永遠にも似た既視感に



※高校生

目が覚めたときから、既に決めていた。決まっていたと言ってもいいかもしれない。いつも通りの顔をして、いつもどおりの準備をする。行ってきますと家を出て、高校に着いたら校舎を素通り、寂れたベンチのある裏庭に直行する。

「球技大会なんて、はー、やってられっか」

ベンチにドサッと座る。息を大きく吸い、ふうと吐きだした。少し行ったところにある体育館からは、ボールを突く音や、準備運動をする声が微かに聞こえてくる。
別に、何があるわけでもない。ただ、気乗りしないだけ、それだけだ。球技大会なんて、単位に入るわけでもない、無駄なイベントに割いてやる労力もない、ただ、それだけだ。私は高校最後にクラスで参加する球技大会なんてものを欲してはいないし、それは彼らの方も同じだろう。私なんていうちっぽけな人間がいなくなった所で、大半のクラスメイトは気づきもしない。誰も私を、探さない。
ふと、鞄の中に煙草を入れてきたことを思い出した。流石に学校で吸ったらバレて怒られるだろうか?……いつもは、こういうことに対してやたら口うるさい奴が隣にいて、リラックスして煙草を吸うこともままならないのだ。こうして一人になった時くらい、ちょっと吸っても、神様は許してくれるだろう。
鞄の内ポケットの中の煙草を手探りで取り出す。一本取り出して銜え、また手探りでライターを探す。

「ちょっと、お嬢さん。見つかっちゃマズい物、口に銜えてないかい?」
「……ッ。大和……」

一番、やっかいな奴に見つかって、しまった。

「やっぱ、いるとしたらここだと思ったんだよな」
「何で……」
「朝家出るときお前見えたから、学校には来てるよなーって。お前の考えてることはだいたいわかるよ」
「……だからなんであんたはここに来たのよ?」
「俺?名前が寂しくて泣いてるんじゃないかと思って、お兄さんが探しに来てあげたんじゃないか」
「絶対、嘘。私を探すのにかこつけて自分もサボろうとしてるに決まってる」
「おっ、ご名答。流石、幼馴染み、よくわかってるねー」
「……私だってあんたの考えることはだいたいわかるわよ」

大和とは、小さい頃からの幼馴染みで、腐れ縁中の腐れ縁だ。風呂だって小3くらいまで一緒に入れられていたし、ファーストキスだってこいつと保育園で済ませた。家の居心地が悪いらしい大和はしょっちゅううちに勝手に遊びに来て、いや私もう思春期なんだからお母さんこいつ家に入れないでよ!と思ってたらいつのまにかお母さんが合い鍵を渡していた。中学の頃は当然のように一緒に登下校し、高校選びも『大和君が一緒なら安心ね!』というお母さんの超安易な一言ですぐに決定した。高校に入ってからは流石に登下校は別々にしているものの、同じ場所、同じ時間を目指して家を出るのだから、家を出た途端偶然ばったり、なんてことはざらだ。
さらに厄介なことは、ただの幼馴染みだと言うのに、こいつはいつも私のお兄ちゃん気取りで、私に対していらないお節介をしてくるところだ。煙草吸うなとか、宿題やれよとか、夜更かしはお肌に悪いわよ、とか。お兄ちゃんじゃないな。おかんだな。おかんだこいつは。

「球技大会つってもさ、単位くれるわけじゃねーんだろ?だからサボり。こういうのって、みんな熱くなっちゃって、苦手なんだよな。ほどほどにすりゃいーのに」
「……そんなこと言っちゃって、本当は一生懸命にやるのも、嫌いじゃないくせに」
「何だよ、お前。適当言うなって。幼馴染みだから俺のこと何でもわかるんじゃなかったのか?」
「わかるよ。だから言ってるの。きっと大和にも、いつか夢中になれるもの、見つかるよ」
「ハイハイ、そーですか」

大和は興味なさそうに言って、私の隣にどかっと座った。無駄に気持ちよく晴れた空は、私たちを諫めてるみたいにも見える。

「じゃあ今度は俺が名前のこと当てる番な」
「へ……?」

急にそんなことを言う物だから、驚いて大和の顔をまじまじと見てしまった。久しぶりにじっくり顔を見たけど、こいつ目つき悪いな……格好いいとかキャーキャー言ってるクラスの女子の気が知れないわ。……って、そうじゃなくて。

「……お前、泣いてただろ」

大和の目は、真剣だった。
……どうして、バレたんだろ。煙草を取り出す前に、綺麗に拭いた筈だったんだけど。

「泣いて、ないし……」
「学校サボって一人で泣いてるとか、ベタか」
「うるさいなぁ」

大和は静かに、私の右手を取った。少し、どきっとする。小さい頃、飽きる程触った手のはずなのに。裸ん坊で一緒にお風呂に入る仲だったはずなのに。なんだか、さっきから大和が、私の知ってる幼馴染みじゃないみたいだ。大和何を考えてるか、何だってわかるはずだったのに。今は、全然わからない。

「……私たちって、当たり前みたいにずっと一緒にいたけど。でも……卒業したら、離ればなれ、だよね」
「……そうだな」
「それってなんか……変な感じ。ずっと一緒にいたのに、自分の片割れがいなくなっちゃうなんて」
「なんだよ、お前、寂しいの?」
「……当たり前じゃん。寂しい……よ」
「……名前、あのさ、」

この後、大和が何て言うのか、聞くのが怖い。離ればなれになりたくないと、私だけが思ってるんじゃないかって。寂しいのは、私だけなんじゃないか、って。

「いっ、言わないで。怖いの……。何も……言わないで……」

大和は驚いたような顔をして、でもすぐにいつものように少し意地悪に笑った。そして、
キス、された。言葉の代わりに。とても優しいキスを。

「え……」
「言うな、って非道くねえか?」

大和は、なんでもない、みたいにカラカラと笑って、そっと私を抱きしめてくれた。

「なん、で……」
「何でも何もねえだろ。お前、俺しかいないクセに」

怖かった。ずっと隣にいた人が、離れてしまうことが怖かった。でも、怖かったのは私だけじゃなかったって、漸くわかったのだ。優しくて、切ないキスが、それを教えてくれた。
私たちは抱き合ったまま、しばらく互いに身を預けていた。





「……二階堂、苗字……」

後ろから名前を呼ばれ、慌てて振り返ると、そこには数人のクラスメイトがいた。みんな、静まりかえっている。心なしか、わなわなと震えて、怒っている、ような……

「二階堂……!俺たちが必死でドッジボールやってるあいだ、俺たちの苗字さんとリア充しやがって……!」
「アハハ、ごめんなって。でも、ドッジボールなんかよりも、こっちの方がよっぽど青春だろ?」
「テメェーーッ!」

数人のクラスメイトが、寄ってたかって私たちを引き離した。そのまま彼らは、大和をぐいぐいと引っ張って体育館の方へと連れて行ってしまう。

「二階堂は試合だ早くこい!」
「うーす」
「苗字も!女子の試合はじまるぞ!」
「え、あ……うん」

ほとんど力尽くで連れて行かれる大和の後ろを追いかけて着いていくと、大和がこっそりこちらを振り向き、ニヤッと笑った。
そういえば……と私は自分の頬を触る。気付けば、涙なんてすっかり引っ込んでいて。
世界中の誰も、私のことを必要としてくれなくたって、いいのだ。大和、あなたが、私の隣にいてくれるのならば。


2020/05/25