何だこりゃ。鏡を見ながら少し考えて昨日の夜に思い当たると、勝手に胸が高まった。
スエットにTシャツという完全に休日スタイルのまま寝癖を直すこともなく、麦茶を注いだマグカップに口をつける。ソファーに座ると夕方のニュースが天気予報を伝えていた。外に出るつもりもないが、どうやら小雨が降るらしい。あいつ、早く帰ってこねーかな。何となくそう思ったのと同じタイミングで、アパートのドアがガチャガチャと大きな音を立てて開いた。
「鉄朗っ!!!何よこれ!!!!」
ただいまの挨拶もそこそこに、部屋に飛び込んできた名前。何だよこれって聞きたいのは俺の方だと言い返す間も無く、もの凄い剣幕で詰め寄って来た。
「おかえり。何って、何がよ」
「はぁ…?!あんた、まさか覚えてないなんて言うつもりじゃないわよね?」
「覚えてなーい」
「うざっ!覚えてないわけないでしょ?!見てよ、これ!!」
そう言って引っ張ったTシャツの襟ぐりから覗いたのは、綺麗な紅い痕。
「…………わり。マジで覚えてない」
「あんたねー!!今日学校で友達に指摘されてめちゃくちゃ恥かいたんだけど!!」
「あのさ」
「な、何よ」
「俺の台詞なんデスけど、それ」
「……へ?」
Tシャツを脱いで見せた俺が、首元にポツリと色づいた同じ紅い痕を指でなぞると、名前はおもしろいほどに顔を真っ赤にさせて目を見開いていた。
「覚えてない?」
「え、その……そ、それ、私が……っ?!」
「大正解」
わなわなと震える唇に噛みつけば、先程までの威勢はどこに行ったのか、肩をぴくりと跳ねさせて、まるで小動物のように大人しくなる。
「……ずるい」
「それも俺の台詞。そんな顔、ずるいでしょ」
そんな艶っぽい顔は、ずるい。止まらなくなっちまう。優しく口付けながら名前の右手をとって、俺の首についた痕に触れさせる。俺が反対側の手で名前の首の痕をゆっくりとなぞると、名前はくすぐったそうに肩を竦めた。
「忘れたなら、もう一回すれば思い出すんじゃね?」
「ばか」
「は、そんな顔で言っても煽ってるようにしか見えないっての」
ベッドまで手を引いて優しく押し倒す。潤んだ瞳が昨夜と重なって、昂っていくのが自分でもわかる。痕の残る首元に顔を埋めると、真っ赤に濡れた果実の様な瑞々しい唇が、恥ずかしそうに小さく開いた。
「次は服で隠れる場所に付けてよね……っ」
そういうのが、ずるいんだって。
後悔しても知らねーからな、そう言って深く口付けると、空気の読めないスプリングが、大きくぎしりと軋んだ。
2020/9/5