「苗字センパイっ!文化祭でうちのクラス、絶っっ対来てくださいね!!!」

ちょーーおもしろいもん見れますから!!と、吹き出す笑いを堪えながら私に言い放ったのは、彼と同じクラスの日向くん。彼らのクラス(2年、何組だっけか)は文化祭の出し物で女装メイド喫茶をやるらしく、その情報から推測すれば日向くんが何をおもしろがっているのかは簡単に想像できた。

「……それ、飛雄、すっごく怒ってるんじゃない……?」
「そうなんスよ!メイド姿でブチギレてて、マジみんなで爆笑ッスw」

当日待ってますからー!と言い残して返事もろくに聞かないまま、日向くんは颯爽と廊下を駆け抜けていった(そして、その先で先生に怒られていた)。


それが、二週間前の出来事だ。

門や壁には華美な装飾が施され、いつもは数式が書かれているはずの黒板には色とりどりの絵が描かれている。いつもとは全く雰囲気の違う学校に、生徒達は浮き足立っていた。その浮き足立っている生徒の筆頭、日向くんが言うには、彼と飛雄のクラスでは女装メイド喫茶をやる、らしい。誘われたからには、一応顔を出さないと、と思い、騒がしい廊下を一人、彼らのクラスに向けて歩いている、のだが……。正直、悪い予感しか、しなかった。

いらっしゃいませ、ご主人様!と何人かの野太い声で出迎えられ、席に案内される。教室内を見渡すと、手作り感溢れる可愛らしい飾り付けが、これでもかという程施されている。そしてパーテーションで仕切られた奥から出てきたのは……

「……………………いらっしゃいませ、ご主人様」

地を這うような低い声で唱えられたその台詞の後ろには、何十個もの怒りマークが見えるかのようだった。心なしか、ワナワナと震えているように、見える。

「と、飛雄……」
「………………これ、メニューっす」
「あ……ありがとう……」

飛雄はメニューを手渡してくれた後、何も言わずにさっさと席を離れてどこかに行ってしまった。なんで来たんですか。って、声に出してしまわないように背を向けた彼は、ひどく傷ついた顔をしていた。
ああ、やっぱり、私はここへ来るべきじゃなかった、のだ。


「お待たせいたしましたーーっ!こちらアイスコーヒーでございまーーす!!」

適当に頼んだアイスコーヒーを運んできたのは、元気いっぱいの日向メイドだ。

「センパイ、来てくれたんスね!トビ子ちゃんもきっと喜んでますよ!w」
「そう、だね」
「ちなみにどうでしたッ?!影山、めっちゃウケません!?」

楽しそうに笑う日向くんを責めることなどできなくて。うん、そうだね、今週末試合なんだっけ?がんばってね、なんて、へたっぴな言葉でお茶を濁して席を立った。

「苗字先輩、もう帰ります?あっ、影山呼んできます!」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
「?そうですか」

日向くんに手を振って、教室から出る、瞬間に、後ろからブラウスの裾を引かれた。

「……このあと、化粧落とすの、手伝ってくれません、か」

拗ねた顔で俯いて、少しだけ頬を赤く染めて、飛雄がそこに立っている。振り返らなくたってわかるのだ。

「3年の、私のクラス、空き教室だから」
「……15分後、行きます」
「……うん。待ってる」

離された裾が、名残惜しむようにスカートを撫でる。一歩進んで振り返ると、後ろ姿の長身メイドが、相変わらず怒りマークを並べてアイスコーヒーを運んでいた。




「目、瞑っててね」

ぎゅっと閉じられた瞼の色を、丁寧に拭き取っていく。瞼を飾るラメや、頬に色差すチーク、可憐なリップを、ひとつひとつ、丁寧に。

「痛かったら、すぐ、言ってね」
「……大丈夫っす」

飛雄は瞼を伏せ真顔のまま、ぶっきぼうに応える。校舎に差す西日が、彼の顔立ちの良さをより一層際立たせていた。通った鼻筋、長い睫毛。美しいけれど、かわいくて、でも誰よりもかっこ良い。そんなこと、本人には絶対言ってあげないけれど。

「……先輩にだけは、見られたくなかったっす」

長い睫毛が、ふわりと揺れる。

「でも、飛雄がいちばん、可愛かったよ」
「……可愛いって言われても嬉しくないっす」

アーモンドみたいなきれいな目をこちらに向けて、少し拗ねたような顔をする。そんな顔だって、世界でいちばん格好いい。

「ふふ、その拗ねた顔が可愛いから、言ってみたの」

そう笑ってみせると、飛雄は眉間にしわを寄せて不満げな顔をした。落としたはずのラメが一粒、頬できらきらと光っていた。


きみにはきらきらのラメは似合わない



2020/11/1

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