インソムニアに飽きるまで



しんと静かな夜。月ばかりが明るく、邪魔に思える程だった。こんな夜更けに、スニーカーをつっかけて外に出る。なんだか大人になったみたいで、心臓がむずむずした。

「ゲオ?」
「TSUTAYAの方が近くない?」
「あそこまだやってたっけ」
「多分1時まで」
「お、ギリ行けるな」

隣を歩く黒尾は、威圧感がある程の長身であり、長い手足をもて余している。背の低い私と並ぶとまるで宇宙人に拐われる子どものようだと、何度からかわれただろう。でも今はそうやって揶揄する人など、周囲には当然いない。半歩、彼に近づいて、そっと彼の手を握った。

「珍しいじゃん」
「だって……今は二人だから、いいかなって……」
「名前さ、そーゆうの、反則。照れちゃうでしょ」

そう言う黒尾は、全然照れてなさそうな、余裕綽々の笑みだ。私はムカついて、繋いでいる手を強く握った。

TSUTAYAに着き、自然と分かれてそれぞれ好きな棚を物色する。私は新作コーナーを一通り見て、結局準新作のラブストーリーを選んだ。アイドルが体当たり演技に挑戦、というもので、面白くはなさそうだが話題性はありそうだ。
黒尾のところに行き合流すると、彼も既に選び終わっているようだった。手のなかにあるDVDを見ると、子どもが顔に手を当てて叫んでいる、見覚えのあるパッケージがちらりと見える。

「またそれ?!季節外れだし、テレビでも何回もやってるし、見飽きたんだけど」
「まあまあ」

黒尾が持っていたのは、クリスマスに家にやってきた泥棒を子どもが一人で退治する……という定番の、あれだ。面白いし、たまに見たくなるのは事実だが、レンタルビデオショップに来ると必ずと言って良いほど、黒尾はこれを選ぶのだ。

黒尾の勢いに押されて、結局またそれを借りることになってしまった。会計を済ませて外に出ると、相変わらず月が我が物顔で空に鎮座している。

「ねー、この前もこれ見なかった?」
「そうだっけ?」
「流石に飽きちゃうよー。展開全部わかるもん」
「あはは、何言ってんの」

長身の黒尾は少し屈んで、顔を近づけた。ひそひそ話みたいに、手で口を覆って、私の耳元で囁く。

「途中で飽きるために、これにしたんでしょ」
「……ばかっ」

自然と、手を繋いで歩く。大人になりきれない私たちを、月だけが見ているのだ。

2020/8/2

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