カーテンの隙間から差し込む月明かりに、うっすらと目を開けた。ベッドに横たわったまま、天井から壁掛け時計へ視線を移す。この質素な部屋に似つかわしくないアンティーク調のそれは、午前2時過ぎを指し示していた。


底なし沼でふたり眠ろう





ひとりぼっちの部屋に、秒針の音だけがこだましていた。ベッドは酷く冷たくて、少しでも身体の熱を逃がさないよう、小さく縮こまった。

「セイバー、いるの?」

空に放った言葉は、白い吐息に変わる。それをぼうっと見つめながら、震える身体を自分の両腕で抱き締めた。
明日にはもう、この場所に帰ってこれないかもしれない。あなたと縁を結ぶ甲の証さえ、それを刻むこの身体さえ、無くなっているかもしれない。この闘いに身を投じることを決めたのは他の誰でもない、私自身だ。それなのに、漠然とした死への恐怖が、私から熱を奪っていく。

『あれ、マスターちゃん、起きてたの?』

頭の中に響く声。身体中を這っていた不安が、じわりじわり、少しずつ溶けていく。

「どこにいるの、ねぇ、セイバー」
『このマンションの周りを見張ってるとこだが……どうした?何があった』
「部屋に戻ってきて。今すぐ、お願い」

返事の代わりに実体化して姿を現したセイバーは、酷く焦った顔をしていたが、いつもと変わらない私の様子を見ると、ハァ、と安堵の溜息をついた。

「僕はマスターちゃんに何かあったのかと思って、急いで戻って来たんですけど」
「何もなければ呼んじゃいけないのかしら?」
「……まったく、とんでもねぇマスターだこと」

溜息交じりに笑いながら、私の腰掛けるベッドに近づいて、「本当は、何もないわけじゃないんでしょ」と囁いた。ああ、ずるい人。へらりと細めた瞳の奥で、こんなにも簡単に私のすべてを見透かしてしまうのだから。

「セイバー、そのまま、そこに立っていて」
「……は?」
「いいから」

わけがわからないと言いたげな顔で私の正面に立つ、セイバーの胸に抱きついた。彼は一瞬戸惑った様子だったが、すぐに私の背に手を回して、あやすように頭を撫でた。

「……夢を見たの」
「…………夢?」
「私のこの両手から、大切なものが、こぼれ落ちていってしまうの。……友達も、家族も、自分自身も、それから世界も、何もかも」
「……」
「私、怖いのよ、セイバー。私が私でいられなくなって、あなたのことさえ信じることができなくなってしまったら、わたし、」
「名前」

低く鋭い声が静寂の部屋に響いて、はっと息を呑む。表情を伺い見るように顔を上げると、セイバーはすぐに、いつものようにへらりと笑った。

「安心してよ。アンタがこぼれ落ちるときは、僕も一緒だから」

ああ、ああ、なんてずるい人。それじゃまるで、私がどんな言葉を続けようとしたのか、わかっていたみたいじゃない。

「……そこは、俺が護るって言ってくれないの?」
「あいにく守備は専門外なもんでね」

セイバーは私から腕を離すと、涙でぐしゃぐしゃになった私の顔を、するりと撫でた。

「はは、マスターちゃん、なんて顔してんのよ」
「セイバーのせいよ」
「なに〜?死んでもアンタを護り抜く!とか言って欲しかった?」
「そんな言葉、いらないわ」

私がいつか、あなたのことさえ信じることができなくなってしまったら。そのときは、いっそのことあなたの手で、私を、殺して。
ーーそう続けるつもりだったけれど、言葉にする必要なんてなかったのだ。
こぼれ落ちるときは一緒だと、そう言ったあなたの瞳に、ひとかけらの真実を見つけてしまったから。





2021/1/16
title by プラム

.