俺と君の関係性



陽だまりの柔らかな心地良さに身を委ねるように、駅のホームにある椅子に深く腰かける。日差しの温かさで思考が鈍くなっている頭で、ひらひらと踊るように舞う桜の花びらをぼうっと意味もなく目で追い、地面に落ちたのを確認してから意識を空へと向けた。

・・・すっかり春だなぁ、なんて、眠気を誘う春特有の柔らかな日差しと、ぽかぽかの陽気を全身に浴びて呑気に考えていると、ふわっと欠伸が口から漏れた。

幾度も噛み殺していたそれは、我慢が蓄積されていた分、かなりデカくて。その様子を見られていたのか、視界の横に映る人影が揺らりと揺れた。次いでふふっと声を潜めた笑んだ声が聞こえてくる。



「眠い?」



眉を下げて俺の頬へと手を伸ばし、撫でるように触れられる。柔らかい微笑みに妙にくすぐったい気持ちになりながらも、つられるようにして眉を下げて苦笑した。

彼女は、烏丸ひなた。中学の同級生であり、俺の大事な彼女だ。

うおぉ、恥ずい。超見られてた。盛大にかました男らしさの欠けらも無い欠伸姿を見られてしまい、気恥しさと罰の悪さを隠すように項に手をやる。遅すぎる気もするが、慌てて誤魔化すようにへらっと笑って見せた。

虚勢を張って力なく笑っている俺に、「今日すごくあったかいもんね」と微笑んでフォローを入れてくれる。清らかな優しさが心に痛い程染みた。俺にはもったいないくらいの出来た彼女だ。

俺の彼女が優しすぎるぜ・・・。優しさの暴力を受けてつい内心涙ぐんだ。

付き合い始めて暫く経つけど、こんなに綺麗で優しい女の子が俺の彼女だなんて未だに信じられねえ。
心の何処でこれは夢なんじゃないかと錯覚する時もある。下手すれば俺の作り上げた妄想なんじゃないかって。だとしたらそれはそれでヤバイけども。

それを振り払うように、頬に触れていた彼女の手を掴み、指ひとつひとつの間を丁寧に埋めるようにして自分の手と絡めた。
これは夢なんかじゃない。現実だと、自分自身に言い聞かせるように、体に、心に刻むようにして繋いだ手にきゅっと力を込める。

触れられる事実に内心安堵しつつ、ちらりと彼女の顔を覗き見てみた。



「ふはっ、顔真っ赤」

「うるさい」



にやりと笑うと、反対の手でそっぽを向かせるように顔を押しやってきた。照れてんな。けどそれと同じくらい嬉しそうだ。可愛い。

きっと俺今、ダラしない顔を浮かべているに違いない。本人である俺が分かるんだ。
第三者が見たら余計そうだろう。

いや、顔を緩ませるな、なんてのが無理だろ。幸せ過ぎるんだから。


幸せを噛み締めていると、ふいにピロンと音が鳴った。音に気づいた烏丸が制服のポケットに手を入れスマホを取り出す。そして画面を見て、微小を浮かべた。



「どうした?」

「幼なじみから。同じクラスだといいなって」



会えるのが楽しみ。

言葉の通り楽しみで仕方がないのか、屈託の無い柔らかな笑みを浮かべる彼女。

幼なじみとは、彼女の話によく出てくるやつで、名前を上鳴電気と言うらしい。幼稚園、小学校と家族ぐるみで仲が良かったらしいが、小学校卒業後に彼女が引っ越す事になり、それ以来連絡を取り合ってはいても長期休みの時に数度しか会うことはなく、最後に会ったのは冬休みのようで、今日が久しぶりの再会との事だった。



「電気にも会えるし、ほんとに雄英高校に受かってよかった。諦めずに受験頑張ってよかった!」



改めて合格した事に安堵しているのか、肩の力を抜いて深く息を吐く彼女を見て、今更?と笑った。


念願だったヒーロー育成の名門校である雄英高校にお互い無事に合格し、晴れてこの春から雄英生になれることが決まった。その第一歩である今日は雄英高校の入学式。

幸いな事に天気は晴天に恵まれ、雲一つない澄み切った爽やかな青空が何処までも続いている。

春うらら。正にその言葉に相応しい、温かな春の穏やかさは、絶好の入学式日和だろう。



「一番嬉しくてほっとしてるのは、切島君と一緒にいられることなんだけどね」



へへっと照れ臭そうに頬を染めて笑う彼女に、体中の熱が急速に顔に集まった気がした。気がした、じゃねえ。確実に集まっている。効果音が鳴っていたら、まさしく背景にぼん!と書かれていた事だろう。おまけに心臓に矢が当たっているイラストも描かれているに違いない。それくらい顔に熱が集中した。
その証拠に顔がめちゃくちゃ熱い。絶対真っ赤だ。

欠伸姿よりも、今の姿を晒す方がさすがに男としては遠慮したい。普通に恥ずかしいものがある。それに情けない事に実は少しだけ、幼なじみに嫉妬していたから、毒気を一瞬で抜かれた分、嬉しい反面なんだか居た堪れない。

勝手に拗ねて、簡単に気分を上下させる子供っぽい自分が格好悪い。そんな自分を見られるのが嫌で、顔を見られる前に背を向けるようにしてぐりんと顔を明後日に逸らす。しかし一歩遅かったのか、



「顔真っ赤だよ」



悪戯っ子みたいに口角を上げ、嬉々として笑う彼女。可愛い過ぎる仕返しを受けた俺は、降参ですと、心の中で静かに両手を上げて項垂れたのだった。



「それにしても芦戸の奴おせェな」



あからさまに話の話題を変えると、また彼女のスマホからピロンと音が鳴った。
幼なじみからか?と尋ねると、彼女は首を横に振り、三奈ちゃんからと答えた。噂をすれば、だな。



「芦戸何だって?」

「遅れるみたい。私達が乗る予定の電車に間に合いそうにないってさ」

「時間まだ余裕だし、俺は全然待てるぜ」



今のこの穏やかな時間、結構好きだし。
言外にそう気持ちを込めて、繋いでいる手にそっと力を込めた。

柔らかな風が吹く。揺蕩う桜の花びらと共に、彼女の絹糸の様に細く美しい髪の毛がたなびいた。綺麗だな。髪の毛を片手で押し留める彼女の姿に、不覚にも見惚れた。

手に力が込められた事に気付いたのか、彼女の頬が色付いていく。俺の髪の毛や瞳の色よりももっと深く、熱を含んだ鮮やかな赤色。顔や耳どころか首まで真っ赤に染まってら。悪戯に笑う俺の視線に気付いたのか、気恥しそうに顔を顰めた。ついでに悪態を吐いて、ご丁寧に視線まで逸らされる。

しかし横顔からは困ったように眉を下げながらも、はっきりと嬉しさを噛み締める幸せそうな彼女の姿が見て取れた。胸の奥底を締め付けられるような甘さに、眩しくもないのに目を細める。・・・ほんと可愛い奴だな。



「あ、またメッセ来た。寝坊した!・・・だって」

「寝坊って・・・、芦戸のやつ大丈夫か・・・?」

「集合時間早めに設定しといてよかったね」



ほんとにな。方向音痴である烏丸が迷子を不安がるのもあって、集合時間はかなり早めにしていた。見学や試験で既に行ったことがある場所なのにと思うだろうが、彼女は極度の方向音痴なのだ。中学時代、通い始めて3ヶ月が経ったある日、迷子になって遅刻してきたと言う彼女の話は、友人の間で有名な話だ。それを知っているからこそ、彼女の提案に反対するつもりは更々なかった。

むしろ俺としてもその方が良いと思っていたし。彼女は1人だろうが誰と行こうが、少しでも目を離すと直ぐに迷子に陥るから。彼女自身もそれを自覚しているし、俺も中学の3年間でその事実を身をもって知ったのでわざわざ揶揄うつもりもない。

今回それが幸をなしたらしい。危ねぇ、そうじゃなければ初日から遅刻をかますところだったぜ。



「だな。・・・しゃーねえ、先行っとくか」



手を繋いだまま駅のホームに並んで立ち、他愛のない話しを交わす。なんとも平和で優しい、柔らかい雰囲気に包まれているような感覚に、まだ慣れない俺はくすぐったさに肩を窄める。


奇跡的に告白の返事に了承を得て付き合えた時も、驚きと嬉しさを通り越して、幸せ過ぎてこのまま死ぬんじゃないかと思ったけど、あの時以上に今この瞬間も幸せ過ぎて、時折怖くなる。

そう思う度、彼女の屈託ない笑みを見て安心しては、好きだなと、想いが募って行く日々。昨日より今日。今日より明日。際限のない好きの気持ち。彼女に少しでもそれを知って欲しくて。彼女の蒼い瞳を真っ直ぐに見つめ、胸の内から溢れ出てくる気持ちを舌先に乗せて、形になったそれを言葉にしていく。



「好きだ」



自然とそれは口に出していた。

びっくりしたように目を丸くさせた烏丸が、顔を真っ赤に染め上げ、ぱくぱくと空気を求める魚のように口を動かす。どうやら声が出ない位に驚いているらしい。漸く少し冷静さを取り戻した時には、取り乱したようにピアスが大きく揺れるのも気にせず、周りを確認し出した。そして何を見たのかハッと息を呑んで、恨めしそうにきゅっと眉根に皺を寄せて涙目でこちらを睨んできた。

あまりの可愛さに一瞬度肝を抜かれた。ぐっと心臓が苦しくなるのを感じて、このままだとなんかヤバイ気がする。本能的にそう感じて顔を横に向けた。すると傍にいたサラリーマンと目が合った。羨むような、何処か遠い目をした視線が俺を射抜く。死んだ魚のような目とがっつりと視線が重なり合い数秒、漸く俺は気が付いた。


ここ、駅のホームだった・・・っ。


うわあー!!人前で俺はなんつー恥ずかしいことを・・・っ!どんだけ浮かれてんだ!

声にならない奇声を上げて思わずばっと繋いでいた手を離した。そして勢い良く烏丸から距離をとる。本日何度目かの赤面から逃げるように、ぐりんと顔を前に向き直した。背中に感じる生暖かい視線がすごく刺さる。



「どうしたの急に。ひ、人前であんな、急に・・・っ」

「わ、悪い。多分高校も烏丸と一緒に通えるのが嬉しくて、すげえ浮かれてんだと思う」



周りが見えなくなるぐらいには、やべえくらいに。


あーちくしょう。すげえ格好悪い。全っ然男らしくねぇ。すっかり意気消沈して項垂れていると、手を掴まれ、離れてしまった距離を手繰り寄せるように軽く引っ張られた。

ふわりと香ってきた優しい香りに、へっ?と間抜けな声が漏れ出る。とっさに彼女の方を振り向くと、黒い前髪から覗く、鮮やかな蒼色の瞳と視線が交差し、息を止めた。

ちぐはぐで、アンバランスなようでいて、強烈に惹き付けられる、黒と蒼のコントラストに目を奪われた。



「ーーー私も同じ気持ちだから」



蚊の鳴くような声だった。気恥しさを押し殺した、か細い声。しかし俺の耳に確かに届いた彼女の言葉に、身も心も簡単に打ちのめされた。

恥ずかしさが限界に達したのか、丁度よく訪れた電車に、惚ける俺を置いて先に乗り込む。はっと、意識を取り戻した俺は胸の苦しさを逃すように、いつの間にか止めていた息を吐き出した。

慌てて後を追い掛けるように電車に乗り込み、彼女を見下ろす。俯いていて顔は見えなかったものの、ちらりと髪の毛の隙間から見えたピアスのついた耳が真っ赤に染まっていた。

あー・・・駄目だ。・・・まじで無理だ。我慢出来るわけがねぇ。なんか烏丸からいい匂いするし、めちゃくちゃ抱き締めたい。つーかまじでいい匂いする。洗剤?柔軟剤の香りか?それともシャンプー?

愛しさのあまり欲が脳内を締めた。ついに理性の限界を越え、辛抱堪らんくなった俺は、出勤、登校ラッシュの満員の車内をこれ幸いと隠れ蓑に、後ろから彼女を片手でぎゅっと抱き締めた。