※真名バレあり
なんて珍しい。
長くカルデアにいると、こんな珍しいこともあるのか。
燕青が、素材の周回に「俺も連れてけ」だなんて言い出したのだ。
燕青は数多く契約しているサーヴァントの中でも親しい仲のひとりで、困っていることがあったらいつも気にかけてくれる。任務の合間にバカみたいな話で笑い合えるのも彼だ。
つまりはノリが合う友達のような間柄。
そんな燕青は、宝具の特性上とても周回向きとは言えない。
でも、他の誰でもない燕青が珍しく頼んできたのだ。なんとしても聞き入れたいところだけど…。うーん…。
私は散々悩んだ挙げ句、燕青に周回への同行をお願いすることにした。
「やあ!おはよう名前ちゃん!レイシフトの準備はいいかい?」
「おはよう!ダヴィンチちゃん。今日も可愛いね!」
「ふふ、名前ちゃんってばよくわかってるう♪」
ダヴィンチちゃんのお出迎えでその場の雰囲気がぱぁっと明るくなる。
華があるっていいなあ〜なんて。ちょっぴり羨ましかったり。
「さて、今日の行き先は、"亜種特異点 新宿"でよかったよね?」
その瞬間、ハッとする。
燕青が周回に同行したがっていたのって、新宿だから…。
まさか…内なる幻霊が何か動き出したか。もしくは燕青のニセ者…?
過去にあった事件のせいか、そんな良くない想像が頭をよぎる。
でもそれなら尚更!行って解決するしかないっ!
半ばヤケだが、私は思いきってレイシフトすることにした。
*
「うおりゃあぁぁぁッ!!」
カキン!!!
「ナイス!アキレウス、宝具展開!」
「まかせとけ!」
ドゴォォッ!!!
敵の雀蜂が一体残らず姿を消したのを確認。
「……ふぅ。戦闘終了っと。みんな!お疲れ様!」
おぅってぶっきらぼうに返事するのは、今まさに宝具でエネミーを蹴散らしたライダーのアキレウスだ。
それをバーサーカーのョ光さんが微笑ましそうに見ている。
「あらあらまぁまぁ。勇ましい御方」
「しっかしこんなぐらいの奴が相手じゃあ、身体が鈍っちまうぜ」
そんなやりとりをしている最中も、件の燕青は上の空といった具合だ。
でもどうやら、内なる幻霊が暴れ出す様子も、ニセ者が悪さをする様子もない。
考えすぎで済んだのならそれはそれで良かった。と、私は胸をなで下ろした。
「素材もある程度集まったし…そろそろ帰還しますか!」
『OK♪レイシフトの準備が整い次第、送還が始まるはずだ』
「ありがとうダヴィンチちゃん。じゃあみんな、もう少しd……えっ、燕青?!」
「マスター。ちょっといいか?」
もうすぐレイシフト、というところで燕青が私の腕を掴んだのだ。
私は何が起こったのかわからずパニックになる。
「どうしたの燕青?…ていうか、い、痛いよ…っ」
「あっと…悪ぃ…ついな…」
ばっと、手首を締め付けるものから解放される。
「なぁマスター。悪いことは言わねぇ。ちょっくら俺に付き合ってくれねぇか?」
「へっ??…えーっとぉ…どゆこと?」
突然の申し出に、気の抜けた返事をしてしまう。
「いいからいいから。でも嫌だってんなら、無理にとは言わねぇよ」
「嫌とかじゃないけど…で、でも、もうすぐレイシフト始まっちゃうよっ!?」
「他の奴を先に帰して、アンタとふたりで話がしたい」
その言葉に、胸がキュっとなる。
『ちょと待った。それは許すわけにはいかないな』
「ダヴィンチちゃん!?」
『君が本物の燕青、なんて保証はないからね。マスターである名前ちゃんが危険な目に遭わないとも限らない。安全だと言い切れない時点で、私が許可を出すことはできないよ』
私だって、何の確証があったわけでもない。
それでも。燕青を信じたい。
その一心で、私は言葉を発していた。
「大丈夫!そんなこと、絶ッッ対!ありえないから!」
『へ!?名前ちゃん、だってそんなこと…』
「燕青だから。絶対大丈夫。私、信じたいの!それにほら、何かあったらモニターでもすぐわかるでしょう?だから、大丈夫。信じて。」
「名前…」
『——わかったよ。名前ちゃんがそこまで言うならさ』
「…!ダヴィンチちゃん!」
『でも!これだけは忘れないで。私たちはちゃんと常にモニターしているし、名前ちゃんは困ったらすぐに令呪を使用すること!わかった?』
「はいっ!ありがとう…!」
「応。ダヴィンチ、感謝する」
私に目配せをして歩き出した燕青の後ろを、ただひたすらについて行く。
「ねぇ!ちょっとっ、燕青ってばぁ!どこにいくのよ…?!」
なんて。行き先なんか本当はどうでもよくて。
ふたりで話したいっていう燕青の言葉に、今もドキドキしてしまっている私がいる。
「なぁに、ついたらわかるさね」
ペースの変わらないに歩みに付いていくのに必死な私は、答えになってない彼のセリフに顔をしかめた。
「なっ、なんなのよそれ!バカにしてんのッ?!」
「俺がアンタをバカになんかするわけねぇだろぉ?」
「どの口がいってんのよ…」
「まぁまぁ、機嫌を損ねなさんな。黙って楽しみにしてろってェ」
そう言って燕青は何の合図もなく立ち止まり、その背中に私はなす術なく顔面から激突してしまった(は、恥ずかしい…っ)。
「!!ぶッ、ちょっとぉ!なんで急に立ち止まるのよっ」
「哈哈!そりゃあ悪かった。でも俺の背中のお陰で転ばずに済んだだろォ?」
「それはそうだけど!い、いじわるぅ…!」
「はは、冗談だって〜。そんなことより着いたぜ。見てみな」
「——わぁ…!」
気づけば、辺り一面に満開の桜が広がっていた。
吹き抜ける春の風に、舞い散る花びらが踊る。
それはまるで、純粋無垢な少女が描いた儚い夢のよう——
「ここって…あっもしかして、新宿御苑!?」
「ご名答。マスターのために探し回ったんだぜ?特異点でも桜が咲く場所をさァ」
「あっそう言えば、今は…4月!…あれ、わたし…月日の感覚もなくなってたんだ……。で、でもどうして…」
「あぁ。この桜をアンタに見せたかったんだ」
「えっ」
「アンタ前に、故郷では桜の花見をするのが毎年楽しみだったって俺に言ってただろ?」
「……うそ…そんなこと…覚えててくれたなんて……」
眼前の桜が霞んで見えなくなるほどに、涙が溢れる。
こうやって桜をゆっくりと見たのはいつぶりだったか。
人理を救済することだけを考えてまっすぐ歩んできたこの一年は、私から季節や月日というものさえも忘れさせてしまっていた。
ああ。そうだ、私は日常を取り戻さなくちゃいけないんだ。
泣いたって意味はない。泣いている場合じゃない。前に進まなくては。
それでも溢れる涙は止まらなかった。
「ぅ、えんせ……っ」
後ろから伸びてきた腕に、優しく抱きしめられる。
嗚呼…どうかお願いします、神様。このうるさい心臓の音が、彼に伝わりませんように。
「ほぉら泣け泣け。好きなだけ泣け。……今は俺以外、誰も見てねぇんだからさ。」
耳元を掠める低い声に安心して、私は堪えきれずに声を出して泣き始めた。
「アンタは強い。でも強いってのは、泣かないってことじゃねぇ。そうだろぉ?」
「……うん」
「なぁマスター。俺をもっと頼れって。アンタはもう既に頑張ってんだ。」
「………うん、」
「——だったら!今日くらい花見を楽しんだって許される、そうは思わないか?」
後ろにいる燕青が悪戯っ子のするような笑みを浮かべてる姿を想像して、くすりと笑ってしまう。
「お!笑ったな。名前、アンタはそっちの方が、ずっといい」
後ろから包む腕が解かれ、体をくるっと反転させられる。
燕青と顔を付き合わせた刹那、ふいに胸が高鳴る。
「燕青は、やさしいね」
「おぅとも。特別だぜ?」
——桜吹雪に包まれる燕青が、あまりにも美しかったから。
「さぁて!」
私の目を覚ますように燕青がパチンと一回、手を叩いた。
「花見と言ったら美味い酒だよなァ!ってわけで、アーチャーの旦那から良いもん貰ってきたんだ」
いつもどおりの悪戯っ子が、何やら懐から高級そうな瓶を取り出した。
ってか、教授からのお酒って、なんか変な薬とか入ってない?!なんてツッコミたいところだけど、今は心の中にしまっておく。
「お酒もいいけど…お花見と言ったら団子でしょっ!!それからそれから、焼きそばにたこやき、あとはりんご飴とぉ…えっとぉ…」
「おいおい、あんま食いすぎんなよ〜?」
「なッ!う、うるさいなぁもぉっ!」
燕青なりに元気のない私を心配してくれた。それだけで、私は簡単に救われてしまうんだ。
もちろん、人理を救ってあの日常に戻りたいと本気で思ってる。
それでもこうやってバカ言い合って笑い合う、そんな燕青との日常もかけがえのない、大切な宝物だ。
「燕青」
「ん〜?」
「…ありがと」
「どォいたしまして」
綺麗な桜色と隣で笑う青年を見つめながら、この気持ちに鍵をかける。
この思いが伝わってしまったら。
後戻りなんてできないから。
追憶の桜
(なぁマスター、来年もアンタの隣で桜を見たいって、願ってもいいかなぁ?)
2020/5/16
燕青視点もいつか書けたら良いなーなどと管理人は供述しており……←