おばあちゃんの悩み

ヌイート族の族長は、ヌイートで最も狩猟が上手くて戦闘能力も高い者がなるという、実力主義。
対してフィルドの一族の族長は、代々続く族長の血を継ぐ子孫が務める世襲制だ。

フィルドの族長でユリノアの祖母であるヤタミノは、現在86歳。
100年以上は生きるフィルドの一族ではあるが、本来なら族長の座を子に引き継いで、とっくに隠居している年齢だ。
それなのに彼女が未だ族長として一族をまとめているのは、子が全員死んでいるから。
産んだ子供のほとんどは当時まだ知られていなかった病で死に、生き残りだった息子とその嫁は、まだ1歳のユリノアと、9歳の兄を遺して船で事故死。

ユリノアと8つ違いの兄は、薬の調合がからきしだった。
「何度やっても俺には無理だ」と言う孫を無理やり引きずって、2ヶ月は粘ってみたが、何も得られなかった。

「だから言っただろ!」

と、泣き叫んだ孫の顔が忘れられない。

その点、ユリノアは優秀で、教えたらすぐに自分のものにした。
そこでヤタミノはこの孫娘に、幼少の頃から薬草の知識、毒の知識、調合技術……自身が持っている全てを叩き込んできた。
お陰でユリノアは、一族トップともいえる最高の能力を持つ存在に育った。

しかし教育に力を入れすぎたからか、これまで誰とも恋仲になったことがない。
勉強優先だったのが原因なのか、それとも元々不向きなのか、料理と裁縫は全くと言っていいほど出来ないため、これではなかなか嫁ぎ先が見つからない。
そして更に悪いことに、兄が大変なシスコンで、妹に近づく男を軒並み調べて回るときた。
結果、恋も結婚も遠のいた。

何千年と続く族長の血は、ここで途切れてしまうのか。
苦悩の日々が続いたヤタミノだったが、最近気づいた。
何年か前からここ、フィルドル島に滞在している画家の男に、ユリノアが熱い視線を向けていることに。
そして、ユリノアとはもう長い付き合いであるヌイート族のオコタが、ユリノアを嫁にしたいと本気で考えていることに。

ようやく訪れた孫娘の恋心を尊重するならば、画家の男・ジェフェクと一緒になって欲しいと思う。
穏やかな性格をした彼との結婚生活は、優しくて平和だろう。
しかしジェフェクはユリノアより14歳年上の、36歳。男の年齢で考えれば、二人の間に生まれる子は、せいぜい一人か二人だろう。
我が子を全員失ったヤタミノとしては、もしもユリノアまでそういう目に遭ってしまったら、と心配になる。

ヌイート族のオコタは、次期族長と呼ばれるだけあって、狩りの腕も戦闘能力も申し分なく、ずっとユリノア一筋の男だ。
愛想は少々足りないかもしれないが、ユリノアのことは、必ず大事にしてくれる。
多産文化があるから子宝に恵まれるだろうし、ヌイートの血が入った子供なら、きっと丈夫に育つ。

「……顔立ちも体つきも、私の若い頃に生き写しだというのに、性格はまるで違うから困りものだわ」

その昔、まだ少女といえる年齢だったヤタミノは根っからの肉食系で、慎みなどほとんどなく、親から毎日説教を喰らっていた……なんてことは、族長の若い頃を知る一部の人間しか知らない。


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