「……あーあ」

はじめから、夏祭りなんて全く乗り気じゃなかった。
友達に半ば無理矢理連れてこられたのだ。
と言っても、その友達も意中の男の子といつのまにか人混みに紛れていった。
一緒に浴衣着ようって、思い出作ろうって、言われて、一人舞い上がってた私が馬鹿だったんだ。
夏の終わりに。こんなに沢山人がいるのに、私はひとりぼっちで、ここにいる。
りんご飴、ヨーヨー釣り、わたあめ、金魚すくい。きらきらしたもの全てが、私を追い詰めてるみたいだ。

友達のことなんて諦めて、すぐ帰ろうかとも思ったけど、どこか期待してる自分もいた。
このきらきらの中で、何か素敵なことが起こるんじゃないかって。奇跡が、起こるんじゃないか、って。
だから、何かを求めて、彷徨っていたのだ。

でも、履き慣れない下駄で、足はもうぼろぼろ。
もう、流石に帰ろうか、な…。
そう思って、最後に休憩しようとベンチを探していた。

「そこ……隣、空いてますか?」
「……!ああ、空いてる、よ…」

私が声を掛けると、そこに座っていた男の子は少しビックリしたみたいだった。
男の子は被っていた帽子を深く被り直し、少し横によけてくれる。
その様子は少し気になったけど、せっかく場所を空けてくれたのだから、足がもう限界を迎えている私は有り難く座らせてもらうことにする。

「……キミ、一人なの?夏祭りなのに」
「あ……。友達、好きな子とどこか行っちゃって」

さっきは暗くてよく見えなかったが、隣に座ると男の子がものすごく美形だということがわかった。それに、すごく良い声だ。聞いていると、幸せな気持ちになるような。

「あなたも。一人なの?」
「……そうだね。ボクは、一人だよ。トモダチと来たんだけど、はぐれちゃったの」
「あはは。私とおんなじだね」
「そうだね」

男の子は柔らかく笑った。こちらがはにかんでしまうくらいの、素敵な笑顔。
私はなんとなく、天使みたい、なんて思った。

「……ねえ、初対面なのにこんなこと言うの、失礼かも知れないけど……」
「いいよ、言ってごらん」
「あなた、すごく格好いいね。私テレビとか全然見ないからわかんないけど、モデルさんとかなのかな?いわゆるイケメンってゆーのとは、ちょっと違うけど……さっき、天使みたい、って思っちゃった。アハハ、変かな?」
「いや、変じゃないよ。というか——」

男の子は突然、ニヤッと笑った。
さっきまでの天使みたいな雰囲気と全然違うから、私はぎょっとしてしまった。

「……え?」
「キミ、ボクのこと知らないんだね。天使みたいって、それ素?アハハ、変な子。……ふうん、面白いね、キミ」
「な、なんかさっきと雰囲気変わっ——」
「ねえ、ボク、本当に天使だよ。『現代の天使、九条天』って言われてたの。知らない?」
「く、九条君って言うんだ?ごめん、有名な人、だったんだね。気付かなくて私——」
「いや、……寧ろ好都合だよ」

さっきまでの天使な笑顔とは裏腹に、男の子は、とても意地悪そうな笑みを浮かべていて。

「な……」
「キミの前では猫を被る必要がないってわけ」
「天使、だったのに……」
「ボクのことは、天でいいから。天使じゃないよ。キミと同じ人間だ。……キミ、名前は?」
「わ、わたしは苗字名前だけど……」
「わかった。じゃあ、名前」

天は、急に立ち上がり、私に向かって手をさしのべた。

「へ……?」
「ぼけっとしてないで、行くよ。足ももう大丈夫だろう?」

私が足を痛めてたこと、気付いてくれてたんだ…………じゃなくて!(危なく天のペースに飲まれる所だった……ッ)

「な、何で私が天と?!」
「何でって、せっかくの夏祭りだよ。ボクがエスコートするよ?お姫様」
「な……ッ!」

ここで天使の笑顔は、ずるい。反則…っ!

「そ、そこまで言うなら……」
「ほら、さっさと行くよ。ボクは忙しいんだよ。射的もしなくちゃいけないし、たこ焼きも食べなきゃいけない」
「ちょっと、私をエスコートしてくれるんじゃなかったの?!」
「うん、するよ。ボクの用事の合間にね」
「この……!」

これだけひどい態度を取っているというのに、顔は天使のような笑顔のままなのだからたちが悪い。
天は自分でわかっているのか、いないのか。この笑顔で言われると言うことを聞きたいような気持ちになってしまう。

「……わかった」

……もういい。決めた。
せっかくだから、この状況、全力で楽しんでやるっ!

「よし天、まずは射的、行くよ!」
「お、やる気出てきたみたいだね。そう来なくっちゃ」

ひとまず、一番近くの射的の屋台に行く。
奥に並んでいる玩具を射的の玉で落とせばそのままもらえるという物だ。
こういうのは大抵、良い景品は中々落ちないように細工されているものだ。
だから、景品を狙うのではなくて、もらえないことを前提に射的そのものを楽しむ、というのが普通なのだが……

「……!また当たった!」
「何コレ」
「何って、最新型のゲーム機だよ!天、知らないの?」
「うん。知らない。ゲームなんてやってる暇ないし」
「えー、いらないならちょうだい」
「いいよ。名前にあげる」
「いいの?!」

天は見事に高額商品を当てまくった。
口をあんぐり開けた店主の顔が忘れられない(ちょっとだけ、気の毒だけどw)

「天、すごいよ。射的、上手いんだねぇ」
「こんなの、背筋を伸ばして、重心を下に持っていって、芯を揺らさないようにして、腕を真っ直ぐに伸ばすだけで、余裕だよ。ボクには簡単だ。自分の体を自分でコントロールするのは慣れてる」
「すごいなー。何か運動でもやってるの?スポーツ選手とか……?」
「ん……まあ似たようなもんかも、ね」

次は、金魚すくい。
色とりどりの金魚が泳いでいて、とても綺麗だ。特に深紅の金魚に目を奪われて、つい目で追ってしまう。

「でも、私金魚すくい上手く行ったことないんだよね……」
「ボクは今までやったことないんだ。そんなに難しいの?」
「うん。ここが紙だから、すぐに破けちゃうんだよ」
「ふうん……」

しかしそんな心配をよそに、ここでもまた、天の天才的な能力が発揮された。

「お、お兄ちゃん、それ以上取ったら、うち、つぶれちまうよ……!」
「ごめんね。金魚、全部返すよ。うちじゃ飼えないし」
「いいのかい……?」
「うん。あ、1匹だけ、もらっていってもいい?」
「ああ、もちろんだ!」

天の手首のスナップに目を奪われていると、突然「ほら」と目の前に何かが差し出された。

「えっ……」
「この金魚。目で追ってたでしょ。名前にあげるよ。ボクのことをじっと待っててくれたご褒美」
「いっ、いいの?!」
「どうぞ、お姫様」

小さな袋の中で、悠々と泳ぐ、金魚。
それは紛れもなく、さっき私が目で追っていた深紅の金魚で。

「嬉しい……!天、ありがとう!大事に育てるよ!」
「アハハ。名前って……笑うとそんな顔するんだね」

天が急に真剣な声を出すもんだから、私は一瞬ドキっとしてしまった。

「な、なによもう突然……。さ、早く次行くよ!」

私は胸の高鳴りを誤魔化すように、次の出店へと向かった。
次に見つけたのは、たこ焼き屋だった。天のお目当ての1つだ。

「たこ焼き、食べたかったの?」
「うん。前に、あいどりっs……じゃなくて、トモダチの一人が食べてるのを見たんだ。それから食べたい気分になっちゃって」
「あ、わかる、誰かが食べてると、無性に食べたくなるよね」
「それそれ」

たこ焼き屋に並んでると、後ろに若い女の子のグループが並んできた。
その子たちはアイドルのファンみたいで、熱心に色んな話をしている。

「でね、その時の陸君が超格好良かったの!」
「私も見たかったー!でも、私は断然Re:vale派だから!やっぱ千が一番イケメン!」
「やっぱ今一番勢いあるのはŹOOĻでしょ?!私はミナ君派!」

心なしか、天はさっきよりも帽子を深く被り直したみたいだった。

「どうしたの?大丈夫……?」
「気にしないで。ボクのことは放っておいて」
「……?」

無事にたこ焼きを買い終え、端に座って二人で食べる。

「熱っ……!」
「一気に口に入れるからだよ」
「だって美味しそうだったから……ほら、天も食べて!」
「うん。……あ」

天は私の顔をじっと見る。

「ど、どうしたの、天……?」
「じっとして……」

天のしなやかな指が、私の頬を撫でる。
私は自然と緊張して、固まってしまった。
天の指は頬を滑り、私の唇に触れる。

「ち、ちょっと、天……」
「……取れた」
「え?」
「ソース。ついてたから、取ってあげたよ」
「あ……」

天は何でもないような顔をして、指についたソースをぺろっと舐めた。

「ん、美味し。名前ったら、そんな顔しちゃって、何か期待したの?お馬鹿さん」
「な……ッ!」
「顔、真っ赤」
「うるさい……っ!」

天に聞こえるんじゃないかって心配になるくらい、心臓がバクバク言っている。
私は気を取り直すために、さっき気になったことを天に聞いてみた。

「ねえ、さっき……。私の前では猫を被る必要がない、って言ってたよね。それってどういうこと……?」
「……っ。そんなこと、言ったっけ?」
「うん、言ってたよ。それに、テレビに出てる人?って聞いたらはぐらかしたよね?スポーツやってるの?って聞いたときも……」
「……キミには、関係ないよ」
「天……」

天は、申し訳ないというような顔をして、少し笑った。
それが私にはたまらなく寂しくて、泣きそうになってしまう。(本当にお馬鹿さんだな、私)
……そのとき。

「……わあ……!」
「花火、だ……」
「きれい……」

満点の花火が、夜空を埋め尽くしていた。

「……そうやって笑って。」
「え?」
「名前、キミはそうやって笑っててよ。ボクは、キミの笑顔が好きだよ。さっきそう思ったんだ」
「え、す、好きって……」
「そのままの意味。……たこ焼き、ボクが全部食べていいわけ?」
「あっ!ちょっと、天、ズルいよー!私も食べるんだからっ!」

あはは、なんて、二人で顔を見合わせて笑った。
私も、天の笑顔が好きだ。そんなこと、照れくさくて言えないけど。

ふと、花火が途切れた合間。
天がまた寂しそうな顔をして言った。

「……ねえ、名前。ひとつ、ワガママを聞いてくれる?」
「うーん、できるかわかんないけど。……言ってみて」
「名前、キミは、ボク以外の人の前で笑わないで。……笑顔は、ボクだけの物にしたいから。名前は、ボクだけのアイドルになって」
「あ、アイドル……?」

天は立ち上がる。私も立ち上がろうとするが、天に手で制止された。

「て、天、どこに行くの?」
「ボクは、戻らなくちゃ。……ステージに。みんなのアイドルに。だから、キミはボクだけのアイドルになって」
「え……?」

天は腰を屈めて、私に顔を近づけた。
それは、とても優しい、口づけ。

「天……」
「さようなら。キミに会えて、よかった。これから先も、テレビ見ちゃダメだよ。……あ、ワガママ二つ目だね、ごめんね。でもお願い、ボクのワガママ、叶えて欲しい」
「て、天……!」

私は堪えきれず、立ち上がった。
でも、歩き疲れた足が悲鳴を上げて、一瞬よろけてしまう。

「あっ……」

気付けば、その一瞬に、天はいなくなっていた。

幻、だったのかもしれない。
花火みたいに、私を惑わせて、そして消えてしまった。

残ったのは、夏祭りの喧噪と、食べかけのたこ焼き1つ、そして、きらきらと泳ぐ、深紅の金魚。

「さようなら……」

天が本当に天使や、幻だったなら。
私の心に残った、この気持ちは何だと言うのだろう。



夏が連れ去る幻は、私を容易く惑わせる

(天使や、幻だっていい。もう一度あなたに会えたなら。)



2020/7/18

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