「ねえ、骸。聞いてもいい?」
「何でしょう?」

恐らく、骸の周りに他の人がいないのはこの朝食の時間だけだった。だから私が骸と普通に話すことができるのはこの時間だけなのだけれど、私がこうやって骸に話しかけると後からMMがやって来て私をひどく蔑んだ目で見ながら「女の子は朝の身だしなみに手を抜かないものよ、ねえ苗字」と嫌味ったらしく言ってくるのだ。ともかく、その貴重なタイミングにやっと骸に話しかけた私だけれども、こちらを向いた骸の真っ直ぐな瞳に射すくめられて、その先がなかなか言い出せなくなってしまったのだ。

「……用があるんじゃないんですか」
「あっ、ごめんなさい、ええと、あの……」

骸に続きを急かされて、やっと私は「骸がこんなこと真面目に聞いてくれるかどうか分かんないけど」と前置きして(骸はものすごく嫌そうな顔をした)、話をはじめた。

「あの、さ。に、人間っていつかは死ぬよね」
「何当然のこと言ってるんですか」
「あ、だ、だよね。それでさ、もし、もし私が……私が死んだら……骸は、どうする?」

これは、ただの、友愛を確認したいだけの幼稚な質問だった。骸なら、どうもしませんとかそういうこと言いそうだなあと思いながら、私は、質問を続けるしかなかった。

「骸は、泣く?私のためにさ、泣いてくれる?悲しんでくれる?」

とか思ってさ。あとからとってつけたようにそう言って、私は骸を見る。骸の瞳には”六”という字が刻まれていて、それは骸が前世で死後の世界を巡ったことを意味している。

「もちろん、泣きますよ」

トーストを口に含みながら、もぐもぐと言わせて言う『もちろん』はあまりにもうさんくさくて、でも私はすごく嬉しくて、ああそろそろMMたちが来てしまうとか考えながら、しつこくも繰り返した。

「ほ、本当に?」
「僕が名前に嘘を吐くとでも?」
「い、いやそういうわけじゃないけど」
「そんなに信用ないですか?」
「ううん、違うの……!」

骸の言葉が嬉しくて、私はサラダを頬張った。

「念のために何度も確認しちゃうけどさ、本当に、私がいなくなったら悲しい?寂しい?」
「あなた中々しつこいですねぇ。さっきからそう言ってるんですけどね」
「そう……だよね。うん」
「嗚呼、名前、あなたがいなくなったら、狂おしいほどに涙を流し、君が居ないこの世界を壊してしまうと約束しますよ。賭けてもいい」
「う……うわー、骸ならやりそー!こわーい」
「声が大きいです、食事中ですよ」
「……だったら、」

極力、骸を見ないように、目の前の野菜スープだけを見つめながら。

「だったら、いつか、私を殺すのは骸がいい」
「……何ですか?」

骸は少し意外そうな顔をして、でもすぐにいつもの平静を取り戻して、私を見つめた。額の辺りに、骸に見つめられているのを感じる。

「意味、解って言ってます?」
「わ、わかってるよ!」
「……なら、理由を聞きましょうか」
「……あのね、誰かが、そう骸あなたが、私のそばで悲しんでくれるうちに、涙を流してくれるうちに死んでおきたい……から。わかる、よね?骸が悲しんでくれるなら、明日死んでも構わないんだ。なんなら今死んでもいい」
「……」
「私は骸のせいで死にたい。いつか私が骸の隣からいなくなる前に」

骸はいつの間にかまたトーストを食べ始め(さっき手を止めたと思ったのに)左手でコーヒーをぐるぐるとやりながら、またもぐもぐ聞き取りづらい喋り方で言った。

「……考えておきます」
「よかった……!ありがとう……」

骸は、私のことを見ていない。もっと、遠くて、大きな物を見ているから。
必要とされるうちに、いなくなってしまいたい、のだ。
嗚呼。どうかお願い。


いつか訪れる喪失の夜
(あなたと一緒に、生きたかった)