砂糖、珈琲、そして世界、君と僕。


「おはよう、名前」

嗚呼、神様、私はなんて幸せなんでしょう。
目が覚めると、そこには視界いっぱいに、愛しい人の顔があるなんて。

「……天、おはよう。もしかして私、寝坊した……?」
「ううん。そんなことないよ。寧ろ早起きなくらいだよ。まあ、ものっすごい恥ずかしい寝言は言ってたけど……」
「うそ?!嫌だ私……っ」
「なんてね、嘘だよ」
「ちょっと天っ!」

天は本当に意地悪だ。なのに見た目は天使みたいだし、誰もが聞き惚れる美声だし、髪はさらさらストレートだし、お肌はつやつやだし……女の私から見ても、ちょっと嫉妬するくらいの美貌である。
普通なら、私みたいな庶民は話すことさえ叶わないような存在だ。

数ヶ月前。デザイナーの私は偶然、芸能事務所の内装コーディネートに抜擢された。
それまで、特に注目なんてされたこともなかったし、淡々と小さな依頼を受けてコーディネートするだけだったから、急な抜擢に吃驚したけど、私は迷わずOKした。
天と出会ったのは、最初の打ち合わせの時だ。

「キミ、見たところすっごい地味だけど。本当に八乙女にふさわしいコーディネートができるわけ?」
「……ッ!もちろんです!」
「な……」
「貴方たちに損はさせません!絶対に、素晴らしい事務所にしてみせる!」


なんて。啖呵を切ったのも今となっては良い思い出だ。

「何、考えてるの?」
「んー、天と初めて出会ったときのこと」
「ああ、あれは強烈だったよね。名前、今にも社長に噛み付きそうな勢いだった」
「違う、社長じゃなくて、天に!」
「おー、こわいこわい」

あれから、なんとか内装のデザインも形になり、八乙女社長やTRIGGERの皆さんにも認めてもらうことができた。
そんな中で天と私は何かと意気投合し、今に至るというわけだ。

「ほんと、最初は印象最悪だったのにね」
「天、すっごい感じ悪かったもん」
「だって、社長が『天才を見つけた!』って珍しく興奮してるなって思ったから期待してたのに、おどおどして地味なコが来たから意地悪したくなっちゃった」
「あんたはお局のOLかいっ」
「でも、まさかそんな地味っ子が、あんな品のある内装をコーディネートするとは、ボクにも予想がつかなかったよ」
「ふふん」

私が得意げに笑うと、天は私の髪を撫でた。私は素直に天に身を預ける。
まさか天とベッドの中でこうやって過ごすことができるようになるなんて、あの頃は全く想像もしていなかったわけだけど。

「なんか早起きしたからお腹空いてきちゃったなー。パンケーキでも焼こうか。あ、その前にとりあえずコーヒー淹れるね。天もいるでしょ?」
「うん、お願い」

私はベッドから出てガウンを羽織り、コーヒーを淹れる準備を始めた。
お湯を沸かしてペーパーフィルターにゆっくりと回し入れると、コーヒー豆の良い香りが部屋中に漂う。

「はい、どうぞ」
「あ、これ……」
「ミルクなし、角砂糖半分、温度はちょっとぬるめ、でしょ?」
「……さすが、わかってるね」
「天は好みに五月蠅いからなー」
「キミだってそうでしょ。ミルクたっぷり、砂糖なし」
「私のコーヒーの好みも覚えたの?」
「どんだけ一緒にいると思ってるのさ。そりゃ覚えるよ」

天は、週に一回必ず、一人暮らしをしている私の部屋に来て泊まっていく。
そうしていたら、自ずとお互いの好みがわかるようになっていた。
だんだんと、天の私物が部屋に増えていくのも、私にとっては嬉しくて、何だかくすぐったい。

「ていうか、天、コーヒーカップを勝手に増やすのはいいんだけど……」
「何か不都合でも?」
「……これって、ジノリでしょ?」
「よくわかったね。さり気なく置いておいたつもりだったけど」
「庶民の家にジノリなんて不釣り合いなもの置かないでくれる?間違って割ったらと思うとおちおち使えない……!」
「別にいいでしょ、そしたら代わりの物を持ってくるよ」
「さ、流石トップアイドルのお言葉……」

天が持ってきた物はジノリのカップだけじゃなく、目が丸くなるような高級な物ばかりだ。
こういうとき、天と私の生きる世界の違いを思い知る。

「何へこんでるの」
「だって……どうせ私は天と違って庶民ですよー」
「当たり前でしょ。ボクを誰だと思ってるの?」
「……天下のトップアイドル、九条天様です……」
「正解」

天は小さく「ご褒美ね」と言って耳元に口づけた。

「ちょっ……///」
「……どうしたの?変な声出して……」
「何でもないっ!」
「何でもなさそうには見えないけど……?」
「あ、ちょっとッ!」

気付けば、天の滑らかな手は私のガウンの中に入り込んできていて。

「朝からそんな……」
「その気にさせたのはそっちでしょう?」
「それはこっちの台詞……!///」

あー、お腹すいたんだけどなぁ、パンケーキ食べたかったなぁ、なんて。考えても後の祭りだ。

「ねえ、キミとボクで住んでる世界が違うなら、ボク達が一つになってしまえばいいじゃない……?」





(甘く、苦く、蕩けてしまおうよ)


2020/05/13
朝ごはんを食べる話というリクエストで書きました。読み直して思ったけど……こいつら朝ごはん食べてなくね?!笑

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