C級ロマンティック・スリラーナイト





読み飽きた雑誌のページを捲っては、時計の針を覗き見る。もうどれくらいの間こうしているのだろうか。暇だ暇だといくら訴えても、視界の左端でデスクに向かう横顔は一向にこちらを見ようともしない。

「ねぇ、まだ終わんないのー」
「……文句言うなら出てけぇ」
「文句も言うし出ても行かない」
「うぜぇ」

スクアーロは私に一瞥もくれないままひたすらにペンを走らせている。厄介な任務が連日で続き、報告書が山のようになってしまったらしい。なんとも、ご愁傷様です。と同情はするが、そんなことはヴァリアー幹部ともなればままあることだ。「じゃあ終わるまで待っててあげるから一緒にアマプラ映画でも観よう」なんて自分勝手な提案をしてみれば、案の定「待つな、観ねぇ、勝手に決めんな」の拒絶3コンボを喰らった。そして私はそれらすべてを無視して、彼の部屋で勝手に待っていることにしたのだった。

「スクアーロ」
「……なんだぁ」
「手伝ってあげよっか?」
「いらねぇしてめーは出てけぇ」
「えーせっかくの提案なのに。手伝いいらないなら歌って待ってようかな」
「イカレてんのかぁ?」

頭に浮かんだ懐かしいメロディを鼻歌で口ずさむ。うつ伏せになって頬杖をついて、持て余した足でリズムをとるようにパタパタと動かしていると、照明のぼんやりとしたオレンジ色に照らされて向こうの壁に映る大きな影も同じようにパタパタと揺れた。その揺れる影が煩わしいのだろう、私が足を動かすたびに彼の眉がピクリと動く。それが面白くて何度も足を動かしてみる。

「ゔお゙ぉい……殺されてえかぁ……?」
「あは、はは、スクアーロガチギレだ。あは、ごめんて」

仕事中に視界が動くのは気が散るだろうから、さすがに可哀想に思って大人しく足を下ろした。鼻歌も、続きのメロディが思い出せなくなったからうまいこと濁してやめた。そして、私はまた暇になる。持ってきた雑誌はもう全部飽きてしまったし、かといって新しい雑誌を自室から持ってくるのは面倒だ。あいにく殺風景なこの男の部屋には暇つぶしになるようなものは何も無かった。

「ゔお゙ぉい、名前」
「うん?」

うつ伏せの体勢にも飽きて身体を起こしたところで、珍しくスクアーロから声をかけられた。彼の視線は書類を向いたまま、声だけがこちらに投げかけられる。私はデスクの方へ身体を向けるようにベッドの縁に腰掛けた。

「何観んだ」
「え?」
「アマプラ映画、観んだろぉ。観たいもんがあんじゃねぇのかぁ?」

あれだけ出てけ出てけ言ってたくせに、こういうところがどうしようもなく律儀で、優しくて、愛おしい男だ。

「えへへ、スクアーロは優しいねぇ」
「質問に答えろぉ」
「うーん、鮫映画かな?」
「……おまえのそういうとこ、逆に尊敬すら感じるぜぇ……」

本当は観たい映画なんてないのだ。映画が観たくてこの部屋にいるわけじゃないから。けれどそんなことを言ってもこのバカには何も伝わることないどころかフツーに部屋を追い出されてしまいそうだから、本音は黙っておくことにした。

「じゃあ、しりとり始めるね」
「……あ゛ぁ?」
「『シャーク』!次『く』ね」
「非常識すぎて聞き返したがやっぱり聞き間違いじゃねぇよなぁ!事務仕事してんのが見えてねえのかこのクソイカレ女ぁ」

事務仕事中に吹っ掛けられるしりとりほど最悪なものはない、のはわかっているのだけど、スクアーロの反応がおもしろくてついつい揶揄ってしまう。まあ大体最後には無視されて終わるのがオチだけど。

「ほらほら『く』だよ、スクアーロ」
「くたばりやがれ」
「えーん!スクアーロがいじめるよぅ」
「お前の番だろぉ」
「ん?」
「だから、次は『れ』だっつってんだ」
「……え、何今の、ちょっと。ずるい。何なのそのテクニック?ときめいたんだけど」
「ゔお゙ぉい!こんな暴言にときめいてんじゃねぇ!」

しかしそんなときめきしりとりも結局2、3往復してたあたりでスクアーロが答えなくなり、有耶無耶になって終わった。まあ、わかってたオチだ、無問題。さて、次は何で揶揄って遊ぼうかな。



ゆさゆさと身体を揺すられる。重たい瞼を持ち上げるとぼんやりとした視界がだんだんと明るくなって、気づけばスクアーロの苛立ったような顔が目の前にあった。

「ゔお゙ぉい!終わったぞぉ!!」
「う、うるさ……」
「うるせえじゃねえだろぉ……てめー待つとか言ったクセに眠りこけやがって、しかもオレのベッドで堂々となあ!」
「……え、あれ?私もしかして寝てた?」
「ガッツリとなぁ」
「ていうか、ふふ、終わって起こしてくれたんだ」
「てめーがオレのベッド占拠してやがるから、起こさねぇとオレが寝れねぇだろぉ!」

そんなことを言いながらも、待っていた私を律儀に起こしてくれたんだなあなんて思ったら、その愛おしさに笑いが込み上げてたまらない。

「てめー何笑ってやがんだぁ」
「うふ、ふ、なんでもない。ふふ、スクアーロも大概、私のこと好きだなぁって」
「よぉし、殺される覚悟はできてるらしいなぁ」
「顔怖っ!冗談だってばぁ」

ベッドから這い上がってソファまで移動する。私が座ったすぐ右横に、スクアーロがドカッと腰を下ろした。私がベッドから退いても、ようやくベッドが空いたぜえ〜なんて言って私を放って寝たりしないでなんだかんだ黙って付き合ってくれるんだから、やっぱりスクアーロも大概だ。

「鮫映画だけはやめろよぉ」
「えー。最近プライムに上がってきた『サイボーグシャークV.S.リヴァイアサン』気になってたんだけど」
「よりにもよってクソつまんなそうなヤツやめろぉ!」
「もう、スクアーロは我儘だなー。しょうがないからゾンビ系にしよ」
「おまえに我儘とか言われちゃこの世はおしまいだぜぇ」



適当に選んだ私が悪いとはいえ、ここまでつまらないとは思わなかった。ゾンビ系はハズレも多いのはわかっていたつもりだったが、これはもうB級どころかC級だ。せめてツッコミどころ満載の笑えるヤツなら良かったのに、そういうわけでもないから救いようがない。映画の雰囲気作りのために暗くした部屋で、しょうもない、くだらない、惰性の時間を過ごしている。

「つまんね〜〜」
「選んだおまえが飽きてんじゃねえぞぉ」
「だってスクアーロなんでも良いって言ったじゃん」
「元々オレは映画観たいとも思ってねえんだから聞かれたって観たいモンなんかねぇよ」

画面の中では、血みどろのヒロインが劈くような悲鳴を上げながら斧を振り回している。どうやらゾンビに追われてる中で結婚目前の恋人とはぐれてしまったらしい。いや、ちゃんと観てないからよくわかないけど。

「あ?この女が手に持ってる斧、さっき恋人っつー男が通った道にあったヤツじゃねえか?行き違ってるってことかぁ?」
「めっちゃ観てんのかい!」

思わずツッコんでしまった、いやツッコむだろ!何でお前がちゃんと観てんだよ。律儀かよ。そんなスクアーロの様子を観ているうちに、スクアーロが真剣に観ててくれるなら逆に私は観なくても良いか、という謎理論が生まれてしまって、私の方はいよいよ本格的に飽き始めてしまった。スクアーロの肩にもたれかかって銀色の髪を指で弄びながら、液晶光に照らされた綺麗な横顔を観る。なんだ、こっちの方が、100倍飽きない。

「何見てんだ」
「あら、バレた」
「あのなぁ、オレはおまえが言うから、こんな時間に仕事の後にクソほども興味のねぇ映画に付き合ってやってんだから、ちっとは飽きてねぇフリくらいしろぉ」
「ふふ」
「笑ってんじゃねぇぞぉ」

やっぱり、私に付き合ってくれてるんだ。わかってるけど、本人も自覚があるんだなって思ったらくすぐったい気持ちになる。

「スクアーロの横顔観てると飽きないから、私こっちの方がいいや。だからスクアーロは私の代わりに映画観てて」
「てめーは本っ当、よくここまで普通に生きてこれたもんだとつくづく思うぜぇ!」

スクアーロは文句を言いながら画面に視線を戻した。本当に嫌なときは本気で怒るから今はそんなに嫌でもないのかな、なんて都合よく解釈して、私はまたその横顔を見る。映画のシーンに合わせて暗くなったり点滅したりと、彼を照らす液晶光が忙しなくかたちを変える。それと連動するようにたまに眉を顰めたり、目を細めたり、時折驚いたように少しだけ目を見開く、そんな彼の表情から、今はどんなシーンなんだろうって想像してみたりして。もうどれくらい時間が経ったんだろう、たぶんもう、映画も終盤だろう。

『ジョニー、好きよ。愛してる!』
『僕も……いや、僕の方がきっともっと愛してるよ、キャシー!』

ベッタベタな再会シーンが耳に届いて、私もふと画面を観る。熱いハグをして恋人たちは同じ方向を見る。『この元凶のゾンビを倒せば、すべてが終わる!最後の闘いだ。いくぞ、キャシー!』へえ、そういう話だったんだ。観てみたものの早速興味を失ってまたスクアーロに視線を戻すと、彼もひどくつまらなそうな表情で画面を見ていた。
最後の死闘を終え、泣きながら抱き合う恋人たち。その存在を確かめるようにジョニーがキャシーの髪を、顔を、両手で強く撫でる。ぐしゃぐしゃになった髪のままキャシーは、縋るようにジョニーの背中に手を回した。

「……」

なんか、我ながらダサすぎるタイミングで嫌になるんだけど。不意に、ああ今キスしたいなあって、思った。でもこんなダサいタイミングで言い出すのは恥ずかしいしな、なんてごちゃごちゃ思っていたら、画面を見ていたはずの横顔が私の方を向いて、目が合う。

「名前」

名前を呼ばれる。それまでずっとソファの背に掛けられていた腕が私の肩を抱き寄せて、もう片方の手が頰に触れた。顔がゆっくりと近づいてきて、ああ触れそう、そう思った瞬間に、画面の中の恋人たちも熱い熱いキスを交わしていた。そして、唇が触れる。

「……あは、ダッサいタイミング」
「うるせぇ、わざとじゃねぇ!つーか余所見してんな」

わざとじゃないのは知ってる。スクアーロはそんな変にロマンチックなことなんかしないからきっと偶然だろう。偶然、こんなダサいタイミングになっちゃうところが、どうしようもなく愛おしいのだ。

「ふふ、スクアーロに構ってほしかったんだ私」
「最初から素直にそう言っとけぇ」

なんだ、知ってたんだ。じゃあ早く素直になっとけば良かった、なんて思いながら、流れるエンドロールを横目にもう一度、ダサいキスをした。



2025/12/8

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