるのだ。心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような、そんな感覚。

チッと舌打ちを打って横を通り過ぎる爆豪。その後姿を見送る事は出来なかった。
そのかわりに、切り替えの早い奴と、心の中で悪態を吐いた。