それから、観覧車で夜景を見るの



「ゆっくりで、いいだろ。もういい大人なんだから」

千景は笑って、そういう言い方をした。私がうんと言えば「いい子いい子」と言うだろうし、嫌だと言えば「名前はお子さまだからな。俺は、ゆっくり行かせてもらうよ」と言うだろう。どう答えても、千景の手のひらの上という感じが否めないのが、気に食わない。気に食わないので、その場では「わかった」と言いつつ、当日になって朝6時に叩き起こし、不機嫌な眼差しもなんのその、朝一番の遊園地開園待ちに無理矢理引っ張ってきてやった。ざまあみろ。

「……ったく、朝から元気だな、子供は」

広々とした園内を歩きながら、千景は言った。……まだ余裕がありそうで、ムカつく。有無を言わさず初っ端からジェットコースターに引っ張って連れて行く。

「……ジェットコースターかよ?俺、まだ半分夢の中だけど」
「大丈夫。絶叫乗ったら強制的に目が覚める」

ふらついた足取りでジェットコースターから降りる千景の腕をひっつかみ、今度は早歩きで次はクレープの屋台に向かう。

「クレープって……。朝から甘いのはちょっと……」
「大丈夫。食べたら何だって美味しいから!」

口の中に無理矢理詰め込んだダブルチョコレートバナナスペシャルも咀嚼しきらないまま、次は大股でコーヒーカップに引っ張っていく。

「あんまり回すなよ。……さっきの生クリーム、吐くかも」
「よし、トイレで吐こう」

……流石に、コーヒーカップぐるぐる回しは効いたらしかった。いつも余裕綽々の千景が、だんだん元気をなくし、げんなりしながらとぼとぼと何とか私に付いてくる。……うん、なかなか、悪くない景色ではないか。

「次はお化け屋敷並ぶよー!」
「……まだ行くのか」

そろそろ『ちょっとギブ、休ませて』という声が聞こえてくると思ったが、意外としぶとい。素直に言ったら休ませてあげようと思っていたのに、なかなか声がかからないのでタイミングが掴めない。多少の罪悪感を抱えながらも、もしかしてこの罪悪感も千景の手の内なんじゃ?なんて邪推もしてしまうけれど。

「40分待ちか。まあ、いい休憩には、なるな」
「……なんだかんだ言いつつ全部付いてきてくれるんだね」
「なんだよ、付いてきて欲しくなかったのか?」
「そうじゃなくて……」

私は少し考えて、「今日は振り回して、ごめん。たまには、余裕のない千景を見てみたかったの」と白状した。こんなこと言ったら、どんな嫌味が帰ってくるのだろう。覚悟して、そっと顔を窺い見る。

「……いや、俺は。楽しそうな名前が見られて、嬉しかったよ」

予想外にさっぱりと素直な回答に、私は思わず目を見開いた。「なんだよ、そんなにまじまじ見るなって」

「だって……」
「もういいから」
「だってだって……」
「ほら列が進んだぞ、早く進め」

ゆっくりでいいでしょ、もういい大人なんだから。そんな混ぜっ返しが思いついたけど、今日は妙に素直な千景に免じてやめておいた。



2024/2/2

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