マリブコークと、モスコミュール



無駄に薄暗い店内は私を緊張させるための装置かのようだ。そこかしこから聞こえる、ざわざわと耳障りでない上品な話し声は、まるで私を『場違いだ』と責め立てているみたいだった。私は少し俯いて、ジーンズを履いた自分の足を見つめる。こんな所に来るなら、もっと、何と言うか、小洒落た?スカートみたいなものを履いてくればよかった。気に入って買ったはずのダメージジーンズが、途端に子どもっぽく私を飾り付けるチープな布に感じる。ジーンズだけじゃない。大きなかごバッグも、デジタル時計も、何もかも、私の子供っぽさを強調しているかのようだった。……いや、違うな。こんな服や小物が似合ってしまう私は、こんな洒落た場所に来てはいけなかったんだ。場違いなのは服でも小物でもなく、私自身、なんだよな。

「ごめん、お待たせ。飲み物決めた?」

声を掛けられて顔を上げると、私をこんな惨めな気持ちにさせてくれた張本人、逢坂くんが、穏やかに微笑みながら目の前の席に座るところだった。憎たらしい、と思うけど、どうしようもない。

「それにしても、同窓会で名前さんに再会できて、嬉しいな。もう会えないと思ってたから……」
「う、うん……」

逢坂くんは慣れた手付きでメニューを開き、何やら素敵な洒落た名前のお酒を店員さんに告げた。目で促されて、仕方なく私も小さな声でマリブコークを注文する。つまむ程度だけど、と言って逢坂君がナッツとドライフルーツの盛り合わせも追加した。ナッツと、ドライフルーツ。なんてお洒落な物をつまみにするんだろう。人としての格が違いすぎる。まるで大人と子ども。月とすっぽんだ。しばらくしてバーカウンターからお酒を手渡される。逢坂くんの(なにやら小洒落た都会の名前の)お酒はとても綺麗な琥珀色で、ますます自分の子どもっぽいコーラ色が恥ずかしくなった。

「それじゃ……」

カンパイ。チン……。月9かよ!とツッコみたいのを震えながら我慢する。
私が月9女優なら。私が可愛げのある大人の女なら。ここで私と逢坂くんは恋に落ちるのだ。何気ない瞬間、もの寂しげな横顔にきゅんとして。隣り合う肩と肩の数cmをもどかしく思って。
でも、残念ながら私は女優じゃないし、可愛げもない、ただの子どもっぽくてひねくれ屋のアラサーだ。こんな身の丈に合わないバーに連れてこられても恐縮しかしないし、きゅんとしてる暇なんてない。っていうかきゅんって何なんだよ。きゅん?キュン?あーもーどっちでもいいわ。とにかく私にとってはきゅんなんてもんは遥か遠くの不思議な国の概念なのだ。

「名前さんとこうしてお酒を飲んでるなんて、変な感じだな。高校生の頃の僕が聞いたら、嫉妬するかも」
「そ、そんな。私こそ、逢坂くんに誘ってもらえるなんて……。夢みたいだよ。私のことなんて、覚えてくれてると思ってなかったから……」
「迷惑、だった?」
「ううん、そんなことない!嬉し、かったよ……」

大人の会話、できてるかな?大丈夫?ボロ出てない?私は私を取り繕う。それこそ月9女優ばりに、大人の私を演じようと必死だ。

「でも、逢坂くんが、……なんて言うか。前から格好よかったけど、益々格好良くなってて、ビックリしちゃった。大人っぽいっていうか……」
「大人っぽい、か。これでも一応、大人なんだけどな」
「ご、ごめん!『っぽい』は余計だったね……!」
「あはは」

逢坂くんは昔と変わらない優しい微笑みをこちらに向けた。長い睫毛が瞳に影を作っていて、どことなく寂しげに見える横顔に、私の心臓はドキ、と小さく鳴る。(わ、私の馬鹿、私なんか、逢坂くんに釣り合うはず、ないのに……)
そんな私の心のうちを、逢坂くんは知ってか知らずか、私の目をじっと見る。逢坂くんの瞳に映る自分と目が、合う。
どき、どき、私は何故か、逢坂くんのアメジストみたいな瞳から、目が離せない。

「名前、きみは、変わらないね。あの頃の素敵なきみのままだよ」

ある意味、逢坂くんの言う通りだ。私はあの頃から何も変われず、こんな大人ばかりの場所で、一人風船みたいに浮いている。

「僕も、背伸びする癖、やめなきゃな」
「え……?」

私は、耳を疑った。嫌な、予感がする。遥か遠くの不思議の国の、気配が、ああ、

「……このバー、初めて来たんだけど、気取りすぎたよね。きみに良いとこ見せなきゃって、背伸びしちゃった。緊張しすぎて、モスコミュールがぶ飲みしちゃったよ」

きゅん。
恋に落ちた、音がした。




2020/9/20

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