きらめきに色やかたちがあったなら






もしかして、今日の天気は雹かしら。と、思ったけど、口には出さなかった。そんな余計な言葉を口にしたら多分、左馬刻さんに睨まれるか怒鳴られるか、最悪殴られる可能性だってある。代わりに、スタンプカードにそっと一つスタンプを押した。今月二度目のスタンプだ。一に二度もこの人がうちの花屋に来店するなんて、多分、今日は雹だ。

「……急遽、必要になったんだよ。知り合いの開店祝いだ」
「別に、何も聞いてませんけど……」
「お前、俺様が月に二度も来るなんて珍しいとか思っただろ。わかんだよ、そんくらい」
「……左馬刻さん、エスパーか何かですか」

ほらみろ、というように左馬刻さんはからりと笑った。
月に1回、ほとんど決まった日にちに、左馬刻さんは花を買いに来る。この辺の土地を仕切っている、いわゆる怖い人だ、ということは知っているけど、詳しいことはよく知らない。私にとってはただのお得意様だ。左馬刻さんはいつも、1万円札をばらばらと3枚投げてよこして、「それで適当に包んで花束にしてくれ」と言った。事情を聞いたことはないけど、多分月命日なのだろうな、と思っていた。左馬刻さんにとって誰か、大切な人の墓前に供える花。と、勝手ながらいつも想像して、3万円分の花を選んだ。季節の花を取り入れて、華やかさの奥に優しさを忍ばせて、私なりの左馬刻さんを表現する。左馬刻さんはきっと、花束の内容なんて見てやいないだろうし、花の名前も知らないだろう。だから、これはただの自己満足だ。

「そしたらえっと、今日はどういう風なお花にしますか」
「いや、お前に任せる。まァ、今回は開店祝いだからな。パーッと華やかな感じにしてくれや」

左馬刻さんはいつものように、何でもないようにポケットから1万円札を3枚出して会計皿に置いた。

「でも、いつも3万円って、景気いいですねぇ」
「うるせーな」
「だって、3万の花束なんて、うちの店じゃそうそう出ないですよ。3万円分の花かぁ、自分用にほしいくらいですよ」
「自分で買えや」
「無理ですよう。花屋の給料じゃ」
「花屋のくせに、花買えねーのかよ」
「ですねぇ」
「ま、こういうのは縁起モンだからな。ケチらずに使った方がいいだろ」
「えー?花なんて、何の足しにもならないのに」
「花屋のくせに、そんなこと言うのかよ」
「本当ですね、花屋のくせに」

話しながらも、私はいくつかの花を選んでいった。赤、黄色、橙。今回は開店祝いだと言うから、明るい色合いを中心に束ねていく。それから私は、そっとアンスリウムを忍ばせた。アンスリウムは、様々な色彩を持つ、葉っぱだ。今回は華やかさを助けるために、黄色を選ぶ。私はこの葉が好きだった。よっぽど全体の調和を崩してしまいそうな時は外すが、そうでもない限りは何かと入れてしまうのだ。

「こんな感じで、どうですか」
「おう。派手だな。釣りはとっとけ」
「ありがとうございました。またのお越しを!」

派手な花束が、彼の背中越しに揺れた。余りにも似合っていなくて、ちょっと笑ってしまう。

*

「……今日こそ雹かしら」
「ああ?!何か言ったか!?」
「いえ、何も……」

なんと今月3度目のご来店だ。……雹でも足りないかもしれない。左馬刻さんはなぜか、いつもと少し様子が違って見えた。具体的に何がというのはわからない。でもどこか、居心地の悪そうな、苦虫を噛み潰し損ねて胃でその虫が踊っているのを我慢しているような。

「えっと、どうしましょう……?」
「……これで、適当に頼む」
「はあ……」

左馬刻さんはまた、いつのものように3万円を無造作に会計皿の上に置いた。それもどこか、いつもと違った置き方に見えた。気のせいかもしれないけど。でも彼の手は、少しこわばっているように見えた。そして強がっているように見えた。わざと、いつものような無造作に“見えるように”爪の先まで気を張っているように見えた。……多分、気のせいだと思うけど。

「いつもの感じでいいんですかね?」
「……あー。いつもの感じで頼むわ」
「わかりました」

違和感はぬぐえないものの、私はいつも通り、花屋として仕事をするだけだ。私はガラスケースの中の花たちをざっと眺めて、頭の中で花束の構成を考えていった。初夏だから小ぶりのひまわり……はこの前入れたか。じゃあ左馬刻さんらしさに合わせて青のキキョウかアガパンサス、それかルリマツリなんて、左馬刻さんの意外な優しさを表していて良いかもしれない。あれはどうだろう、これはどうだろう……と気づけば熱中して考え込んでいて、左馬刻さんが私に向けて控えめに「……なあ」と言うのを危うく聞き逃してしまうところだった。

「あっ、は、はい!すみません!」
「ただ呼んだだけだっつの。謝ってんじゃねーよ」
「ですよね……すみません」
「……テメー、わざとやってんのか?」

アハハ、冗談です。と笑うと、左馬刻さんも口角を少しだけ上げてニヤッと笑った。左馬刻さんとのこういう些細なやりとりが、結構好きだ。怖い人らしい、なんて、額面上の言葉としてしか私は知らない。私が知っているのは、ただの花を愛する人、だ(まあ確かに強面ではあるが)。

「いや、大したことじゃねーんだけどよ、アレ、入れろよ」
「……アレ?」
「アレだよ、アレ」
「はて、アレとは……?」

この会話だけ聞けば、完全に詐欺電話のそれである。つい想像してしまいぷっと小さく噴き出してしまったが、見れば左馬刻さんも少しニヤニヤしていて、おあいこだ。

「いつも入ってるやつあんだろ。草だよ、草。花じゃねーやつ」
「あ、えっと、もしかして、アンスリウムですか?」

言ってから、名前を聞いても左馬刻さんはピンとこないだろうと思い当たり、慌てて実物を見せて「これ?」と尋ねる。左馬刻さんは「おー、それだよ」と鷹揚に頷いた。

「でもこれ、葉っぱだから花束のメインにはなりませんよ」
「その、アンズ?……ナントカカントカ以外はお前に任せる。まあ、なんつーか、いつも通りでいいんだわ。……お前らしくやってくれりゃ、それでいい」

左馬刻さんはそう言った。私は言われた通り、いつも通り、花を選ぶ。と言っても、いつも通りって何なのか、気づけば私は全然わからなくなっていた。いつもどうやって花を選んでいたっけ。私らしくって、どんな感じにすればいいんだっけ。
ただ、私は混乱しながらも、なぜか左馬刻さんがぶっきらぼうに両手をポケットにつっこんでいるのが無性に気になっていた。それに、少しそっぽを向いたような斜めの顔の角度も。今まで、左馬刻さんがそういう姿勢をしていたのを見たことがなかった。

「……これでいかがですか?」

何とか花束を作り終えて見せる。左馬刻さんは数秒花を見つめて、それから柔らかく微笑んで「いいな」と言った。
……なにそれ。なにそれ。なにそれ!
初めて見る表情。初めて見る格好。初めて見る左馬刻さんのすべて。私は脳みそのどこかで、『左馬刻さんはきっと、恋人にこの花をあげるんだろうな』と思った。彼の瞳の中に映りこむ花たちの色彩すべてが、色鮮やかで、それは彼の心を表しているように見えた。

「……はい、では」

私はのろのろと、花の代金を計算して、お釣りになる端数を取り出した。左馬刻さんに、大事な女性がいることは、全然不思議じゃない。というか、いて当然だ。なのになぜか、しっかりちゃっかり傷ついている自分を発見する。えっと、もしかして私、左馬刻さんのことが、好きだったんだろうか?自分でもよくわからない。けど、多分そうなのだろう。自覚のなかったはずの恋心の芽が、土の中から無理やり引っ張り出された挙句、間髪入れずにちょん切られるというのは、なかなかひどい心地だった。しかもこの人は、私が、私らしく、彼のために作った花束を使って、どこか別の場所にいる素敵な恋人に愛を伝えようしているのだ。……なかなか残酷じゃないですか。

「……おー、じゃ」

左馬刻さんは片手を上げて、店を出て行った。カラン。うちの店のドアベルってこんなに寂しい音だっけか。
私は先ほど出た茎の切れ端たちを集めて片づけていった。なんだかどっと疲れてしまった。誰もいない店内で、私は一人佇んでいた。後片付けをしていると、あの寂しい音のドアベルがまたカランと鳴った。私は顔を上げる。驚いた。そこにいたのは先ほど去ったはずの左馬刻さんだった。

「あ、え……?どうしました……?」
「……これ忘れてっからよ」

そう言って、左馬刻さんは胸元から見覚えのあるくすんだ色のカードを取り出した。当店のポイントカードだ。有効期限は最終来店日から半年間。50ポイントでクーポン券プレゼント。

「た、確かに、忘れてました。すみません。今押しますね。あは、流石、ひと月に3回も花を買う人は違いますねぇ。しかも3万円分ですよ、もしかして次のクーポンまで今回でたまったんじゃないかな?」
「……おい」
「はい?」

ポイントカードから顔を上げると目の前にあったのは、……先ほど私が作った、花束だった。目の前にして、我ながら良い花束じゃないか、と思わず感心する。

「えっと……」
「これ」
「あ、返品ですか?何か気に入らないところありました?」
「やる」
「……はい?」

私は耳を疑った。左馬刻さんは相変わらず、少し顔を斜めに逸らして片手をぽっけに突っ込んでいた。

「……これ、私に?」

口から出てきたのは、予想外に甘い映画の台詞のような言葉だった。左馬刻さんは、静かに頷く。これも映画のワンシーンのようだった。意味がわからず、私はとりあえずポイントカードにスタンプを押した。

「えっと、どういうことですか?やっぱり不要になったとか?」
「……テメェのための花束だよ」
「え、だってこれ、左馬刻さんの……」

恋人にあげるんでしょ、とは流石に言わなかった。あくまでもそれは私の妄想だ。でも絶対そうだと確信していたのに。それほど、彼は愛情に満ちた顔でこの花を見てたのに。……えっと、どういうことなんですか?

「花屋なのに、花買う金もねーとか言ってただろうが」
「あ、た、確かに……」
「花屋で働くってことは、花好きなんだろ」
「それはまあ、そうです……」
「お前、ここんところ疲れてたろ」
「え?何でそれを……」
「クマがひでぇ。見ればわかる」

確かに、ここ1か月ほど、店長の代わりに花の仕入れまで私が担うことが増え、かなり寝不足で疲れていたのは事実だ。しかし一応腐っても接客業、疲れた表情は見せないでいたつもりだった。左馬刻さんにはバレていたみたいだけど。

「花やるから、元気出せ。お前この草、好きだろ」

左馬刻さんが指したのはもちろんアンスリウムだ。私の好きな葉っぱ。できる限りいつも忍ばせていた。左馬刻さんには気づかれていたのだ。

「……何で知ってるんですか」
「あ?いつも入ってんだろーが。普通にわかるわ」
「……左馬刻さんって、目ざといですねぇ。姑かって」
「あ?」
「何でもないでーす」
「元気、出たみてぇじゃねえか」
「……なんなんですか」

私は未だに目の前の花束を受け取れず、レジの中にボサッと突っ立っている。「なんなんですか。花も買えない貧乏人にお恵みでもくれてやろう的な魂胆ですか」言いながらも、こんなの的外れだなんてことはよくわかっている。私の手はじっとりと熱くなるばかりで、どうにもこうにも動かせない。

「まー、受け取れ。話はそれからだ」
「左馬刻さん、でも……」

色んな言葉が頭の中を駆け巡った。でも、改めて自分が作った花束を目にして、ああなんて綺麗なんだろうって、思ったら、自然と手が伸びて、花束を受け取っていた。

「……花束で元気が出るなんて、おかしいですね。花なんて何の足しにもならないのに」
「まだ言ってんのか、花屋のくせに」

誤魔化しで下らないことを言うと、左馬刻さんは笑った。妙な気分だった。再び自分の手の中に戻ってきた花束は、先ほど送り出したときとはまるで違ったものに見えた。左馬刻さんから手渡されたからだ。左馬刻さんからもらったから、花束は全く別の意味を持つ全く別のものに変わってしまったのだ。

「どうして……花束を……私にくれたんですか?」

何度も聞いた質問だ。でも、花束を受け取ってから聞くことに何か意味がある気がした。左馬刻さんはからからと笑う。「わかんねーのかよ。花屋のくせに」と、彼は言った。




2026/10/1
title by きらきら

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