ステラの熱に浮かされる




「暑い……」
「暑い、ね……」

うだるような暑さの8月。滝のような汗をかく私たちがいるのは日差しのもとではない。

「ねー、やっぱファミレスとか行こうよ。これじゃ熱中症になっちゃうって」
「いーや、エアコンの修理代で10万飛んだんだから、そんな贅沢言ってられないっしょ……」
「ああ、私たち、ここで二人、死んでゆくのかしら……」
「不謹慎だよ、名前」

うっさい、徹。そう言って徹の頭をぺしんと叩く、気力もない。不謹慎な冗談だって、言いたくなるよ。部屋の温度をチェックするのはとうの昔にもうやめた。いにしえに、知らぬが仏という言葉を作った人を讃えたい。知らぬが仏、知れば地獄だ。人は、現実から目を逸らさないと生きられないときだってあるのだ。だがお前、心頭滅却すれば火もまた涼しと言った、いにしえの人、お前のことは許さん。

「アイスは……」
「さっき、最後の一個食べたでしょ」
「えー」
「麦茶飲んで気を紛らわそう」
「夏がこんな暑いなんて聞いてなーい!」
「人生何年目だよ」

幸い、今は午後4時、一番暑い時間帯は過ぎた。今を耐えれば、少しは涼しい風が入ってくる……はず、だ。それを信じて耐え抜く他ない。
窓は全開、扇風機は"強"、首にはアイスノン。なのに、それを凌ぐほどの暑さだ。今日ばかりは、地球温暖化を恨まずにはいられない。これまでエコに積極的でなかった自分が恨めしい。

「……って、何してるの?」
「懺悔」
「はぁ?」
「今まで、マイバッグ忘れていつもレジ袋もらってすみませんでした……地球さん、ごめんねって……」
「わあ名前がついに壊れた」

こんな状況でも愉快そうに笑う徹は、私とは比べ物にならないくらい、汗だくだ。やっぱり基礎代謝が違うからだろうか。華奢なのに逞しい腕をふとみると、汗が今にも滴り落ちそうだ。

「あっ……」

つい、手を伸ばした。でも間に合わず、汗は重力に従ってフローリングに落ちる。そのままそっと、徹の二の腕に触れる。

「……どーしたの」
「別に……」

徹が、ニヤッと笑った気がした。外から入ってきた久々の風に気をとられていると、徹に触れている私の手を彼が取る。

「どーしたの、ってば」
「いや、汗が……」
「ふうん……」

徹は手を離さなかった。代わりに、というか、もう片方の手で徹が私の二の腕に触る。

「砂漠ではさ。気温が体温より高いから、裸で抱き合うとかえって涼しいんだって」
「……うそだ」
「……本当かどうか、試してみようか」

再び、涼しい風が吹き込む。もう涼しいから大丈夫だよ、なんて言葉、熱に浮かされた私たちには必要ないのだ。


2020/6/28

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