酔っ払いとの戯れ

あれから15年が経ち、オコタは27歳になっていた。
弓の腕も剣術も体術も、戦う技術はヌイートいち、と評価されており、オコタが次の族長になる日も近いと言われている。

しかしオコタは未だ独り身。
一夫多妻が普通で、子供は多いほど良いという価値観があるヌイート族。
27歳ともなればとっくに嫁が3〜4人いて、子供もわらわら生まれている年頃だ。
現族長であるオコタの父も、妻は3人いる。子宝にはあまり恵まれず、それぞれの妻と1人ずつしか子が生まれなかったが、夫婦仲や家族仲は良好。

強さこそ全てのヌイートにおいて、狩猟も戦闘もハイレベルなオコタはかなりの良物件。
オコタの元にはよく女性たちが寄って来て、あの手この手で誘惑する。しかしオコタには、心に決めている相手がいる。
だから、誘いに応じることはあっても絶対に、特別な関係にはならなかった。

「ユリノア、好き」

フィルドル島に通い続け、オコタはユリノアに気持ちを伝える。
けれどユリノアは結構鈍いようで、

「私もオコタさんのことが好きです!」

と満面の笑みで返すのだ。
恥ずかしがることもなく言い切っているので、オコタの「好き」とユリノアの「好き」は、意味合いがかなり違うことがわかる。

神聖な存在であるフィルドの一族、それも族長の孫娘に懸想していると知り、ヌイート族の面々は考え直せとオコタを諭す。

「他民族、外国人との結婚は構わない。しかしフィルドの一族と夫婦になるなどと、畏れ多いことを考えるな」
「いい女は他に大勢いるし、お前ほどの男ならよりどりみどりだろう」

……と。
それでもオコタの気持ちは全く揺るがず、「ユリノアがいい」の一点張り。
タブーだと言われても、「ヌイートとフィルド、夫婦になる、禁止されてない」と言い返す。

「それならせめて、ユリノア殿より先に誰かと夫婦にならないか」
「そうそう、ユリノア殿はあとから嫁に迎えればいい」
「もう27歳で、しかもお前は次期族長なのだから、一刻も早く身を固めて、1人でも多く子孫を残すべきだろう」

ヌイートの未来を憂いて、オコタのことを心配して、心からの善意で、仲間たちは説得しようと試みる。
けどいくら頼み込んだところで、いつも答えは決まっていた。

「ユリノアがいい。子供も、ユリノアと作る」

埒があかないので父親である族長に訴えかけても、

「俺も、嫁にする女は自分で決めた。だから、あれの好きにさせてやってくれないか」

と言われてしまうのがいつものオチだ。
族長ほどの御方が言うのであれば、従う他あるまい。
ヌイート族の面々は、次期族長の恋模様を応援しようと考え始めていた。


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オコタの恋路は、とある危機に直面していた。
なんとユリノアが、オコタではない別の男に想いを寄せている。
相手は、数年前からフィルドル島に滞在している画家・ジェフェク。ユリノアより14歳年上の36歳で、9歳の一人息子がいる。

ジェフェクを見つめるユリノアは、いつも頬を赤らめており、彼から話しかけられるとどぎまぎして恥ずかしがり、まさに恋する乙女といった感じだ。

「けっ」

面白くない、といった様子で酒を呷〈あお〉るオコタ。
仲間内での飲み会にて、オコタはひたすら不機嫌だった。そんなオコタの視線の先では、片想いの相手・ユリノアが嬉しそうに、ジェフェクと一生懸命会話している。ジェフェクもジェフェクで、優しい眼差しを彼女に向けていて、オコタの不満は募るばかりだ。

「飲み過ぎですよ、オコタさん」

ヒノモト人で、フィルドの一族を研究するため住み込みで島にいる学生・アガサが、オコタに注意する。

「ヌイート、酒豪。まだ『飲み過ぎ』言わない」
「赤ら顔で言われても説得力ないですよ……」

オコタの父はヌイート族だが、母はヒノモト人だ。
極東に住むヒノモト人は、全体的に酒に弱い体質であり、純粋なヌイートと比べれば、飲むとすぐ赤くなり、すぐ酔っ払う。
オコタに酒豪のDNAは受け継がれておらず、飲むとこの通りだ。

「アガサ、ずるい。ユリノアと同じ家、同じ寝床。風呂も一緒。裸知る仲」
「まあ……確かにそうですけど……」

アガサは赤面する。
慎みが美徳とされるヒノモトの人間にとって、ユリノアとの生活は刺激が強い。
一緒に風呂に入る流れになった際、アガサは真っ赤になって「いやいやいやいや……」と慌てたが、ニコニコと微笑むユリノアに流されて、結局いつも一緒に入っている。
ヒノモトには温泉や銭湯の文化があるのだが、アガサはたとえ同性でも人前で裸になるのには抵抗があり、しかもユリノアとアガサとでは体つきに差がありすぎた。
ユリノアは普段の格好ではわかりにくいが、脱ぐとすごいのだ。初めて風呂に入った時、アガサはユリノアの裸を凝視。

「大きい……」

と思わず真顔で呟いたアガサに対し、顔を真っ赤にさせて俯くユリノアの姿が印象的だった。

フィルドの一族には、同室の家族は一緒に寝る習慣があり、これもアガサを戸惑わせた。
ユリノアとアガサは同室なので、同じベッドで寝ることになる。
一人で寝ることに慣れていたアガサは照れて「その辺で寝ます!」「床で寝ます!」と言ったが当然意見は通らず、ユリノアに抱き締められる格好で横になり、島に来て初日から二週間の間は緊張でほとんど眠れなかった。

「アガサ、ずるい。裸知る仲」
「まだ言うんですか! しかもスケベな要素だけ羨ましがる!」

アガサは呆れ顔だが、オコタは引かない。

「俺、男。スケベ仕方ない。ユリノア胸あるか」
「何を聞いてるんですか何を」
「アガサ、つるぺた」
「おいコラ」

据わった目をして酒瓶を振りかざすアガサ。それを見たオコタは、指を差しながらケタケタ笑う。

「つるぺた興味ない。けどユリノア、つるぺたでも可愛い」
「言っておきますけど、ユリノアさんは全然つるぺたじゃないですよ」
「っ!? ユリノア、胸ある!!」
「あ……口が滑った」

しまった、と口を手で押さえるアガサ。一応見回したが、丁度、ユリノアは席を外しているようだ。
ホッとするアガサをよそに、オコタはとても嬉しそうだ。

「ユリノア、胸ある!! つるぺた違う!!」
「あーもー、この酔っ払い! 大きな声でそういうこと言わないで下さいよ!」
「アガサ! つるぺた好き、きっといる。落ち込まない!」

アガサは再度、酒瓶を振りかざした。


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