「六道君、今日は何して遊ぶ?」
「……また貴女ですか」
僕は、うんざりしている。
黒曜中に潜入したのは、あくまでもボンゴレに対抗するためだ。その中で、みんなに慕われる優等生になる必要があった。
偽りの笑顔を振りまき、馬鹿なクラスメイトたちから羨望を集める。
最初は、楽しかった。馬鹿な連中を高みから眺めるのは、まるで動物園にいるかのようで。僕がちょっとエサを振りまくだけで、みんな尻尾を振ってすり寄ってくる。
その中に一匹、目障りな女がいた。まるでチワワみたいに、目をキラキラさせた生命体。
苗字名前という、女子生徒だ。
正直に言おう。僕はこの少女が、とてもきらいだ。
「六道君、今日の国語の授業、すっごく格好良かったわ!急に当てられたのにスラスラって答えるんだもの」
「……あのー、すみません、名前さん。僕、ちょっと今忙しくて。頼まれてる委員会の仕事を終えなければならないんです」
にこ、と微笑むのも忘れない。
自分自身のいかにも優等生という喋り方に吐き気がした。
委員会の仕事なんて、その辺のやつらを操ってやらせれば良いので、忙しいというのは上辺の理由だ。
ただ只管この少女と離れたい。理由はそれだけ。
春の日向のような目をした少女と直視することができるほど、僕は無垢じゃない。
「私、六道君のお仕事手伝うわ。意外と書類仕事は得意なのよ?」
「……あのね、そういう意味じゃないんですよ」
「あ、じゃあ応援するわ!六道君がお仕事をしているあいだ、ここにいて、静かに見守って応援するの」
「……いい加減にしないと、」
あまりにも聞き分けの悪い名前に痺れを切らした僕は、つい優等生の仮面に手をかけてしまった。
……まぁ、いい。これで僕を恐れた名前が僕に近づかなくなるのならば。
と、思っていた、のだが。
「いい加減にしないと、何をするのかしら。私を、殺す?」
突然、名前の声が低く、くらくなった。
ハッとして名前の顔を見ると、そこにはいつものように、清く明るく光る瞳の少女がいる。
……僕の聞き間違い、か?
「……何を言ってるんです?」
「あら、違ったかしら。六道君が、そう言っているみたいに見えたから、つい」
やはり聞き間違いではなかったようだ。
それでもやはり、名前はきらきらと笑い、まるで汚れを知らない少女に見えることは変わらない。
「……貴女は、僕のことを……」
「好きなの。六道君を見ていると、うっとりしてくるのよ。愛していると言ってもいいわ」
「あ、貴女は僕の何を知っていると言うんです!」
つい、大きな声が出てしまった。
流石に名前は怯えるかと思ったが予想に反し、
「そう!それよ!」
と笑顔で言った。
「……え?」
「六道君の、微笑みの奥に見える、その闇。隠しても隠しきれない、深淵。嗚呼、想像するだけでうっとりしてしまうの。どこまでも、深く、その闇に墜ちて行けたらと」
「僕の、闇、ですって?」
もしかして、からかっているのだろうか?戯れに冗談を言っているだけなのでは?
それとも。
この,無邪気な、ただの愚かな人間——名前には、僕の内側が視えているとでも、いうのだろうか。
そんなはずはない。僕がどれだけ完璧に、優等生を装っているか。
誰にも気付かれたことはない。気付かせるわけには、いかない。
「そう、闇。深い深い、闇。引き込まれるような、漆黒の晦冥。その先には死後の国があるような」
「……あなたが何を言いたいのか、さっぱりですよ」
「六道君の持つ、死に興味があるの。貴方の持つ、彼岸の輝きに」
無言で名前の言葉を聞く。
どのような表情を彼女に向けて良いのかわからなかった。
「全てひっくるめて、六道君が好きよ」
「……僕が、世界の敵になったとしたら?」
「その前に私が世界の敵になるわ」
「馬鹿馬鹿しい。貴女が世界の敵、ですか?」
「そうしたら、六道君。貴方が私を殺してくれる?」
「……そうだと言ったら?」
彼女は笑顔を浮かべた。まるで、本当に喜んでいるかのような、満面の笑み。
「喜んで死ぬわ!」
「……貴女は、」
「六道君が手に掛けてくれるのなら。私は喜んで享受する」
僕は、視て、しまった。
春の日向のようだと思っていた彼女の瞳には、
夏の暗闇、あるいは
秋の暁、
冬の稲光、
春の遠影が蠢いていた。
「……貴女を見ていると、寒気がしてきます」
「褒め言葉ね」
やはり彼女は満面の笑みだった。
「……ええ、そうです」
同族嫌悪。
その言葉が脳裏に浮かぶ。
やはり僕はこの少女がとてもきらいだ。
「いつか、殺しますよ」
そう囁いて、そっと口づけた。
地獄を蝕む春のように